彼の名は……


 ……いやいや。誰なのだ、こいつはっ!?

 戸惑う私たちの前で、その男はニカッと笑い、親指を立てて言った。


「おおっ!? その耳、そのひげ……まさか、エルフにドワーフかよっ!? いやぁー、本当にあったんだな、異世界っ! 親父の日記を見た時は半信半疑だったけど……すげえー! 完っ璧にロードオブザリングの世界じゃんかっ!」


「あー、ひとりで盛り上がってる所、悪いんだが……あんたは一体、何者なんだ?」


 オーリが、私が教えた異世界語で彼に問うと、彼はまた腕組みの姿勢に戻りつつ、顎をクイっと上げて言った。


「俺の名前は、伊東レンっ! この屋台を引いてた男……伊東太勝タイショウの息子だぜ!」


 おい……さっきからなんなのだ、その腕組みポーズは?

 まさか、その生意気なポーズをとらないと喋れないのか!?

 というかこの季節に半袖って、寒くないのか?

 私は、数々のツッコミたい気持ちを抑えつつ、まずは一番聞きたかったことを聞く。


「それで、タイショは……? タイショは一体、どこにいるんだ!?」


 レンは私の問いかけに、しばしの沈黙を挟んだ後で答える。


「親父は死んだ。もう、二十年も前になる」


「なっ!? し、死んだだと……っ! そんな……どうして!?」


「交通事故だよ。トラックにひかれてな」


 衝撃の事実。

 私は絶句する。


 死んだ……タイショが死んだ。

 それも、二十年も前に死んでいた。

 あの真面目なタイショが、何も言わずに消えるわけないとは思っていたが……不覚にも、視界がうるむ。

 こらえ切れない涙を拭いながら、私は呟く。


「その、『トラック』というのはよくわからぬが……じ、事故だと……? おお、なんという悲劇! では私は、すでに死んだ男を二十年間、ずっと待ち続けていたわけか……」


 レンは涙ぐむ私を見つめて、静かに言葉を続けた。


「病院に運ばれた親父は、生死のさかいを三日三晩さまよった。そして最後の瞬間まで、ここの連中にラーメン食わせなきゃってうめき続けてたよ。当時は、事故のショックで錯乱してるだけだと思ったが……エルフもドワーフも、こうしてちゃんといたんだな……」


 レンは右手を持ち上げて、己の鼻をグシっとこすった後で言う。


「それよりあんた、エルフのリンシルさんだろ?」


 私は頷く。


「ああ、発音が少し違うが……いかにも、私はリンスィールである」


「リンシル……リンスィール。おっけ、リンスィールさんと……で、そっちのヒゲが、ドワーフのオオリさん?」


「おう、俺っちはドワーフのオーリ・ドゥオールだ」


「そうか。親父の日記に、あんたらには本当に世話になったって書いてあったぜ」


 その言葉に、私は慌てて手を振った。


「なんの、なんの! むしろ、世話になったのは私たちの方だろう。あれだけうまいラメンをたっぷり食わせてもらって、タイショにはついに、なんの恩返しもできなかった……」


 私の言葉に、神妙な顔でオーリもうなずく。

 だがレンは、勢いよく首を振った。


「いいや、そんなことねえよっ! 親父の日記で読んだんだ。この世界でもらったって首飾り……あれがなければ、俺の母さんは死んでいた」


 そういうとレンは、遠い目で話し始める。


「俺がガキの頃、母さんが急に倒れてな。それで病院で調べたら、治療のためには高額の薬が必要だって言われたんだ。うちは、それほど裕福じゃなかった。母さんはもうすぐ死んじまうんだって泣く俺を見て、親父が思いつめた顔で、どこからか宝石のついた首飾りを持ってきた……」


 レンはヤタイを探ると、そこからエメラルドのいくつか外れた首飾りを取り出した。


「そんでもって、この首飾りの宝石のいくつかを外してよ。俺に笑いかけながら、『大丈夫だぞ、レン! 今から父さん、こいつを質に入れて来る。その金で、母さんを治そう!』ってよぉ……結果として、母さんの病気はよくなった。まあ、親父はその一年後に、宝石の利息を払いに質屋に行く途中、トラックにひかれて死んじまったんだがなぁ」


 彼は私に、首飾りを差し出す。


「首飾りの宝石は、そのまま質に流れちまった。何処にあるのか、もうわからない。けどな……親父は、死ぬ直前までがむしゃらに働いて、なんとか首飾りを元の形に戻そうと頑張ってたよ。宝石は欠けちまったけど、こいつはあんたに返したい」


 私は首飾りを、そっと押し戻した。


「いいや。その首飾りは、我がエルフの女王がタイショにたまわったものである。その欠けた宝石も、タイショが懸命けんめいに生きた証ではないか! それを、私がもらうわけにはいかぬな」


 レンは、その言葉に素直にうなずく。


「そうか。それじゃ親父の形見として、俺が預かっておくぜ」


 と、オーリがヤタイをジロジロと見つめながら、おずおずと口を開いた。

 

「で、よぉ。レン……そのヤタイって……タイショのヤタイだろ? それにタイショのムスコってんなら……あんたもほれ、あれ、作れんじゃねえか……?」


 その言葉に、レンは歯を見せてニカっと笑う。


「ああ……『ラーメン』だろ?」

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