災話─都市伝説─ 

和田 賢一

第1話「惨劇鑑賞会」

バイトが終わり、夕飯でも買いに行こうとコンビニに向かいかけた時、センパイからメールが入った。


 ――すっげえのが手に入った! 今から鑑賞会やるからお前も来い!


「……くそ、またかよ」

 自然と俺は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

すぐさまメールを削除し、携帯電話をポケットに突っ込む。……そうしたかったが、実際の俺は即座に返信メールを打っていた。


 ――分かりました! 三十分ぐらいで行きます! 今回も楽しみっす!


 ……情けねぇ。

 三十近くの男がメール一本で呼びつけられるなんて。

 だけど、不良の世界は、上の人間には絶対服従だ。

メールを無視したり、誘いを断るなんて、ありえない。

 逆らったらどうなるか……、俺は身を持って思い知らされていた。

 ため息をつきながら、俺はセンパイのアパートに向かって歩き出した。


 センパイの家が近づくにつれ、俺はだんだん、気分が悪くなってきた。

 というより、気を抜けば、その場で吐いてしまいそうだった。

 センパイのいうすっげえ物……。

 それは十中八九、スナッフの新作だろう。

 スナッフ……。それは人が拷問にかけられながら死んでゆく様を眺めるという、頭おかしいとしか言いようのない、ジャンルの映像作品だ。

 センパイはそのスナッフ作品の熱心なコレクターだった。

 俺もその趣味に付きあわされ、何本ものDVDを鑑賞した。というか、無理矢理、見せられた。

 内容は様々だった。

 被害者を棒でボッコボコに殴ったり、針で刺したり、汚物を無理矢理食わせたり、餓えたネズミに瞼を噛みちぎらせたり……。

 被害者は大抵の場合、若い女の子だったが、おばさんやむさ苦しい身なりのオッサンだったりもした。とにかくみんな、泣き叫びながら死んでゆく。殺されてゆく。

 こんな胸糞の悪い映像を本当に作成するヤツがいるんだろうか、と俺は鑑賞会のたびに思っていた。

 ほとんどフェイクなのかも知れないし、なかにはホンモノも混じっているのかも知れないが……、確認するつもりはない。

 どっちにしても、俺にとっては単なる拷問だ。

 全身から血の気が引き、頭が泡立つような感覚に襲われてしまう。多分、脳によくないんだと思う。

 そんな俺をセンパイはいつもニヤニヤして眺めている。

 スナッフビデオの内容よりも、俺の反応を見るほうが楽しいのだろう。

 とんだド変態に見込まれちまったもんだ、と思う。

思えば、高校一年生の時、同級生にいじめられ、校内名うての不良だったセンパイに助けを求めたのが、そもそもの間違いだった。

以来、俺はずーっとセンパイにいいようにこき使われてる。

休みの日、パシリにこき使われたり、金を巻き上げられたり……。

絶対、関わりあいになってはいけないタイプの人間、それがセンパイだった。

「あのクソ野郎。……今すぐ死んでくれねーかな」

 俺はため息をつくと、マンションのインターフォンを押した。


「お、やっと来たな! まあ、座れよ」

「は、はあ……」

 センパイに部屋に通され、恐る恐る俺は床に腰を下ろした。

 センパイは相変わらず、ダブダブのだらしないジャージ姿だった。初見の人間なら思わず吹き出しそうな、趣味の悪い髪形をションベンのような金髪に染めている。そして、逆三角形を二つくっつけたようないかついサングラス……。

 社会性は皆無、どころか異界の生き物だ。

 なんでこんなやつに養ってくれる女がいるのか、理解に苦しむ。

「あれ、そう言えば……」

 俺はキョロキョロと部屋を見渡していた。

「冴子さんは? まだ、お仕事っすか?」

「あ? ……ああ、まあな。もうじき、帰ってくるよ。それよりよ」

 そう言ってセンパイがテーブルの上から、DVDが収められたプラスチックのケースを取りだす。

 ラベルも何もない。家庭用の録画DVDだった。

「今回は特にすっげーからな。お前、腰抜かすんじゃねーぞ」

「あの、センパイ。いっつも思うんスけど……、こうゆうのってどこから仕入れてくるんですか? 市販品じゃないですよね?」

 センパイは俺の問いかけを無視して、DVDを再生機器に挿入。あの薄気味の悪いニヤニヤ笑いを浮かべながらリモコンを操作する。

 一瞬の間があって――、テレビに映像が映し出された。

 思わず俺は顔を背けてしまった。

 テレビに映っていたのは、廃墟になった、どこかの工場のようだった。何人もの男が真っ裸になり、汚らしいケツをこっちに向けている。

 男達は下に女を組み伏せていた。

 男達の身体に隠されて顔は見えなかったが、女は金切り声で泣き叫び続けていた。

 レイプ物、それも集団で、かよ……!

 早くも頭がクラクラするのを感じた。胃の中が逆流し、喉元までこみ上げてくる。

「あの、センパイ。俺、後でトイレ……」

「黙れ」

 真っ直ぐに俺を見ながら、センパイが言った。

 相変わらずニヤニヤ笑っていた。

「黙って見てろ。……すぐテメェの番にしてやっからよ」

「俺の番?」

 思わず俺が首を傾げた時、男の一人が女から離れ――、その顔が大写しになる。

「え? 冴子、……さん?」

「お、お、お願い許してぇ~!!」

 涙と鼻水でグシャグシャになった顔を歪めながら、テレビの中で女が絶叫した。

「も、もう、しない! もう、裏切ったりしないからぁ~!」

「うるせえよ、雌豚」

 画面の手前から――恐らく、撮影者のものだろう――、声が聞こえた。

 続いて画面に映りこんだのは、赤錆びた、大きな釘を掴む男の手だった。

「お前もあいつも、嫌っていうほどブチ込んでやっからよ。……それこそ、殺してくれってテメェから言いだすまでな」

 いやああああ、と画面の中で女が妙に間の抜けた悲鳴をあげた。

 その大きく開かれた瞳に釘の先端が迫ってゆき――

「うぇっ……!?」

 我慢しきれず、俺はその場で吐いてしまった。

 画面の中では、女の顔にブスブスと釘が突き刺され、真っ赤な肉塊に変えられてゆく。

 何だ、これ?

 何だ、これ? 何だ、これ? 何だ、これ?

 あの女って冴子、だよな?

 じゃあ、釘を持ってる撮影者は……、センパイ?

「なあ、お前。冴子と寝たよな?」

 片腕を回し、俺の肩を抱きかかえながらセンパイが言った。

「知ってる? 俺、スッゲー切れちゃってさ、大変だったわけよー、ホント」

「えっ、あっ……」

 酸素不足の金魚のように俺は口をパクパクさせるしかできなかった。

「で、兄貴に相談したわけ。そしたら、実益と仕返しを兼ねて……、自分で作ってみろって言われたわけよ、スナッフ」

 センパイは俺の耳元でクスクスと笑った。

 と、その時、玄関のドアが開く音が聞こえ――、人相の悪い男が数人、ズカズカと部屋に上がり込んで来た。

 映像の中で全裸になっていた男達だった。

「さて、と・・・…」

 ゆっくりとセンパイが立ちあがった。

 サングラスを外し、腰から根が生えたように、その場から動けなくなった俺を見おろす。

 その顔からはあらゆる表情が消え失せていた。

「そろそろ、冴子んとこ、行こうか?」

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