愛しの『ラメン』

 

 私とオーリは、顔をほころばせ何度もコクコクと頷いた。


「そう! 『ラメン』だよ!」

「おおっ! レン、やはり君も『ラメン』が作れるのか!?」


 レンは大きくうなずいた。


「もちろんよッ! 俺は自分の店を持つために、この年までラーメン一筋で色んなラーメン屋で修業してきた……今じゃあ俺のラーメンは、有名店にだって負けない味だぜ!」


 な、なんとっ!? タイショの世界の有名店にも負けない味だと!?

 私の喉がゴクリと鳴る。

 タイショのラメンは凄かった。あれより美味いラメンを、私は知らぬ。

 だが、もしかしたら……レンのラメンは、それを超えてしまうかもしれん!

 私たちは、そわそわしながらレンに問うた。


「で、そ、そのラメンって……?」

「わ、私らにも、食べさせてもらえるのか……?」


 レンは苦笑し、ヤタイから椅子を取り出して並べ始めた。


「おいおい、あんたら。俺が、何のためにこの世界に来たと思ってるんだい? 本棚の奥から偶然みつけた、親父の遺品の日記帳。深夜2時、ラーメンの材料を積んだ屋台を引いて、盛戸流もるどる町3丁目4番地の路地に入るべし……ボロボロだった屋台をレストアし、そんなバカバカしい話を信じて実行したのは、母さんの命の恩人にお礼を言いたかったのと、死の間際の親父の願いを叶えるためなんだ」


 そして腕組みポーズで顎を上げ、私たちに宣言する。


「食わせてやるよ、極上に美味い俺のラーメン! 二人とも、心置きなく味わってくれ!」


「や、やったー!」

「うほほーい!」


 その一言に、私たちはいそいそと椅子に座って、笑顔でラメンが出てくるのを待ち続けた。

 レンは、ヤタイの裏に回って湯を沸かし始める。


 私の胸がドキドキ高鳴る。

 ああ、もうすぐだ! もうすぐ、恋焦がれてた『ラメン』が食えるのだ!

 しかし……なにかが……おかしい……?


 オーリも、それに気づいたようだ。

 彼は私の耳に口を近づけ、ささやいた。


「よ、よう。リンスィール……なんか、変な匂いしねえか?」


 その言葉に、私も顔をくもらせる。


「う、うむ。なんだろうな? この匂い……タイショの作るかぐわしいスープとは、似ても似つかぬ匂いがする……てか、はっきり言ってこれ、悪臭の部類だぞ!」


 私たちの不安をよそに、レンは真剣な顔で『ラメン』を作っている。

 彼はメンを茹でると、タイショのものとは少し形が違う、深いカゴのような網で湯を切った。


 ザッ、ザァ!


 ううむ。息子を名乗るだけあって、メンを扱う動きは、確かにタイショと似ているぞ。

 しかし……やはり、この匂いが気になる。

 レンはドンブリにスープを注ぎ、メンを入れ、具材をのせる。

 そして、出来上がったラメンのドンブリを私たちの前に置いた。


「さあ、食べてくれ! こいつが俺のラーメンだ!」


 差し出されたドンブリの中をみて、私もオーリも驚愕きょうがくした。

 具材は三種類。薄いチャーシュ、少々ぶ厚いメンマ、細切りにした大量のヤクミである。ナルトがないことや、量や形が少し違うが、ここはタイショのラメンとあまり変わらない。

 だが……スープが……肝心の『スープ』が違うのだ!


 それはタイショの作った、褐色で油のキラキラと光る、あの美しいスープとは似ても似つかぬ代物だった!

 なんとスープが白く、煮詰めたミルクのようにドロドロとにごっているのである。そのドロドロスープからは、ニカワでも煮出したような、独特の臭気が立ち昇る。

 私は、思わず立ち上がった。


「な、なんだこれはぁーっ!? ちっがーうっ! こんなのは『ラメン』じゃなーい!」


 私の叫びに、レンの顔色が変わる。

 彼は例の腕組みポーズで怒ったように顎を上げ、私をにらんで言った。


「ああん? 俺のラーメンに、文句あるってのかよ?」


 私は、恩人であるタイショの息子と喧嘩することに躊躇ちゅうちょし、グッと言葉につまる。

 だが……それでも我慢できずに、口を開いた。


「もちろんだとも、大いに文句がある! なんなのだ、これは……上に乗った具材はいい。メンも茹でてる所を見る限り、まともに見えたぞ。だが、肝心のスープが白くてドロドロに濁っていて、見た目も匂いも最悪じゃないか! どういうつもりかわからぬが、こんなものを『ラメン』と認めるわけにはいかぬっ!」


 レンは、キョトンとした後で言った。


「はぁ? これがラーメンじゃないだと……じゃあ、あんたの言うラーメンってのは、どんなのなんだ?」


 私は胸を張り、かつてタイショが作った、素晴らしき『ラメン』を思い浮かべて言う。


「ラメンとは、熱々の澄んだ褐色のスープにキラキラと光る油が浮かび、その中に細くて黄色いメンが沈んだものである! 一口すすれば小麦の香りが口いっぱいに広がって、そこに魚介と鶏の混合出汁のしょっぱさが絡み合い、舌の上で得も言われぬ快楽を生み出す……まさに、『食の芸術品』だ!」


 私の言葉に、レンは眉を寄せる。


「澄んだ褐色スープに、魚介と鶏の出汁だと……?」


 それから、合点がいったようにポンと手を打つ。


「ああ、なるほどね! 親父は、昔ながらの中華そば一筋だったからなぁ」


 だが彼は挑戦的にニヤリと笑って、また腕組みポーズで声を張り上げる。


「だがな、俺のラーメンは『ベジポタ系』の超こってりスープよっ! 砕いたガラと一緒に白菜やジャガイモなんかのデンプン質豊富な野菜を、トロトロになるまでひたすら寸胴でじっくり煮込んで作り出す。その味の奥深さ、広がりは、まさにあんたの言う『食の芸術品』だぜ……さあ、早いとこ食ってくんなっ!」


 な、なんだこいつ……私の言ってること、全然わかってないじゃないかっ!

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