革命の『ラメン』

 三日後の夜である。

 レンは、私たちの前にドンブリを置いた……何も入っていない、『空のドンブリ』を。


 きょとんとする我らの前で、彼はこんがらがった鳥の巣のような物体を中に入れ、その上に生卵を落とすとオタマで湯をかけて、ふたをした。


「準備完了! できあがるまで、これでも飲んで待っててくれよ!」


 言いつつレンは四人分のグラスと、金属製の筒を取り出す。

 筒の色は白で、大きな黒丸に金色の☆マークがデザインされてる……西方の地で信仰されてる宗教のシンボルに似ているな。


 レンが筒の上部、とっかかりに爪をひっかけて引っ張ると、プシュッと音がして穴が開いた。

 筒をグラスに傾けると、中から出てきたのは黄金色の輝かしい液体だ。注ぐとシュワシュワと音が鳴り、白く滑らかな泡がモコモコと湧き上がる。

 グラスを手に取り顔を近づけると、軽いアルコール臭と華々しい植物の香りがした。

 口に含むと、爽やかな苦みと豊かなコクがじんわり広がり、喉を鳴らしてゴクゴク飲むと、キンキンに冷えた液体が鋭い炭酸の刺激と共に、気持ちよく喉を通り過ぎる。


 ふむ、これは……っ!

 私が口を開くより先に、オーリが大きな声を出す。


「こりゃあ、麦酒エールだな! しかし、なんて美しく澄んだ金色なんだ……それに、この泡のきめ細かさときたら、まるで真夏の入道雲みてえに立派だぜ! スッキリしてて炭酸が強くて、こんな素晴らしい麦酒、今まで飲んだことねえよ!」


 彼は感動して、あっという間にグラス3杯を飲み干してしまう。

 いい飲みっぷりだ、麦酒はドワーフの大好物だからなぁ。

 それにしても『真夏の入道雲』なんて詩的な表現、オーリがするとは驚いた!

 ドワーフさえも詩人にしてしまうほど、価値ある麦酒ということか……と、オーリが4杯目を飲み干す前に、レンがドンブリの蓋を取った。

 中では卵が白くにごり、鳥の巣のようなものがふやけてほどけ、透明だったお湯が茶色く色づいている。


「いい頃合いだな……あとは具をトッピングして、できあがりだ!」


 レンはピンク色の薄い肉とヤクミを乗せると、顎上げ腕組みポーズで宣言する。


「よっしゃ、完成っ! こいつは、『インスタントラーメン』ってジャンルのラーメンだ……俺たちの世界に革命を起こした、とんでもねえ大発明さ!」


 こ、これがレンたちの世界に『革命を起こしたラメン』なのか!?

 私は緊張でゴクリと喉を鳴らす。

 いそいそとワリバシを手に取り、胸を高鳴らせながらメンを口へと運ぶ。

 しかし、二口、三口と食べ進めるうちに、戸惑いを隠せなくなった……。


 まず、メンである。細すぎて小麦の香りがほとんどせず、フニャフニャしててコシがない。口当たりは妙に油っぽくて、カリっとした部分がまばらにある。

 スープは鶏ガラを煮出したショーユ味なのだが、単純で重なりが薄くてコクとパンチに欠けている。

 シンプルと言えば聞こえはいいが、もう少し工夫が欲しい所だ。こちらもやはり、油っぽさが気になってしまう。塩気も少し強すぎるように感じる。

 上に乗っているのは腸詰肉ソーセージ……いや、塩漬け肉ハムだろうか?

 細かい肉を丸く成形して作ったらしいが、チャーシュのような旨味あふれる脂身も、肉感的な歯ざわりもなく、ペラペラで食べごたえにとぼしくて貧弱だ。味も単純な香辛料と塩気だけで、食欲を誘うショーユやニンニクの風味もない。

 半熟の卵がトロリと絡んだメンだけは、ハッとするような魅力的な味わいがあったが、半熟卵なら他のラメンにだって簡単に乗せられるだろう。

 よく冷えたシュワシュワの麦酒との相性はいいが、とりたてて感動するほどじゃなく……つまり、このラメンには『際立った美味さ』が何ひとつないのである!


 これでは、私は『夢中』になれない。

 拍子抜けした私はおずおずと顔を上げ、レンに問う。


「えっと……あのう。レン……なにかの間違いではないのかね? これが本当に、君の世界で『革命を起こしたラメン』なのか?」


 レンは平然と頷いた。


「ああ、そうだよ。リンスィールさん、ラーメンを食べた感想を聞かせてくれよ」


 私は困惑しつつも、ラメンの味を総評する。


「う、うむ……決してまずくはないが、たいして美味くもない。メン、スープ、具材、全てにおいてタイショのラメンを下回っている。言わば、タイショのラメンの劣化版でしかない。この程度のラメンなら、ファーレンハイトの有名レストランに行けば簡単に食べられるだろうな」


「へえ、そうかい?」


 自分の作ったラメンをいまいちと言われたのに、レンは平気な顔をしている。

 彼の態度に、私は首を傾げた。


「レン……私は、君の作ったラメンをいまいちだと言ったんだぞ? ラメンにプライドを持ってる君が、そんな風に平然としてるなんておかしいじゃないか! なあ、オーリ、お前もそう思うだろう?」


 するとオーリはラメンを食べる手を止めて、ニヤリと笑って言った。


「こいつぁすげえ……確かに大発明だ! 世界に革命を起こしちまったってのも納得の話だよ」


 私は面食らった。


「オ、オーリ。お前、なにを言ってるんだ!? この程度の味で満足するなんて、どうかしてるぞ!」


 ブラドも私に同調する。


義父とうさん、リンスィールさんの言う通りですよ。ぶっちゃけた話、これなら僕のラメンのが美味しいです。僕には、このラメンのすごさがまったくわかりません!」


 ブラドの言葉に、オーリは大げさにため息を吐いて見せる。


「はぁー。おいおい、ブラドよ……リンスィールはともかく、ラメンシェフのお前さんは、すぐにわからなきゃダメだろう?」


「はぁ?」


 キョトンとするブラドに、オーリはラメンを食べながら言う。


「味の問題じゃねえ。このラメンのすげえ所は、もっと別にある……思い出してみろ。このラメンを食べる前、レンは何をやった?」


「なにって……あああああっ!! そ、そういうことかーっ!」


 ブラドは急に立ち上がって、大声を出した。

 私は驚いて問いかける。


「ブ、ブラド君。一体、どうしたというのかね?」


 ブラドは慌ててラメンを食べると、感心した顔でうなった。


「す、すごい……! メンは柔らかくツルツルしてて、スープも熱くて濃い味がついてる。このドンブリは求められる必要十分をクリアして、ちゃんとラメンとして成立してるんだ……と、とんでもないことですよ、これは……!」


 彼は、ドンブリと私の顔を交互に見ながら叫ぶ。


「リンスィールさんっ! 僕、わかりました! 作り方ですよ、作り方!」


「……作り方?」


 わけがわからず聞き返す私に、ブラドはラメンを指さしながら言う。


「このラメンの作り方です! レンさんは、このラメンをどうやって作りましたか!?」


「どうって、空のドンブリに鳥の巣みたいなものを入れて、生卵を落として、お湯をかけて蓋をして……あ、あーっ!? そ、そそそ、そういうことかぁーっ!」


 ようやく気付いて、私も大声を出す。

 な、なんということだ……すごいぞ、信じられん!

 あの黄金の酒に夢中になってて気づかなかった!

 そんな事が可能なのか!?

 あまりにも凄すぎるッ!

 これはまさしく 『ラメン革命』だー!

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