本当の『ラメン』とは……!
場所は、あの路地だ。
並べられたヤタイの椅子には、私、オーリ、ブラド、そしてマリアという女性が座っている。彼女はブラドの妹で、今は彼の家に一緒に住み、レストランの仕事を手伝っている。
レンの作るラメンを、ぜひ妹と一緒に食べたいという事で、ブラドが寝てる所を起こして連れてきたのだ。
マリアが辺りを見回しながら、しみじみと言う。
「ブラド兄ちゃん。この路地……懐かしいね」
ブラドが大きく頷いた。
「ああ。この路地には辛い思い出も多いけど、今、僕たちが幸せに暮らせているのは、ここでタイショさんと出会えたからだしな」
マリアが涙ぐみながら言う。
「そうだね。きっとあたし達だけだと寂しすぎて、ここには来れなかったよねえ? ……タイショさん、死んじゃったんだね。どうか、天国でもお元気でね、優しいタイショさん」
そんな空気を打ち破るように、二人の前にドンブリが置かれた。
「ほいよ、ラーメン二つ、おまっしゃーせしたー! さあ、熱いうちに食ってくんな!」
しんみりしてたブラドとマリアは、目の前に置かれたドンブリを覗き込んで、仰け反った。
その顔は、明らかに引きつっている……ふっふっふ。やはり、こうなるか!
しかし、勝負はフェアにいかねばなるまい。
まずは、二人にも食べてもらわなければジャッジできない。
私とオーリは、手で二人に『早く食え!』と
それを見て、ブラドとマリアは顔を見合わせ、お互いに青い顔をしつつも、おっかなびっくりと言った様子でワリバシを手に取り、ドンブリに突っ込んで食べ始めた。
しばらくしてから、である。
食べ終わったブラドが顔を上げて、遠慮がちに言う。
「いや……たいへん美味かったです! このこってりしたスープの味には、ものすごく感動しました! けど……これが『ラメン』って言われるとぉ……?」
レンが目を剥き、口をへの字に曲げた。
当然だな。特にブラドは、己が必死で作り続けてきたラメンへのプライドがある。
こんな物を『ラメン』と認めるわけがないのだよ!
しかし、その時である。
彼の隣に座ったマリアが顔を上げ、ゆっくりと言う。
「あたしは、これ……『ラメン』だと思うわ」
意外な
だがマリアは、堂々とした様子で胸を張って続けた。
「だって、そもそもラメンって何かしら……? あたしたちは皆、タイショさんの作ったラメンだけが『本当のラメン』だと思っていた。けれども、この料理を食べて、あたしは『これもラメンだ』と思ってしまった。いまさら、『これはラメンじゃない』って言われても、あたしの心は動かない」
マリアは、空のドンブリを覗き込みながら言う。
「このドンブリには、メンがあって、スープがあって、ヤクミもチャーシュもメンマもあった。そして、とっても美味しかった……ねえ、ブラド兄ちゃん。ナルトが乗ってなかったら、それはラメンじゃないの? チャーシュが3枚だったり分厚かったりしたら、ラメンじゃなくなる? スープの色が濃かったり薄かったら、それってラメンとは言えない?」
問われてブラドは、おずおずと答える。
「そ、それは……ナルトが乗ってなくっても、ラメンはラメンだよ。チャーシュの数が増えたり、厚さが違うくらいは問題にならない。スープの濃さも店によって違うし、それもラメンと言えるはずさ……」
マリアは首を傾げて、さらに尋ねる。
「ラメンって、メンの一本、スープの材料まで、細かくルールが決められてるものなの? そうじゃないでしょう? それなら兄ちゃんのラメンだって、ラメンとは言えないはずだもの」
ブラドが言葉に詰まって、黙り込む。
私もオーリも、何も言えなかった。
マリアは悲しげに路地を眺め、静かな声で続ける。
「あたしたちにラメンを食べさせてくれたタイショさんは、死んでしまった。もう、お手本はないんだわ。だとしたら……『本当のラメン』なんて……世界のどこにあるのかしら?」
突然、レンが大声で叫んだ。
「そうだッ! その通りだぜ!」
レンは筋肉ムキムキの腕をカウンターに載せて、マリアに笑いかける。
「よーくわかってるじゃねえか、あんた。そう……『本当のラーメン』なんてもんは、この世には存在しないんだ!」
私は、口をあんぐり開けた。
本当のラメンなど……存在しない……?
レンは愛し気にヤタイのカウンターを撫で、遠い目をして言う。
「俺だってなぁ、親父のラーメンは美味かったと思うよ。だから、レシピもちゃんと覚えてるし、チャーシューの味付けも変えてねえ。いずれ出す自分の店にも、『ラーメン太陽』の看板を付けたいと思ってるんだ」
レンは、私たちを見回した。
「……でもな。親父の作ってた中華そばは、ラーメンのひとつの形にすぎねえんだぜ? 俺や親父のいた世界には、もっと多くのラーメンが存在している。ラーメンってのは、もっと『自由なモノ』なんだ! 塩、味噌、豚骨、つけ麺、
な……っ!? 彼らの世界には、そんなに何種類もラメンがあるのか!
そして……ラ、ラメンはもっと……『自由なモノ』……だと!?
私はハッとした。
この言葉に何か、重大な真実が隠れている気がしたのだ。
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