タイショと私

 タイショと私は、それからとても仲良くなった。

 エルフである私は、ドワーフのオーリよりも、言語センスに長けている。半年もするとオーリより、ずっとタイショと意思疎通できるようになっていた。

 もう、日常会話なら問題なくできる。


 で、色々と話してみて、驚くべきことがわかった!

 どうやらタイショは、『異世界の住人』であるらしいのだ……。

 私は初めてラメンを食べた時に、まるで「未知の世界の食べ物だ」と思ったわけだが、それははからずも本当の事だったのである。


 彼が言うには、ある夜、元いた世界で一日の仕事を終えてヤタイを引いていると、道を間違えて暗い路地に迷い込んでしまったのだそうだ。

 そして、ふと気づくと、見たこともないような街の中……ここ、ファーレンハイトにいた。

 焦りながら辺りを見回し、必死で走り回り、暗がりの至る所を覗き込んでみるが、元いた世界への帰り方がわからない!

 途方にくれて道端に立ち尽くしていると、ヤタイの光と美味そうなスープの匂いに引き寄せられて、孤児たちが寄ってきたという……。


 そのガリガリにせた身体と、物欲しそうな表情から、みな飢えていると一目でわかった。特に気になったのは、幼い女の子を連れてこちらを見つめる男の子だった。

 他の子たちが遠巻きにしている中で、彼はただ一人タイショへと歩み寄って、深く頭を下げる。そして真剣な表情で、手をつないだ女の子を指さして、何事かを叫んだ。

 言葉は通じなかった。だけど、意味は分かった。


 自分はいい。だから、この娘に何か食べさせてやってくれと……。


 己も、ガリガリに痩せこけているのに。空腹で青ざめて、今にも倒れそうなのに。

 タイショにも、幼い息子が一人いた……。

 ふと見ると、ヤタイにはまだ食材が残っている。見たこともない異世界に一人で放り出された不安はあったが、それよりもヨダレを垂らして見つめる子供たちが、あまりにも憐れで可哀想で、タイショは彼らにラメンを作って食べさせた。

 子供たちは笑顔で、タイショの熱々ラメンを夢中で食った。

 タイショもそれを見て、笑顔になった。

 やがて食材がなくなると、タイショはヤタイを引いて、歩き出した。


 ここが何処なのか、歩いた先に何があるのかもわからない。

 ただ、ここではない、どこかへ行こうとして……そして、ふと気づくと、『元の世界』の路地裏に立っていたのだそうだ。


 次の日である。

 昨夜のことが夢かうつつかはわからぬが、タイショの瞳に浮かぶのは、あの飢えた子供たちだ。

 今夜も、彼らは飢えているのだろうか……?


 ガリガリに痩せた身体で。

 あの暗い路地の一角で。


 タイショはなんだかたまらない気持ちになって、昨夜と同じように売れ残りの材料を載せたヤタイを引いて、暗い路地へと入ってみた。すると何時の間にやら、昨夜と同じファーレンハイトの路地にいた。

 ふと見ると、子供たちが立っている。

 飢えた子供たちが、こちらを見つめている……タイショは、ラメンを作り始めた。

 子供たちは、笑顔で食べた。

 タイショは毎晩、毎晩、同じように、別世界の孤児たちのお腹を満たし続けた。

 そこには、見栄も打算も目的もなにもなかった。ただ彼は、腹をすかした子供たちがそこにいるのが、たまらなかっただけなのだ。

 そうしてある夜、オーリと出会い、今に至るのだという。

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