常連男
「いよぉ! おめえさん、初めて食った『ラメン』はどうだったよ?」
ドワーフはいまいち気に入らないが、食に対して『嘘』を言うわけにいかない。
私は素直に答えてやる。
「ああ……うまかったよ。食べ物であんなに満ち足りたのは、百年ぶりぐらいかな……」
ドワーフの常連男は笑顔になって、路地の一角を指し示す。
「ちょっと、あっちで話さねえか?」
常連男は、名をオーリと言った。
どうやら話を聞くに、私が聞いた噂の出所の大半はオーリであるらしかった。
彼が言うには、白装束の男……タイショが現れたのは、やはり1年ほど前のようだ。
どこからともなく現れては、この路地裏で飢えた孤児たちにラメンをふるまっていた。
この城下町に住むオーリが噂を聞きつけたのは半年前で、その頃はまだタイショの車(『ヤタイ』というらしい)には子供たちしかいなかった。
オーリは、物珍しさから一口食べて、即座にラメンの味に酔いしれて、それからほぼ毎晩通うようになった。
ラメンは、その時も今と変わらぬ素晴らしい味であったらしいが、口にしていたのが孤児では噂の広まりようがなく、タイショはただ黙々と子供にラメンを食わせていただけだったという。
そうやって通ううちに、オーリとタイショは単純な言葉だけなら、意思疎通できるようになった。
例えばラメン召喚の文言、「タイショラメンイッチョ」は三つの単語からできている。
タイショ、ラメン……これは説明する必要ないだろうが、最後のイッチョは「ひとつくださいな」と言う意味だそうだ。
その他にも、二本の棒は「ワリバシ」といい、ラメンの上に乗っている白緑の植物は「ヤクミ」、豚肉は「チャーシュ」、黄色の紐は「メン」、ギザギザ白にピンクの渦巻は「ナルト」、タケノコの煮物は「メンマ」、ラメンを入れる深皿は「ドンブリ」という名だと学んだ。
オーリは、最初のうちこそ出されるがままにタダで食べていたが、そのうち申し訳なくなって、自ら進んで金を払うようになったのだとか。ちなみに銀貨一枚というのはオーリが勝手に設定した金額で、タイショ自身は金を欲しがっていないそうだ。
タイショが言うには、これは「ドウラク」……趣味という意味らしい……でやってる事だからと。
オーリはタイショの作るラメンのファンになってから、この素晴らしい味を暗い路地に埋もれさせてはもったいないと、積極的に人に広めるようになって、今に至るのだそうだ。
話を聞いて、私は顔を
「し、しかし……今の話を聞いた限りだと、私たちはラメン食いたさに、孤児の食事を奪ってしまっているのではないか……?」
すると、オーリはニヤリと笑う。
「へっ、心配すんな。この路地のガキ共はな、俺が全部引き取って、養子にしてやったよ」
「なに……? この路地にいた子供、全部をか!?」
「ああ。まあ、二十人くれえいたかなぁ……?」
「き、貴様っ! 二十人の子供を、養子として引き取ったのか!」
それを聞いて、私は驚いた。ドワーフは強欲だと思っていたが……二十人もの孤児を引き取るとは、見上げた奉仕精神である!
オーリは、右手を私に差し出して言った。
「へへ。改めて、自己紹介させてもらう……俺は、オーリ・ドゥオール。ドワーフだ。宝飾職人をやっている。これでも腕は超一流でな、仕事の依頼はたんまりあるから、金なら稼げるんだ。まあ一応、『ドワーフ1の食通』なんて通り名でも呼ばれてるぜ!」
やがて、ヤタイの材料が切れたらしく、店じまいとなった。私と路地に立って話すオーリのもとへと、タイショがやってくる。
オーリは、気安げに手を挙げた。
「おう、オツカレサン!」
タイショはニカっと笑う。
「オツカレサンデス」
そして、銀貨の入った袋をオーリに差し出す。
オーリはそれを受け取って、私に向き直って、恥ずかしそうに笑った。
「とは言え……俺の稼ぎだけじゃ、ガキたち全員を満足に暮らさせてやれないからな。日に三度のメシを食わせて、清潔な服を着させて、将来のために仕事を勉強させて、小遣いまでやるには……ちょっと無理がある。だから、タイショの稼ぎも当てにさせてもらってるってわけだ!」
私は苦笑した。
……まあ、子供二十人を育てるのは、いくら腕がよくても宝飾職人個人の稼ぎでは無理であろう。それに、あの素晴らしい『ラメン』が無料というのは、いかにもおかしい!
タイショとしても、孤児に食べさせるためにラメンを作っていたわけだから、回りまわって彼らが幸せに暮らせると言うならば、文句はないはずである。
私はタイショに歩み寄ると、
「タイショ殿。私はエルフのリンスィールと申します。貴殿のラメンの味、深い感銘を受けました」
タイショは嬉しそうに笑って、
「マタタベニキテクダサイヨ、オキャクサン!」
と言い、手を振って来た時と同じようにヤタイを引いて、闇の中へと消えていった……。
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