第9話

 どうしてこうなった!?

 荷納かのうを退職に追い込んだまでは良かった。

 有給休暇を消化するとか言って欠勤しやがって、仕事が滞り引継ぎ先からクレームの電話が山の様にきている。

 引継ぎもろくにされておらず、各方面へ謝罪に行かなくてはならなくなった。

 荷納かのうの退職と合わせて、きちんと引継ぎが出来ていなかったと先方に説明しても、納得するどころか火に油を注ぐ形になってしまった。

 奴らは、口を揃えて「荷納かのうさんが、引継ぎせずに会社を去ることはしない。君に任せるとも聞いていたし、紹介の顔合わせの場所を設けても来なかったのは君自身だろう。君みたいな時間も、仕事もルーズな人間が担当者なら契約を打ち切る」

とまで言われてしまい正岡まさおかのプライドはズタズタだ。

 一言荷納かのうに文句を言おうと家に電話をかけても、コール音が鳴るだけで留守番電話にすら切り替わらない。

 仕方がないので、津田ツダ部長に荷納かのうの携帯番号を聞き出して、電話をしても出ない。

 正岡まさおかは、苛立たしさを隠そうともせず物に当たり散らす。

「おい、荷納かのうの抱えていた案件が分かる奴はいないのか?」

 営業事務の女性に聞くと、

「それなら、荷納かのうさんが正岡まさおかさんに引継ぎの書類を渡していましたよ。荷納かのうさんに至急されていたパソコンで作成していたので、中身を確認すれば良いのでは?」

とつっけんどんに返された。

「そんなもの貰った記憶がない」

「最低、6回渡されてましたよ。ちゃんと目を通して下さいって何度も仰っていたのを覚えてます。他の子も、日は違いますが目撃してます」

 営業事務の女の言葉に、それまで仕事をしていた同僚やパートのババアまでうんうんと頷いている。

正岡まさおかさん、荷納かのうさんを適当にあしらっていたから覚えてないんじゃないですか? 荷納かのうさんは、ちゃんと引継ぎされてましたし、引継ぎ資料もしっかり作られてました。居なくなってクレームが来たから、引継ぎされていないって喚くのはちょっと引きます」

と歯に衣を着せぬ良い方でバッサリと正岡まさおかのプライドをへし折った。

「……チッ、もういい!」

 正岡まさおかは、近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばして荷納かのうが使っていたパソコンのところへ移動した。

 パソコンを立ち上げるも、IDとPASSパスワードの変更を求められる。

「何でこのタイミングで求めてくるんだよ! クソがっ!!」

 ガンッと机を蹴り飛ばし、荷納かのうが使っていたデスクの中を漁る。

 IDとPASSパスワードが分からないことには、パソコンの中を見ることも出来ない。

 デスクの引き出しは空っぽで、何も入っていない。

 荷納かのうに連絡を取ろうにも応答しない。

 これでは、八方塞がりだ。

「誰か、荷納かのうが使っていたIDとPASSパスワードを知っている奴はいるか?」

「確か、荷納かのうさんが全社員のパソコンのIDとPASSパスワードを一括管理されていました」

「それは、どこにあるんだ?」

「知りません。事務作業の6割は、彼女が担っていたのでどこに何があるか分からないんです。だから、引継ぎ資料を紙で作って何度も渡されたんですよ。それを探した方が賢明なのでは?」

 その言葉に、正岡まさおかは顔を真っ赤にしながら自分のデスクに戻り、荷納かのうが作った引継ぎの書類を探した。

 机の中身をひっくり返す勢いで探したが、見つかったのは3部だけだった。

 6回渡したと営業事務の女が言っていたが、資料は6部構成のようでタイトルに【引継ぎ資料2】【引継ぎ資料4】【引継ぎ資料5】と揃っていない。

 顧客情報から事務仕事の内容まで書かれていたが、残念ながら手元にある資料にはIDとPASSパスワードは記載されていなかった。

「クソッ、どうしたら良いんだ……」

 パソコンに詳しい人材は雇っていないし、こうなったら外部から人を読んでIDとPASSパスワードの解除をして貰うしかない。

 こんなこと社長の耳に入ったら、縁故採用された自分でも雷が落ちるのは間違いない。

 ツ●ッターに、IDとPASSパスワードが分からない時の対処法を聞いてみると、速攻で返信が返ってきた。

 正岡まさおかは、その手順通りにパソコンを操作して無事にIDとPASSパスワードの問題を解決したが、パソコンは初期化されてしまいデータは綺麗に吹っ飛んでしまった。

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