すぐ美味しい『ラメン』

「みんな、どうして驚いているのかしら……?」


 まだピンときてないらしい、マリアが言う。

 ブラドがマリアの肩を掴んで、真剣な顔で問いかけた。


「マリア。ラメンが食べたい時って、普通はどうする!?」


 マリアは平然と答える。


「そんなの、ラメンが食べられるレストランに行くに決まってるでしょ」


 オーリが頷く。


「そうだ。ラメンを作るには、専門的な技術が必要だからな。素人が家で作れるもんじゃねえし、特殊な食材が必要だから、出す店も限られている」


 後を私が引き継ぐ。


「それが、今までの常識だった……」


 マリアが不思議そうに言う。


「今までの……ですって?」


 私は、目の前のドンブリを指さして言う。


「ああ。だが、このラメンは違う。専門的な技術も知識も材料も、料理道具さえいらぬのだ。最低限、必要なのは『インスタントラメン』と一杯のお湯、それを入れるドンブリだけ!」


 マリアがハッとして、口に手を当て目を丸くする。


「あっ!? あああーっ、そ、そういうことなのねーっ!」


 そう。これさえあれば、いつでもどこでも簡単にラメンが食べられるのである。

 ……想像してみたまえっ!


 例えば、旅の途中で野宿した朝。

 朝日に照らされた空の下で目を覚まし、盗んだとてだれはばかる事も無い谷川の水をんで湯を沸かす。

 持参したドンブリに『インスタントラメン』を放り込み、フツフツと煮える湯を掛けたら、小鳥たちのさえずりを聞きながら木の枝をナイフで削ってワリバシを作り、ヤクミを刻んで塩漬け肉ハムをスライスする。

 ややあって蓋を開けると、なんとそこには美味しそうなラメンが……切った塩漬け肉とヤクミを上にのせれば、完成だ。

 爽やかな朝の空気を吸いながら、大自然の中でラメンを食べられるなど、なんという至福っ!


 あるいは、自宅での気だるい昼。

 外はザアザアと大雨が降っている、腹は減ったが着替えて出かけるのは億劫おっくうだ。

 少しばかりの買い置き食材はあるが、料理するのは面倒だし、乾いたパンとチーズだけの食事なんてわびしすぎる……そんな時、ふと戸棚の奥に『インスタントラメン』があったのを思い出す。

 湯を沸かし、ドンブリにラメンを入れて生卵を落とし、お湯を注いで待つことしばし。

 蓋を取ると、そこにはホカホカと湯気をあげるラメンが……人目を気にすることもなく、だらしない格好のままでおもむろに半熟の卵を突き崩し、メンに絡めてズルズルと豪快に啜りこむ。

 家にいながらパジャマのままで、手軽にラメンが食べられるなど、なんという贅沢っ!


 もしくは、遠い異国の夜遅く。

 旅先の見知らぬ街で浮かれ、しこたま酒を飲んで酔っ払ってしまう。

 夜更けすぎに宿へと戻った後で、ふと空腹を覚えるが、もはや飲食店などやってる時間ではない。

 だけど慌てず宿の主人に一杯のお湯を所望し、持参したドンブリに『インスタントラメン』を入れるのだ……湯を持ってきてくれた主人に礼を言い、ドンブリに注いで蓋をして窓の外を見ると、月に照らされた静かな街並みが広がっている。

 幻想的な風景にしばし見惚みとれて、ふと気づくと良い匂いが漂ってくる。

 蓋を外すと、そこにはアツアツのラメンが……酔いが回った胃袋と舌に、汁気たっぷりでしょっぱいラメンは堪らんだろうなぁ。

 時間も場所も気にせずに、好き放題ラメンが食べられるなど、なんという極楽っ!


 私は改めて、目の前のラメンを味わった。


 メンが柔らかい?

 スープにコクとパンチが足りない?

 具材が貧弱?


 そんなもの、『お湯を掛けて待つだけ』という利便性の前では全てが消し飛ぶ!

 メンは長くてツルツルと啜れ、熱いスープはチキンエキスのショーユ味。

 ドンブリの中に存在するのは、紛れも無くラメンなのだから。


 言わば、こいつは『すぐ美味しい、どこでも美味しいラメン』なのであるっ!


 誰もが欲しがる。手土産に、日々の食事に、携行食けいこうしょくに……何にでも使える。

 もしもこいつをファーレンハイトで売り出せば、あっという間に億万長者になれるだろう。


 オーリが、喉をゴクリと鳴らして言った。


「な、なあ、レン……。この、『インスタントラメン』の製造法だけどよぉ……?」

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