第二話 「クイズの夜」

夜、マンションの一室――。

 テーブルを挟んで若い男女が向き合っている。

「……じゃあ、始めるね」

「ああ、いいよ」

 頬杖をつき、投げやりに答える男。

 若い女は微かに表情を緊張させながら、手元に置いてあったメモを広げる。

「じゃあ、第一問ね」

「おう」

「……ある女性が夫を事故で失った。その葬式では、夫の同僚が手伝いに来てくれたのだが、女性は、その人に恋をしてしまった。そして、数日後、女性は自分の子どもを殺した。それはどうしてか?」

「……何だ、それ? 変なクイズだなぁ」

「いいから。さっと思いついたことを応えて」

「うーん……」

 少し考えてから男は言った。

「その女、亡くなった旦那の同僚と再婚したかったんだろ? そのためには、子どもが邪魔だったからとか?」

「はずれ」

「え? はずれ?」

「うん。正解はね……、あいたくて」

「は?」

「子どもが死ねば、また、お葬式になるでしょ? この女の人は、そうすれば、また、自分が一目ぼれした夫の同僚に会えるって思ったわけ」

「うーん。よく、分かんねー理屈だなぁ……」

「じゃあ、二問目」

「え? まだ、あるの?」

「いいから。……夏の日の夜、あなたはマンションのベランダで涼んでいました。ふと、通りを見ると、誰かが金属バットを持った暴漢に襲われています。暴漢は被害者を殴り倒した後、あなたの存在に気がつきます。そして、バットの先をあなたに向け、小刻みに揺らし始めました。強盗のこの行動はどういう意味があるでしょう?」

「そんなの……、誰かにしゃべったらお前も殺すって脅しじゃねーの?」

「うん。普通はそう思うよね」

「違うの?」

「答えはね……。目撃者のいる、マンションの階を数えてた、が正解」

「殺すのが大前提かよ」

「じゃ、次のクイズね」

「おいおい、こんな陰気なクイズ、まだ、続けんのかよぅ?」

「次で最後だから! お願いだから、つきあってよ」

「しょうがねーなぁ……」

「じゃ、最後のクイズね。……災害級の大嵐の日、あなたはバス停にいます。そこに逃げ込んだのは、あなた以外に三人。一人は杖をついたお年寄り、一人はあなた好みの女性、そして、もう一人はあなたの親友です」

「うわ、極限状態だな」

「と、そこに助けの車が来てくれました。でも、席に空きがなくて、乗れるのは二人だけです。あなたが乗る人を選ぶとしたら誰を選びますか?」

「んー、そうだなぁ。ちょっと、難しいけど……、乗せるならお年寄りと女の人かなぁ。ほら、男として、人としてって言うか」

「…………」

「ごめん。かっこつけすぎた。やっぱ、乗るなら俺と親友」

「そっか。……よかった」

「よかった?」

「うん。実はこのクイズね、サイコパステストって言ってね。クイズに正しい回答を出す人は、殺人鬼である可能性が高いんだって」

「さ、殺人鬼!?」

「最近、このマンションの近辺で若い女の人達が失踪する事件が続いているでしょ? この間は王手企業のOLさんが。それで……」

「おいおい。まさか、俺が犯人だって疑ったのか?」

「そう言うわけじゃないけど……。でも、安心できた。だって、あなた、全問外れだったんだもん。あなたは百パーセント正常」

「んなこと言われても嬉しくねーよ」

「ホント、ごめん! でも、お蔭で安心できたよ」

「それはさっき、聞いたよ」

 ため息交じりに男は壁にかけられた時計を上目遣いに一瞥した。

「じゃあ、そろそろ、送ってやろうか? 何だか疲れたよ……」


 数分後。

 マンションのロータリーで女をタクシーに乗り込ませ、男は自分の部屋へと戻って来た。

 そして、ブツブツ言いながら冷蔵庫の前へと向かう。

「ったく、あいつは。……頭が悪いくせに妙に鋭いところがあるんだよな」

 男は冷蔵庫の扉を開く。

 棚に置かれた、口元を醜くゆがませた女の首と目が合った。

 王手企業のOLさん、だった。

「だけど、あんな下らない尋問にひっかかる悪党はいねぇよ。サイコパステストぐらい、今日び、誰でも知ってるっての」

 ため息をつきながら男は前髪をつかみ、女の首を取りだす。

 そして、舌なめずりしながら台所へと向かった。

 悪事の後始末と遅い夜食をとるために。

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