黄金のメンマ亭
ファーレンハイトには、『ラメン』を出すレストランが至る所に存在している。すでに、この地方の名物料理といってもいいくらいだ……。
タイショが消えてからラメンを食えなくなった食通たちが発狂し、料理人たちにコピー品を作らせたのは、すでに説明したとおりである。
そんな中でも、このレストラン、『黄金のメンマ亭』は、ファーレンハイト随一のラメンを出す店として知られていた。
すでに灯りも消えているが、オーリはその扉を遠慮なく、乱暴にガンガンと叩いて叫ぶ。
「おーい、ブラド! 俺っちと友達に、ちいと今からラメンを食わせてくれやぁ!」
ややあって、店の中からバタバタと足音が響く。
そして、寝ぼけ眼の三十歳前後の青年が姿を現した。
「ちょっと、
オーリは悪びれもせずに言う。
「おう、ブラド。今から、ラメンを作ってくれ。そんでもって、俺っちと後ろの二人に食わせてやってくれ」
ブラドは、私とレンを交互に見る。
「ええっと。……リンスィールさんはわかるけど、後ろの方は一体……?」
オーリは、レンの背中をバチンと叩いて答えた。
「おう! こいつぁ、タイショの息子だ!」
その言葉に、ブラドの顔色が変わった。
「えっ!? タ、タイショさんの……っ! そうですか。今すぐ、店を開けます。どうぞ、中に入ってお待ちください」
もちろんオーリも、ラメンが食えなくなって発狂した食通の一人であった。
そしてブラドは、元はあの路地にいた、二十人の孤児の一人であった。
彼は妹と二人で飢えてゴミ漁りしているところを、タイショのラメンに救われて、オーリに引き取られて養子になったのである。
そしてオーリは、自分の養子の中から料理の才能がありそうな者を選び、料理人の修業をさせていた。
その事情を知れば、ここ『黄金のメンマ亭』のラメンが、ファーレンハイト随一と言われる理由がわかるであろう……?
孤児時代に妹と二人で惨めにゴミを漁り、今にも倒れそうな空腹を抱えて冷たい路地をさまよう中で、タイショの熱々ラメンを食べた男。
そして、その義父はドワーフ一の食通として知られ、恐らく通算で言えば誰よりも多くタイショのラメンを食べた男。
この二人が口にした、かつての『タイショのラメン』を再現するべく、金と努力を惜しまずに研究を重ね、ついには作り上げたのが『黄金のメンマ亭のラメン』なのである!
なお、本来であれば、レンの喋る言葉は私やオーリを通してブラドに伝え、同様にブラドの言葉は訳してレンに伝えるという流れになるのだが……いちいち記すのは面倒なので、そういった作業の部分は
しかし、間にはしっかりと私たち通訳が入っており、我々のいない場ではレンは誰とも話せないことを、どうかお忘れなきように!
厨房の中、ラメンを作るブラドの手元をのぞき込みながら、レンが言う。
「……驚いたな。こいつはマグロ干しか?」
ブラドが頷きながら答えた。
「大海原にいる赤身の大型魚に塩を振り、天日で乾燥させて作りました。『混合ソース』の出汁に使ってます。これ、舐めてみてください」
ブラドはレンに、小瓶を差し出す。
レンは小瓶の中身を手のひらに出して、チロリと舐めると目を丸くした。
「おおっ!? 醤油にそっくり!」
「南の島で作られてるソースです。ココヤシの樹液に塩を加えて発酵させたものだそうですよ。タイショさんのスープ、あの風味を再現したくって、父と一緒に世界中のソースを取り寄せ、味見して見つけました」
ブラドはレンに、
「これが、うちの『黄金スープ』です。肉を取って骨だけにした鶏を強火で茹で、すぐ取り出します。その後、骨に残った血や内臓を丁寧にこそげて、リンゴ、タマネギ、ヤクミの青い部分、ショウガ、ニンニク、ナガカイソウ、オゴリタケと一緒に、沸騰させないよう8時間ほど煮込み、浮いてきたアクを丁寧に取り除きます。最後に目の細かい布で
「麺はこれ、どうやって作ってるんだい?」
「小麦粉と卵に灰の上澄み液を混ぜて作ります。それを穴の開いた型から押し出した後に、手で揉んで
「なるほど。灰の上澄み液は、アルカリ性カリウムだ……かん水の代わりってわけだな」
「このメンが完成した時、オーリ義父さんが『こいつは、タイショのメンそのものだ。絶対に独り占めしちゃならねえ。他のレストランにも製法を教えろ!』って言い出しましてね……ですからファーレンハイトのラメンは、みんな同じ作り方のメンを使ってます」
ブラドは、小皿にスープを取ってレンに味見させている……本来ならば、これら料理の秘密は、『ラメンシェフ』の命とも言うべきものである。
しかし、タイショの息子ならばということで、ブラドはレンに全てを
やがて、ブラドはメンを茹で、黄金スープと混合ソースを混ぜて、具材をのせてラメンを完成させる。
「さあ、できましたよ! どうぞ、召し上がってください!」
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