路地に響くは幻聴か


「……ん?」


 私はふと立ち止まって、路地の向こうを見やる。

 隣を歩いていたオーリが問いかける。


「おう、どした?」


「いや……今、我がエルフの女王の叫びが聞こえた気がしてな」


 それを聞いて、オーリが笑った。


「なーんでエルフの女王様が、ファーレンハイトにいるんだよ?」


 私は、顎をなでながら答える。


「三日前、女王様に『報せ鳥』を放ったのだ。『タイショは死んだ。息子のレンがやってきた。美味いラメンを食わせてくれた』とな……女王様も、タイショの行方を気にしておられた。知らせるならば、一刻も早い方がよいと思ったんだ」


 報せ鳥は、緊急連絡用に使われる鳥である。

 巣から数匹を捕まえて、鳥かごに入れて持ち運ぶ。なにか連絡したい時は、鳥の足にメッセージを記した紙を巻きつけ、外へと放つ。すると報せ鳥は真っ直ぐに自らの生まれた巣へと帰っていく。現地にいる仲間がそれを見つけ、手紙を読み上げるという寸法だ。


 それを聞いて、オーリは首を傾げる。


「それにしたってよぉ。エルフの里からここまでは、馬を使って二ヶ月、飛竜を使っても6日はかかるだろ? どう考えたって、こんなとこにいるわけねえぜ」


 私は首を振った。


「いやいや、それがそうでもない。女王様のしもべの『天切鳥アイバルバト』を使えば、一日足らずでついてしまう」


「なんだい、その天切鳥ってのは?」


 オーリの疑問に、答えてやる。


「人を背に乗せ天空を切るように飛ぶ、巨大な白い鳥だよ。星近く、空気が薄くなるほどの高さに飛び上がり、風よりも早く移動する。高すぎて息ができないから、結界を張って背に乗るんだ。世界一高いネプトゥ山脈さえ、ひとっ飛びで越えてしまう!」


 言いながら私は、右手で山の形をいくつも描き、左手でそれを超えてみせる。

 オーリが感心した声を出した。


「へえ! エルフは、すげえ鳥を飼ってんだなぁ!」


「あれを使えば、あるいは……とは言え、報せ鳥がエルフの里に着くまで二日はかかる。それから天切鳥を使っても、ギリギリ今日の夜に間に合うかどうかだろう……」


 やはり、時間的に無理がある。

 私は、己の言葉を笑い飛ばした。


「一昼夜、飲まず食わずに休まず眠らずで飛ぶならまだしも、あの聡明そうめいな女王様が、そんな無茶をなさるはずがない……そうだな、オーリ。お前の言うとおり、女王様がファーレンハイトにいらっしゃるわけないんだ。さあ、帰ろう!」


 私たちは『ジロウケイ』ラメンで重くなった腹を抱え、ニンニク臭いゲップをしながら、それぞれの家へと帰っていったのだった……。

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