澄み渡る『ラメン』
さて、三日後の夜である。
この間に私は、レンのベジポタケイラメンを二回食べに行った。しかし彼は、今夜どんなラメンを出してくれるのか、最後まで教えてくれることはなかった。
そして、満を持して目の前に出された、そのラメンは……。
「ス、スープの色が……透き通っている!?」
そう。目の前に出されたラメンのスープは、若干の色づきはあるものの、ほぼ『透明』に近い色だったのだ。
上に乗った具材は、ヤクミの白い部分、色が薄くて脂身のないチャーシュ、メンマ、
全体的に淡い色合いで繊細にまとめられたドンブリは、美しくも
しかし……これは、どうにも味が薄そうというか、今まで『ベジポタケイ』やら『ジロウケイ』やら、濃いラメンに慣れてしまった私の舌には、いささかインパクトが足りないのではないだろうか?
ドンブリを覗きながら、ブラドが言う。
「まるで、混合ソースと混ぜる前の黄金スープですね! だけど黄金スープだけでは、メンを受け止めるには味が薄すぎて、いささか力不足だと思いますが……?」
私も即座に同意する。
「ああ。私も同じように感じていたよ。ラメンのスープとは、黄金スープのコクと香りに、混合ソースの強い塩気が混じってこそ、真価を発揮するものだからな」
と、不安そうな私たちの前で、レンが腕組み顎上げで声を上げる。
「ま、『そういう風に見える』よなぁ……こいつは、塩ラーメン! 読んで字のごとく、塩ダレをベースに作ったラーメンだな! とにかく、熱いうちに食ってくれ!」
レンの声に
どうせ薄味で淡泊な味なのだろう。これのどこが、ペジポタケイやジロウケイより面白いラメンなのだか……?
まったく期待できないなぁ。
私はガッカリする。だが一口食べて、私は目を見開く。
こ、これは驚いた……なんとキレのあるラメンだろう!?
色を見て、味やコクが薄いのではないかと思っていたら、とんでもないっ!
確かにベジポタケイやジロウケイと比べれば、インパクトは薄い。
しかし、単純でありながら単調ではなく、濃密なのにスッキリしており、研ぎ澄まされた淡麗たる味わいは、今までのラメンとは一線を画す美味さであった。
まず、鮮烈な海の香り。次に、鶏の旨味が舌をまろやかに包み込む。細いメンは滑らかでしなやかでプツプツと気持ちよく、繊細なスープの風味を二倍にも三倍にも膨らませている。
メンを細くしているのは、デリケートなスープの味を邪魔しないためだろう。一切の
そして、この豊かな魚介の風味は……ハマグリか!
ああ、しみじみうまい。貝の旨味が、じんわりと喉に染み渡る……。
チャーシュを齧ってみて、またも驚く。
こ、これは豚ではなく鶏、しかも胸肉っ! しっとり柔らかく後味はさっぱりしていて、スープとの相性は抜群だ!
時折、柑橘類の
ゆで卵はショーユでほんのりと味付けされて、黄身はねっとりコクがあり、このドンブリで唯一こってりした味わいだ。コリっとしたメンマと共に、いいアクセントになっている。
このラメンは柔らかで奥深く、物静かで広がりがあり、力強くて品が良い。
余計なものを削ぎ落とした清々しい味わいは、なんとも
雲一つなく冴えわたった青空……あるいは、静かに
私はふと、20年以上も前に、タケノコを食べに東方の地に
ある日、私は竹林で虎に襲われた。急いで魔法を詠唱しはじめたが、発動が間に合うかどうかは五分五分だった。そんな私の前に、一人の男が立ちふさがった。
ヒラヒラの多い奇妙な服装で、腰には細くて長い片刃の剣を携えて、不思議な迫力のある男だった。
慌てふためく私を尻目に、男は
そして、虎が飛び掛かってくる、その刹那! ……光が閃いた。
一瞬の後、信じられぬ光景が目の前に広がっていた。なんとそこには、地面の上でキョトンとしている虎の首と、首なしの身体で走り去る虎の姿があったのだ!
虎は、己が斬られたことにすら気づかずに、しばらく牙をむいていたが、やがて眠るように息を引き取った。男は虎の首を竹林に埋めてやると、手を合わせてブツブツと呪文か何かを呟いた。
男の名は『テンザン』。東の地よりもさらに東、極東の島国から、主君の
私は助けてもらった礼をいい、しばらく一緒に旅した後、いずれまた会う事があったなら、その時は必ず力を貸そうと約束して別れた。
『
いかなるピンチにあろうとも、鏡のような水面の如く静かに心を研ぎ澄まして剣を振るうという意味だ。
不思議な事にこのラメンには、明鏡止水の剣の冴えと同じ『魂』が込められてる気さえする……。
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