禍々しき『ラメン』

 そのラメンを一目見て、全身の毛穴が開いて汗が噴き出た。

 レンの作ってくれるラメンは、どれも私たちの予想のつかない味だった。

 だが今回ばかりは、そのラメンが『どんな味』なのか、簡単に想像がついてしまった。

 だってその『ラメン』からは刺すようなトウガラシの匂いが漂っており、スープの色は禍々まがまがしくも煮えたぎる地獄の溶岩のように真っ赤なのだから……。


 これは間違いなく、『辛い』ラメンであるっ! 


 三日前のことだ。

 レンは帰ろうとする私たちに、「みんな、次のラーメンを食べにくる時は、万全の体調で来てくれよ。もしも調子が悪かったら、家で大人しく寝てるのが身のためだぜ?」と不敵に笑った。

 まるで、決闘前の捨て台詞である。私たちは「なに冗談を言ってるんだよ、レン!」と笑いあっていたのだが……むむう、あれは決して、冗談を言ってるわけではなかったのだな。

 引きつった顔の私たちを見回して、レンが腕組み顎上げのポーズで言う、


「こいつは、『激辛系』ってジャンルのラーメンだ。まあ、見りゃわかるだろうが……とにかく辛いっ! めちゃくちゃ辛い! ひたすら辛いっ! ……しかし、ただ辛いだけじゃねえんだぜ? このラーメンの真の魅力は、言葉じゃ語り切れねえんだよ。とにかく、身体で試してもらうしかねえ。さあ、食ってくんな!」


 しかし誰一人、ラメンに手を付けようとしない。

 みんな怖じ気ついて、ワリバシを手に取ったまま固まって、動けない。

 ……正直、私も怖かった。

 だってこのラメン、見るからにヤバそうなんだもんっ!


 だが、いつまでもこうして固まっているわけにはいかぬ。

 ラメンとは、出来上がりが一番美味い料理なのだ。時間が経てば経った分だけ、味がどんどん落ちていく。メンが伸びるし、スープも冷める。せっかく作ってくれたラメンを不味く食べるなど、一生懸命に作ってくれたレンに悪いではないか?

 この状況を打破だはするには、まずは誰かが動かねばならぬ……ならば、私だ。

 だって私の心は、レンへの信頼感でいっぱいだから。

 私は、レンが好きだ。レンのラメンが大好きだ。

 レンが出してくれるものが、マズイはずなかろうなのだ!

 ベジポタケイのラメンではオーリに先を越されたが、今度は私が率先そっせんしてラメンを食べて、皆を導こう!


 深呼吸をひとつ……私は、ワリバシをパチンと割った。

 その音で、他の三人がハッと気づく。

 彼らを安心させるように、私は明るく笑いかけた。


「みんな、今までレンが作ってくれたラメンが、不味かった事があったかね? さあ、今宵こよいもまた、共に新しきラメンの扉を開こうじゃないか!」


 毒々しいほど真っ赤なスープの上には、真っ白なモヤシが乗っている。そのコントラストは色も鮮やかで美しく、溶岩の中に浮かぶ雪白せっぱくの流氷を思わせた。

 ワリバシをドンブリに突っ込むと、モヤシが崩れてスープへと沈む。それをかきわけ黄色いメンを持ち上げると、トウガラシの粒が無数に絡まっている。

 それを、数秒だけジッと見つめ……覚悟を決めて、皆に見せつけるように笑顔のままで、真っ直ぐに口へと運んで、勢いよくすすりこんだ。ズルルルルーッ!

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