ギブミープレゼント
レンが困り果てた顔で自分のズボンのポケットをゴソゴソと探り、四角くて薄い板を取り出した。その板の端っこから、輪っかを取り外しながら言う。
「なあ……ほら、リンスィールさん! これ……な? これをプレゼントするよ、スマホのストラップ!」
レンが差し出したのは、可愛らしい小さなドンブリの模型がついた布製の輪っかである。ドンブリの中には半透明のスープが満ち満ちて、上にチャーシュ、ニタマゴ、ネギ、メンマ、ナルトが乗り、中には黄色いメンが沈んでいる。
どのような素材かわからぬが、まるで本物をそのまま小さくしたような色と質感で、今にも匂い立ち口に入れれば味がしそうなほどだった。
「お……おおっ! ラ、ラメンだ……小さなラメンだ! しかし、なんと
驚愕に目を見開く私に、レンは優しく笑いかけながら言う。
「食品サンプルだよ。これをリンスィールさんにあげっから……な?」
私は涙を拭きながら、レンに問う。
「ぐすっ。こ、こんなに素晴らしい物を……貰ってしまっていいのかね……!?」
レンは大きく頷いた。
「ああ、貰ってくれ。リンスィールさん、ラーメンが大好きだもんな。ピッタリだろ?」
「や、やったー! 感謝するよ、レン! これは宝箱にしまっておこう!」
「いやいや。ストラップなんだからよ、日常的に使うもんをぶら下げて持ち歩いて……って、オーリさん!?」
ふと見ると、オーリが歯を食いしばって鼻をグズグズ鳴らしている。
オーリは涙声で訴えた。
「くっ、くう……! あんまりだ……あんまりじゃねえかよ、ええ、レン!? この世界で一番最初にお前さんのラメンを食ったのは、俺っちだぜ? 俺だって、リンスィールの野郎にゃ負けないくらい、お前さんやラメンが大好きだってのに……その俺っちを差し置いて……まるで見せつけるみたいに、二人で仲良さそうによぉ!」
「は? 見せつけるって……いやいや。待ってくれ、オーリさん!」
レンは呆れ顔で言った。しかし、オーリはギリギリと歯を食いしばり、悔し気に顔を歪めている。
「ま、まいったな。ええと、他にあげられるものは……?」
レンが、またズボンのポケットをゴソゴソとやりだす。そして、なにか小さな白い箱を掴み出した。
「……あっ! オーリさん、これやるよ! だから許してくれ、な?」
言いつつ、レンは笑顔でそれを差し出す。
オーリがきょとんとした目で白くて小さな箱を見つめる。
「なんだい、こりゃあ?」
「フリスクだよ……こうやって引っ張ると、ここが開くんだ」
言いつつ、レンが箱をグッとつまんで引っ張ると、下部がスライドして小窓が開いた。
それをオーリの手のひらに向けてカシャっと振ると、真っ白くて小さな粒がコロリと出てくる。
「で、その白い粒を、口に入れて噛むんだよ」
オーリは粒を口へと放り込むと、ガリっと噛み砕いた。
「おおっ!? な、なんだよこりゃあ、口の中がスースーして、頭の奥がスッキリしやがる!」
「オ、オーリ……頼む! 私にもひとつくれ!」
興奮した私がそう言うと、オーリはレンから箱を受け取って、得意気に私の手のひらの上で振る。
「しゃあねえなぁ、一個だけだぜ? ……ほら、マリアもブラドも、ウメエから食ってみろ!」
オーリから『フリスク』をもらった私は、早速口に入れてみる。小さな粒はミントを
レンが、オーリに笑いかけた。
「オーリさん、珍しい食べ物が大好きだろ? なくなったらまたコンビニで買ってくるから、どんどんフリスク食べてくれよ」
「がっはっはぁ! あんがとよ、レン! こんないいもん貰っちまって、悪いなぁ!」
オーリがホクホク顔で叫んだ。
「ふう。機嫌直してくれたみたいで、よかったぜ。これで一件落着……」
と、恨めしそうな声がカウンターの隅から聞こえる。
「ズ、ズルい……。みんなばっか、レンさんにプレゼントしてもらって……!」
レンは頭を抱える。
「う、くそう……今度はブラドか!」
ブラドが、涙を流しながら訴える。
「レンさん! 僕は、あなたにラメンシェフとして、仲間意識と憧れを抱いてたんです! 今でこそ、あなたに教えられてばかりですが、いつかあなたを驚かせるような美味しいラメンを作り、あなたと
レンはシクシクと泣き始めるブラドの隣に座り、その肩を抱いて
「いや、ブラド。俺はお前との関係を、遊びだなんて思っちゃいない。いつだってお前とラーメンには、真剣に向き合ってきたつもりだぜ?」
「だ、だって……レンさん、マリアやリンスィールさんや
「そんなこたねえよ。俺は、お前のことだって大切に思ってる」
「なら、どうしてまだ僕が残っているのに、一件落着なんて言うんですか……?」
「そ、それはだな……あーっと。屋台に残ってて、プレゼントできそうなものは……包丁……はさすがにダメだな。調味料……
レンは悩んだ末に、メンマの入った半透明の箱を手に取った。
「ほ、ほら、ブラド。これならどうだ? タッパーっ!」
ブラドが顔を上げる。
「タッパー……?」
「ああ。普段、トッピング入れに使ってるんだけどよ。こうやってフチを押さえると、密閉できて保存が効くんだよ……すごくね?」
ブラドは不思議そうに手に取ると、何度かペコペコと鳴らして開け閉めしながら言った。
「す、すごい……! 横にしても、メンマの汁気が一滴も垂れてこない! しかも、簡単に開け閉めできて、軽くて弾力があるから落としても割れません!」
「そうだろ、そうだろ。それ、薬味とメンマとチャーシューと味玉用、四つともやるから機嫌を直してくれよ、な、ブラド?」
レンがタッパーを積み上げると、ブラドは満面の笑みで言う。
「ええ、直しますともっ! ありがとうございます、レンさん! このタッパーって箱、大事にしますからねっ!」
レンはホッと胸をなでおろす。
「ああ、よかった。これで、本当に最後だよな……」
私たちはニコニコしながら、口々にレンにお礼を言う。
「レンさん、綺麗なストールありがとう!」
「私も『ショクヒンサンプル』を大事にするよ!」
「『フリスク』、気分転換したい時に食わせてもらうぜ!」
「この『タッパー』、ラメンシェフの
レンは私たちの顔を見回して、首を振りつつ苦笑する。
「それで、次のラーメンだけどよ……」
「また、三日後かね?」
レンは大きく頷いた。
「ああ。三日後だ。だけど、リンスィールさん、オーリさん。その時、ここに『連れてきてほしい人たち』がいるんだ。だってよ、その日は……」
雪の降る路地を、ヤタイが去っていく。
……タイショに最後に会ったのは、今夜のような寒くて粉雪が舞い散る夜だった。
きっと私たちは、タイショが消えた夜を思い出し、レンがこのまま消えてしまったらどうしようと、急に不安になったのだ。その不安が私たちの心を
私たちは、レンの世界に行けない。
そこで彼がどんなに困ってても力になれないし、どれだけ会いたくても会う
向こうの世界でレンが死んでも、私たちにはわからない。ある日突然、幻のように消えてしまった彼の身を案じ、やるせない日々を過ごすだけ……切なすぎる思い出に押し潰されながら、またこの路地で待ち続けるだけなのだ。
私は、なんだか
自分の世界へ帰ろうとするレンの背中に、大きな声で呼びかける。
「おーい、レン! 来年の『クリスマス』には、私たちからもとびっきりのプレゼントを用意しておくからなーっ!」
角を曲がって真っ暗な路地へと消える前に、レンは笑顔で手を振った。
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