魔性の『ラメン』

 魔性の『ゲキカラケイ』を平らげた後……体力を使い果たした私は、ぐったりと汗まみれでカウンターに突っ伏していた。オーリとマリアも食べきったようで、空のドンブリを前にして、同じように次々と倒れてあえぎ始める。


 そんな私たちの前に、レンがグラスを置いた。中身は水ではなくてトロリとした白い液体だった。のろのろと身を起こし、各々おのおのがグラスを手に取る。

 グラスの中身を口に含むと、辛味で痺れた舌の上に、甘さと酸味が冷たく広がっていく……。


「こ、これは……ヨーグルトかね……?」


 息も絶え絶えで私が言うと、レンは頷く。


「そう、飲むヨーグルト。ラッシーだな。乳脂肪ってのは、辛味の成分を包んで和らげる効果があるんだぜ!」


「うむ……あわい甘みと冷たさが、辛さで疲れた舌に心地よい……ふう、ようやく一息つけたよ! あれ? ブラド君、どうしたのかね!?」


 と、ブラドが一人だけ、暗い顔をしてるのに気づく。

 ブラドは、悔しそうな顔で叫んだ。


「リ、リンスィールさん……っ! 実は僕、辛いのが苦手で……このラメンが辛すぎて、食べる事ができないんです! ラメンシェフとして、こんなに情けない事はない!」


 と、レンが事も無げに手を振って言う。


「ああ。食べきれなくっても、別にいいぜ。激辛系は、向き不向きがあるジャンルだからな。ただ、まあ……こいつを入れてやるから、もう一度だけ、挑戦してみな?」


 言いつつ、レンはブラドのドンブリに白い塊を落とす。さらにその上から、粉雪のようなものをバサバサと振りかけた。どちらもラメンの上に落ちると、じんわり溶けてスープの上に広がっていく。


「こ、これは一体、なんですか……?」


 首を傾げて問いかけるブラドに、レンは言う。


「バターとチーズだよ。さっき、言ったろ? 乳脂肪は、辛味を和らげる効果がある。これで、ずいぶんとマシになったはずだぜ!」


 ブラドは、恐々とメンを啜る。


「あ……確かに! チーズとバターのまろやかさが、刺激的な辛味を薄めてくれてる……さっきより食べやすくなってますね。これならスープは無理でも、メンは食べきることができそうです!」


 ブラドは再度、メンを口に運び始めた。彼のドンブリの中では、とろっとろのチーズとバターがメンにたっぷり絡んでる。それを見て、私の喉がゴクリと鳴った。

 ……チーズとバターか。

 激辛スープとも相性よさそうで、なかなか美味そうだな……もしもまたゲキカラケイを食べさせてもらう時は、私もチーズとバターを入れてもらおう!


 ややあって、ブラドがヒィヒィ言いながらなんとかメンを平らげると、レンが腕組み顎上げポーズで、私たちの顔を見回した。


「……で、今回のラーメン、どうだったよ?」


 私たちは、困った顔を互いに見合わせる。

 みんな、ゲキカラケイをどのように評価すればいいのか迷っているのだ。

 ゲキカラケイラメンを『美味かった』と一言でひょうするのは簡単だ。

 だが、我が身に起こった出来事は、それでは終わらぬ体験であった。辛さと熱さで汗まみれになりながら、どこまでも精神がハイになっていく、あの奇妙な感覚はなんだったのか……? そもそも、痛みさえ感じるほど辛いラメンを、『また食べたい』と思ってる時点で異常である!

 しばらくしてから、私が口を開く。


「……なんというか、美味い、不味いという単純な話ではない。辛いのに手が止まらない、苦しいほど気持ちいい。ゲキカラケイのラメンには、味を超えた不思議な『魔力』がある気がするよ」


 レンがニヤリと笑った。


「ふふふ。不思議と手が止まらない……それってさ、前に食べた『何か』と似てないか?」


 その声に、オーリがポンと手を打った。


「あ! ……ジロウケイラメンかっ!?」 


「そう! 実はな、二郎系ラーメンも、今回の激辛系と同じ『手が止まらなくなるカラクリ』があるんだよ!」


 カラクリ。つまりは私たちのあの反応は、レンが意図して引き出したものだったのか……?

 料理で人を意のままに操るなど、あまりにも驚愕である!


「カ、カラクリだと……? なんだね、それは? 一体、どういう仕組みなのかね!?」

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