なんだろう?

 余裕綽々よゆうしゃくしゃくな彼の態度に、私はますますヒートアップする。

 

「食えるかーっ!? こんなもん! その、『ペジポタケイ』や『チューカソバ』と言うのが何かはわからぬ……だが、とにかく『ラメン』とは、こんなドロドロした灰汁あくの塊のようなキテレツな物体ではないのだよ! こんなもの、断じて『ラメン』と認めるわけにはいかーん! ……おい、オーリっ! 貴様も何か言ってやれっ!」


 と、隣でドンブリを見つめて固まっていたオーリが、動いた。

 そしてワリバシを手に取り……パチン!

 彼の行動に、私は戸惑う。


「お、おい……? オーリっ! 貴様、なにを!?」


 私の静止に応えずに、オーリはワリバシをドンブリに突っ込んで、メンを手繰って口に入れた。そして、二度、三度と咀嚼そしゃくする。

 しばらくしてからオーリは目を見開き「むぅ!」と唸り、またワリバシを突っ込んでメンを口へと運ぶ。

 それから、ジロリと私を見て言った。


「確かに……こいつぁリンスィールの言うとおり、『ラメン』とは認められねえなぁ」


 オーリの言葉に、私は勢いづく。


「ほらな!? 私の言った通りだろ? やっぱりこんなものは……」


 オーリがさえぎるように、大声をあげた。


「こんなもんは、ラメンじゃねえっ! だが……めちゃくちゃ美味いっ!」


 その勢いに気おされて、私は黙る。

 ややあってから、オーリが苦笑しながら口を開く。


「俺っちは珍しい食いもんは、なんでも試しちまう性分よ。レンの野郎が、こいつを『ラメン』として出してきた時は驚いたぜ……見た目はドロドロで最悪だし、匂いも悪い。タイショの綺麗なラメンとは似ても似つかねえ……リンスィールが怒る気持ちも十分にわかる」


 彼は食事を再開し、私を横目で見ながら静かな声で言った。


「けどよ? これはこれで、かなりうまいぜ……リンスィール。一度、こいつを『ラメンとは別の料理』だと認識してから、食ってみろよ?」


「…………よ、ようし」


 そこまで言われて食わずに引き下がっては、食通の名折れだろう。

 私は、大人しく席に座った。

 レンは、何も言わずに腕組み顎上げのポーズのままだ。相変わらず布に半分隠れた、しっかり前が見えてるか見えてないのかわからぬ目で、こちらを見つめている。

 私はワリバシをパチンと割ってドンブリに突っ込むと、泥のように重たいスープをかき分けて、メンを手繰たぐると口へと入れた。


 ……っ! こ、これは驚いた!

 確かに、見た目は悪い。匂いも独特だ。しかし、メンにごってり絡んだ、このドロドロスープの味はどうだろう!?

 様々な食材の風味がまろやかに絡み合い、それを粘り気のある脂が統合とうごうし、絶妙のしょっぱさが包み込んでいる。メンも、良いものを使っているな。小麦の香りが強い。

 スープを舌先で押しつぶすと、すこしザラっとした粒を感じる……まるでジャガイモのポタージュのようだが、もっとはるかに複雑な味わいだ。魚介系の風味も感じる。

 私と口論したことで、少しメンが伸びているようだ。だが、ドロっとしたスープは冷めにくく、いまだ熱々を保ったままである。

 スープの脂分は多いが、上に乗ってるヤクミが多いので、爽やかさに相殺そうさいされて、後口はそれほど重たくない……。

 具材のチャーシュの薄さもいい。タイショのチャーシュより薄切りだが、このスープの濃さに合わせて、わざと薄くしたのだろう。

 対して、メンマは厚切りか……こってりスープとメンマのサッパリ感が良い食べ合わせだ。これなら、ナルトはいらないかもしれないな。

 食べ進めるうちに、最初は悪臭と感じた匂いも気にならなくなってきた。いや、むしろ、鼻から抜ける独特の香りがクセになりつつある……ううむ、こいつは弱ったぞ。

 し、しかし……このスープが……クリーミーで……むむぅ、複雑玄妙ふくざつげんみょうな味わいだ。

 濃厚なコクと旨味の階層が幾重いくえにも積み重なって、波のように美味さが押し寄せてくる……うむぅ……な、なんだろう、この味わい……?

 肉のエキスがトロトロしてて、口当たりが良くてしょっぱくて……奥深い甘みとまろみがあって、飲んだ後で唇同士がくっつくようにしっとりしてて……ええ? いやいや、本当にこれ、一体なにが入っているのだ!?


 ……気づくと、ドンブリの中にはスープ一滴、メン一本も残っていなかった。

 ああ。美食にあらがえぬ、我が身が憎い!

 私は、ようやく顔を上げる。

 オーリとレンが、こちらをジッと見つめていた。

 悔しいが……私はレンの作った料理に、『夢中』になっていたと認めざるを得なかった。

 私だって、珍しい食べ物は大好きなのだ。ただ、これを『ラメンと』呼ぶのが許せなかっただけである。

 だから、静かな声で宣言する。


「……美味い。極めて美味いよ、これは!」


 レンの顔が、パッと輝く。


「だろっ!? 美味いだろ、俺のラーメン!」


 私は首を振る。


「いいや! それでも私は、これを『ラメン』と認めることはできん!」


 オーリも深くうなずいた。


「俺っちも同意見だな。こいつぁ美味えが、『ラメン』じゃねーよ」


 それから立ち上がり、親指でくいくいと指し示す。


「なあ……時間あるかい? ちょっくら、俺っちと『ラメン』を食いに付き合ってくれや!」

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