20 Years After


 友が……タイショが消えたあの日から、もう二十年が経ってしまった。


 この二十年は、私の生きてきた四百年の時間よりも、ずっと長かったように感じる……。

 私とオーリは、今もタイショを待って、毎晩、あの路地に立ち尽くしていた。

 城下町ファーレンハイトには、『ラメン』を食わせるレストランがいたる所に存在している。

 タイショが消えた夜からラメンが食えなくなって、食通たちは発狂した。なんとかあの味を再現しようと、己の食べた味を料理人たちに伝えて、必死でラメンを作らせたのだ。

 ファーレンハイトの畑には、二十年前にタイショからゆずってもらい増やした「ヤクミ」が青々としげり、商店街の軒先には、白身魚をり潰して蒸した「ナルト」や、タケノコを甘辛く煮つけて東の地より運んできた「メンマ」も売られている。

 どれもこれも、彼のラメンを真似して作られたものだった。コピー品とはいえ、ラメンの材料は、もうこの町でそろうようになったのだ。


 だが、肝心のタイショがいない……あの美味い「ラメン」を作ってくれるタイショが、戻ってこない……この町のラメンは、タイショのラメンと似ているけども、どこかが違う。

 何かが違う、何かが足りないのだ……。

 だから、私は満たされない。


 私は、オーリと二人きりの暗い路地を見回し、ポツリと呟く。


「とうとう、この路地でタイショを待っているのは、私たちだけになってしまったな……」


 オーリが鼻で笑いながら言う。


「へっ! 町に住むヒューマンにとって、二十年は長すぎらぁ! ……赤ん坊が大人になって、家庭を持つのに十分な時間だぜ?」


「それでも、私は待つさ。タイショに会えるのならば、百年でも二百年でも待ち続ける」


「ヒューマン族は、そんなに長生きできねえよ。せいぜい、生きて八十年だ」


 軽口を叩きあいながらも、私たちは心が寒々と冷え切っていくのを感じていた。

 ああ、今夜は本当に寒い……霧も出ている。足元が冷えてこおりそうだ。


 こんな日に、タイショの熱々ラメンがあったなら……。


 あのヤタイのカウンターに、また座りたい。

 ずっしり重いドンブリを受け取り、湯気に巻かれながらワリバシをパチンと割って、メンを手繰たぐって口に入れ、脂身たっぷりのチャーシュを噛み切り、甘辛コリコリのメンマを味わい、ゆで卵を一口齧り、熱いスープを一口飲み、ムチっとしたナルトで一休みして、白く濁る息を吐きながらまたメンを……ああ、この路地に来るたびに私の胸は、思い出の切なさに締め付けられる。


 あのラメンが、食べたくてたまららぬ!

 飢えた子供を放っておけぬ、タイショの人柄にまた触れたい!

 あの白い歯をむき出した、人懐っこい笑顔が見たい!

 冷たくこごえそうな暗い路地において、あの店だけは温かかった!


 ……しばらくしてから私は、自嘲じちょう気味に笑った。


「ふっ……今夜もまた、空振りか」


「俺っちもお前も、りねえなぁ……」


 そんな風に、オーリが口にした、その時だ。


 チャラリ~チャラ♪ チャラリチャララ~♪


 私たちは顔を見合わせる。

 ややあってから、オーリが言う。


「おい。今の……聞こえたか?」


「ああ、聞こえた……お、おお! よもやこれはディスプレッサービーストの作りし幻影か、あるいはビボルダーの眼球が見せた呪いだろうかっ!?(エルフの言い回しで「にわかには信じがたい」の意)」


 霧の中から、ガラガラと聞き覚えのある音が響いてくる。

 そして、影がゆっくりと近づいてきた。

 現れるは、木製の車ヤタイ。

 魔力をともなわぬ、不思議な白い光。

 後部に吊り下げられた、紙製の真っ赤なランプ。


 ああ、ついにやってきたのだ!

 夢にまで見て待ち焦がれていた、我が友が……あの魅惑みわくのラメンが……今、ようやく帰還した!

 私たちはとびっきりの笑顔を浮かべ、涙をにじませ叫びながら走り寄る。


「おかえりーっ! タイショ!」


 ヤタイを引いていた男は、私たちを見るなり声を上げてこたえた。


「へい、ラッシャイ! ラーメン太陽へようこそ!」


 その男は、頭に厚手の白い布を巻いていた。

 タイショはじった布だったが、こいつは捩じらず平たく巻いてる。それが目のすぐ上まで隠しているので、ちゃんと前が見えてるのか不安になってしまう……。

 服装は全身白装束だったタイショとは違い、薄くて半袖の黒いシャツと藍色のズボン、白くて長いエプロンを付けている。半袖から突き出た腕はたくましく日に焼けて、まるで戦士のように筋肉ムキムキだった。

 そしてなぜか、腕組みをしている……挑戦的に顎を上げ、なんとなく得意気で、どことなく小生意気で、いつも人懐っこいタイショとは真逆の表情である。

 私とオーリは驚いて立ち止まり、ポカーンと口を開けた後で、同時に叫ぶ。


「……あんた、誰ーっ!?」

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