燃えよド『ラメン』!

 次の瞬間、


「グォッホぉーっ!?」


 トウガラシのキツーい匂いに、思いっきりむせてブハッとメンを吹き出した。ぎゃ、逆流して鼻の方までトウガラシが……鼻の奥が痛いっ!

 鼻水を垂らし、ゲホゴホとせきする私を見て、他の三人がギョッとする。

 私は手を挙げ、問題ないとアピールする。


「だ、大丈夫っ! 少し、ビックリしただけだ……っ!」


 レンが気の毒そうに、グラスに入った水を差し出す。


「悪りぃ。思いっきりすすっちゃダメだと注意しとくべきだったな。ほら、水を飲んでくれ」


「ああ、ありがとう……ふう。では、改めていただこう」


 私は水を飲んで落ち着くと、またりずにメンを口へと入れる。

 今度は覚悟ができていたので、むせずにすんだ。

 しかし……う、ううむ。やはり、辛いっ!

 だが、食べられないほどの辛さではないな……最初の一口はトウガラシの匂いに驚いてしまったが、メンを噛みしめてるうちに、小麦の味が辛さをやわらげてくれる。

 これなら、なんとか食べられそうだ。


 ズルズルとメンを啜り続ける私を見て、他の三人もようやく食べ始める。

 いやはや、最初はどうなることかと思ったが、まあ、この程度の辛さなら……辛さなら……か、辛さな……か、辛さ……か、か、か……辛ーーーいっ!?


 な、なんだこれぇーっ!?


 最初のうちは全然イケると思ったのに、食べ進めるうちにどんどん辛さが増していく!

 顔から汗がブワっと噴き出て、唇がヒリヒリして口の中が痛くてたまらぬ! まるで、喉の奥で炎のエレメンタルが大暴れしているようだった!

 ……だ、だけど……なぜだ?

 そんな痛みさえ感じる状況だというのに、私の手は一向に止まらぬのである。この地獄のような激辛ラメンを、私はひたすら食べ続けている。


 スープの表面には薄く油の膜が張っているのだが、この油はどうやら、トウガラシを煮て作ったものらしく、そのまま口に入れると悶絶もんぜつする辛さである。その下のスープも、やはり激辛。だが、辛さの中にも大豆を発酵はっこうさせたような独特の風味と深いコク、とろみとまろやかさが感じられる。

 メンは中太ストレートで、やや固めの食感だ。スープの下から持ち上げると、前述のトウガラシ油がごってり絡んで、口に入れるたびに頭の中がバチバチとスパークする。

 具は、モヤシの他に豚肉のコマ切れ、キャベツ、ニンニクチップ。この豚肉にも大豆を熟成させた深いコク味がついており、シャキシャキしたモヤシ、クタッとしたキャベツと共に、いいアクセントだ……油で揚げたニンニクも、スープの辛味に負けない強い香りとパンチがある。

 なお、キャベツとモヤシは最初のうちこそほんわかした甘みで辛さを打ち消す『救いの手』であったのだが、食べ進めるうちに激辛油にまみれ、激辛モヤシと激辛キャベツへと変貌へんぼうしている。


 そう、このドンブリの上に、もはや救いはないのだ……辛味に全てが支配されている。

 こんな短時間でドンブリの具材たちを配下に引き込み、辛味で塗りつぶしてしまうとは、なんという圧倒的存在感! 激辛帝国、恐るべしっ!


 舌がビリビリしびれて汗がボタボタしたたり落ちる!

 あまりの辛さに身体がブルブルと震え目の前が白く揺らぐ!

 たぎる炎が口の中で燃え盛り、喉が鋭い痛みを訴える!

 なのに、この辛さがクセになる……もっと、もっとと、身体が求め続けるのだ……さらなる刺激が、さらなる辛さが欲しくなる!


 辛いっ! ……なのに止まらない!

 痛いっ! ……なのに止まらない!

 熱いっ! ……なのに止まらない!


 辛くて痛くて熱くて痺れるほどに、気持ちいいいいっ!!

 わ、わからぬ……なぜ、私はこんな苦行を喜んでいるのだ……? こんなにも辛いラメンを、どうして必死に口へと運んでいるのだろうっ!?

 ああ、ついにはドンブリに口をつけ、身体に悪そうな真っ赤なスープまでゴクゴクと飲んでしまう……やめろ、飲むなと理性が叫ぶが、飲み始めたらもはや止まらぬ。ごってりした濃厚な旨辛さがビリビリと喉をき、胃に染みる!!


 このラメンは、人を狂わす『炎のラメン』だッ! 


 私は疑問と辛さにクラクラと揺れる頭で、いつしか自分がファイアドラゴンへと変身し、美しい夜空を飛びながら炎の息を吐く夢を見ていた……それは人間が感じうる辛さの『とうげ』を超えてしまい、ついには自らが無敵の存在へと化してしまったかのような陶酔感だった。


 うおォン! 私はまるで、人間ファイアドラゴンだぁーーっ!!

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