『ラメン』の感動


 ……あ。


 ああ……わかった……そうだ!

 思えば、最初にタイショのラメンを食べた時、その自由な発想に驚かされたものだった。

 ワリバシを使ってメンをすすり食う作法や、タケノコを甘辛く煮つけたメンマ、鶏や豚や小麦といったありふれた食材を芸術の域にまで高めた調理術……おお! あれこそまさに、転がり出たカルマン猫の目玉である!(エルフの言い回しで『目から鱗が落ちる』の意)


 タイショのラメンは、凝り固まった私の『常識』を見事に『ぶっ壊して』くれた。それが気持よかったのだ。

 あの感動、創造性、自由な魂……もしも私が最初に出会っていたのが、タイショでなくレンだったなら……きっと私はレンのラメンに心底驚いて感動し、彼のラメンこそが『私のラメンのスタンダード』になっていただろう。


 そうだ。私はあえて、無視していた。私は卑怯だった。

 レンのラメンに夢中になったあの時に、タイショのラメンを初めて食べた時の感動を、確かに感じていたというのに……。

 それでもタイショのラメンが、あまりにも眩しすぎて、思い出があまりにも大切すぎて、会いたくてたまらない二十年の間に、太陽のように絶対の存在になっていて……それを否定するのが、私は怖かったのだ。


 オーリが、私の背中を叩く。彼はこちらを見て、大きく頷いた。

 私は意を決して立ち上がり、布で半分隠れてるレンの瞳をジッと見つめ、それから告げた。


「レン……認めよう! 私が間違っていたよ、私の負けだ。君が作ったこれは、間違いなく『ラメン』だ!」

 

 オーリも頷く。


「俺っちも認めるぜ! こいつぁ、立派な『ラメン』だ! それも、とびきり美味いラメンだよ!」


 レンがニカっと笑い、いつもの腕組みポーズで得意気に顎を上げる。 


「おうともさ、当然よッ! 頑固な恩人たちも、やぁーっとわかってくれたかい! 『ベジポタ系』だけじゃねえぜ。さっきも言ったけどよ、俺のいた世界には、数えきれないほど色んな美味いラーメンがある。それこそあんたらの『常識』を根本から『ぶっ壊す』ような……そんな、すげえラーメンがな!」


 レンの言葉を聞いて、私はワクワクした喜びで打ち震えた。

 『常識』を根本から『ぶっ壊す』……それこそが、私がラメンに求めるものである!


 だが同時にそれは、絶望の一声でもあった……なぜなら私は、あちらの世界にはいけないからだ。

 彼らの世界に行こうとしたのは、タイショと共にヤタイを引いた、あの夜だけではない。この二十年の間に、私はタイショ会いたさに、この路地を数えきれないほどさまよったのだ。オーリに頼んで作ってもらった『ヤタイもどき』を引いてうろついた事さえある。

 しかし、いつも白み始めた空を見上げては、一晩中歩いて疲れきった身体を引きずり、家路につくだけだった。


 ああ! 彼らの世界には、無限の驚きが存在してるというのに!

 そこには、味わい尽くせぬ感動があるというのに。

 なのに……私はそれらを口にすることは、永遠に不可能なのである……。 

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