Another side 3
レンが屋台を引いて歩いていると、フードの人物が立ちふさがる……例の女エルフであった。
レンは片手を上げて、にこやかに笑う。
「おう、あんたか! 今夜もラーメン、食うかい?」
女はコクリと頷くとフードを脱いで、レンが置いた椅子に慣れた様子で座った。
実は彼女、始めて彼と出会った夜以来、ちょくちょく屋台に通い詰めており、すでに常連と言ってもいいほど何度もラーメンを食べていたのである。
「ヤサイマシマシニンニクアブラ」
すまし顔の注文に、レンは呆れたように言った。
「あんた、いっつもそれ言うなぁ! ……まあ、いいや。今日のラーメンは塩ラーメンやベジポタと違って、野菜もニンニクも乗せられるしな。どの道、タッパーをブラドにあげちまったから、今夜はもうベジポタラーメンが作れない……激辛系でヤサイマシマシニンニクアブラ、作ってやるよ!」
レンは麺を茹で上げると、同じ鍋で大量のモヤシとキャベツを軽く茹で、残ってる味付き豚肉とバターとチーズとニンニクチップをありったけスープに入れて、ラーメンを完成させる。
「ほいよ。激辛ラーメンのヤサイマシマシニンニクアブラだ、お待ちぃ!」
出来上がった山盛りの激辛ラーメンを、女エルフは目を輝かせてハフハフと食べ始める。と、何口か食べた後で動きがピタリと止まり、辛さに口を押えて涙目で叫んだ。
「ウ、ウローゲンッ!? カンバルシア、オァッティーーース!」
「ははは……辛えか?」
「ア、アイッシェ! アイシェー! プライ、ムトッコ! ラブィヤーズ!」
しかし女は苦しそうに悶絶しつつも、ハアハアと息を荒げてラーメンを食べ進める……やがて顔は
「マ、マカルブローゲン……っ!? ゼィカルビア、フォクストレンダー! ア、アヘァ……ブローーーーード!!」
レンが苦笑する。
「ストレス溜まってる奴ほど、激辛系にハマるって話だけどよ。もしかしてあんた、普段はずいぶん無理してんじゃねーか? ……それとも、単なるドMだったり?」
女は汗だくで辛さに喘ぎながらラーメンを食べ続ける。それを黙って見ていたレンだが、おもむろに指をさして静かな声で呼びかけた。
「……なあ、あんた。三日後にさ、ここじゃなくて向こうの路地に、もう少し早い時間に来てくれないか……?」
女はラーメンを食べる手を止めて、レンを見る。
彼の真剣な表情を見て、女は大きく頷いた。
「アイッシェ。エルフバジ、トル、アーリィ」
レンは困ったように首を傾げる。
「……意味、伝わってるといいけど。あんたもきっと、親父のラーメンが大好きだったんだろうなぁ」
レンは目を細めて、雪の降りしきる夜空を見上げた。やがて女が大盛り激辛ラーメンを平らげると、レンはラッシーを彼女の前に置いて、優しい声で話しかける。
「完食、おめでとう! ヤサイマシマシニンニクアブラにリベンジ完了だな……美味かったか? 満足したかい?」
女はラッシーを飲みながら、嬉しそうにコクリと頷く。
「アイッシェ」
しばらく幸せそうな顔で、丸く大きく膨らんだ腹を抱えていた女だが、おもむろに目の前の丼を持ち上げて言った。
「バシエルフ。ジ、ヨード、サスバリッケ、レンラメン」
その様子に、レンは戸惑う。
「あ、なんだって? 空の丼なんか持って、どうしたんだよ? ……まさか、あんだけ食った後で、お代わり欲しいってんじゃないだろうな?」
女は考える顔をした後で、丼を指差してゆっくりと口を開いた。
「ア、アー……。ホ、ホシイ……バシ、エルフ。……コレ、ホシイ……」
その言葉に、レンの目が丸くなる。
「おお、すげえ。たった数日、それもラーメン食う間の短いやり取りだけで、カタコトでも日本語話せるようになっちまったのかよ!?」
女はニコリと微笑んだ。
「アイシェ。……ニ、ニホンゴ、マダ、ムズカシイ」
レンは感心した顔になる。
「大したもんだ! でもよ、悪いけどラーメンの器は売り物じゃ……」
言いかけて、首を振る。
「いや……まあ、いいか。今夜はクリスマスだしな。それ、あんたにプレゼントするよ。洗ってやるから、こっちによこしな」
女が丼を差し出すと、レンはウォータータンクの水でザッと
「ほら、綺麗になったぜ!」
女はピカピカになった丼を笑顔で受け取ると、己の腕から大きな真紅のルビーのついた腕輪を外して、カウンターに置く。
レンは
「おい……なんだこりゃ。お返しのつもりか? こんな高そうなもの、貰えないぞ!」
返そうとするレンの手を、女エルフはそっと押しとどめる。
「エルフバジ、ミヒャクトロ。ニルスエンジェント、ラリクール」
「……よくわからんが。あんたは俺に、こいつを貰って欲しいんだな?」
レンが真面目な顔でそう言うと、女はコクンと頷いた。
「アイッシェ。デスタ、アルミ……プ、プレゼント。アゲル、レン。バシエルフ、アゲル」
「そうか。じゃ、ありがたく貰っとくぜ。せっかくだから家宝にでもさせてもらうか、あははは!」
レンは笑いながら、エプロンのポケットから『鍵』を取り出して屋台の隠し戸を開けた。
白い布が敷き詰められた小さな引き出しの中には、父親の形見のエメラルドの首飾りが入っている……その隣に、そっとルビーの腕輪を置いた。
レンは
「ここの隠し場所は、俺たちだけの秘密だぜ?」
中に入っているエメラルドの首飾りを見て、女エルフの瞳がわずかに
レンが引き出しに腕輪を入れて、鍵をかけるのを見届けると、女エルフはラーメン丼を大切そうに抱えて歩き出す。その背へと、レンは明るく呼びかけた。
「三日後、向こうの路地にもっと早い時間だからな、絶対に来てくれよ!」
女エルフは振り返り、レンの顔を見てコクリと頷くと、雪の降る闇へと消えた。
レンは彼女を見送ると、白い息を吐きながら椅子を片付け、屋台を引いて元気よく歩き出す。
「こっちの世界は、ホワイトクリスマスか……へへっ。今年は楽しいクリスマスを過ごせたぜ、親父ィ!」
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