○月○日

今日は俺の誕生日で、


彼女が亡くなった日だ。





俺はその日、少し浮き足立っていた。

というのも、今日は18歳の誕生日だからだ。

誕生日だからといって普通の平日に変わりはないし、別にクラスの人に祝われる訳でも無いけれど。

幼馴染の玲香だけは、いつも俺の好きなチョコのお菓子をプレゼントしてくれる。


「今年はどんなチョコなんだろうなぁ」


俺はいつもよりわくわくしながら教室に入った。


「…あれ?」


いつも俺より早く来ている彼女が、今日はまだ来ていなかった。


珍しいな、なんて思いながら自分の席に着く。


まあ、暫くすれば来るだろう。

そう楽観的に思っていた。


しかし、彼女は朝のホームルームの時間になってもとうとう来なかった。


何でだろう、風邪でも引いたのかな…


そう思いながら先生を待つが、いつもホームルームきっかりに来る先生も今日は少し遅れてきた。


「えー、みんなに今日はとても悲しいお知らせがある」


先生は教室に入るなり、真剣な表情でこう告げた。


「今朝、車の事故に巻き込まれて斎藤玲香さんがお亡くなりになった」


クラスが一気にざわつく。


嘘だ。


先生の言っていることが信じられない。


その後も先生は車の信号無視だとかなんかごちゃごちゃ言っていたけれど、俺の頭の中は真っ白になっていた。


だって、昨日まで元気だったじゃないか。


昨日別れ際にまた明日って、手を振って別れたじゃないか。


あれが、最期になるなんて。


その日の学校のことは、もう何も憶えていない。


「ただいま」


俺は恐らく今までにない暗い顔をしていたと思う。


「…お帰り、誕生日、おめでとうね。

それと、玲香ちゃんのお母さんから、これを渡して欲しいって」


そういって、母さんはピンクの可愛らしいラッピングされた袋を渡してきた。


ラッピングは少しぐしゃぐしゃになっていた。


「これは?」


「玲香ちゃんの鞄の中に入ってたの。

きっと、一真へのプレゼントだと思う」


俺は、グッと涙を堪えてプレゼントを持って自室に向かった。


自分の鞄をその辺に置いて、椅子に腰掛けてそっと袋を開ける。


中には、少し割れた、恐らくハートの形だったであろうチョコレートが入っていた。


一欠片つまんで食べてみる。


玲香は俺が甘いのが苦手なのを知っているから、甘さ控えめになっている。


ほろ苦い味が、口の中で溶ける。


「…う、うぅ…うっ」


自然と涙が零れ落ちた。




それからというもの、俺は生きた心地がしなかった。


気持ちが沈んだまま、何もやる気が出ない。


彼女が死んで、どれだけ経っただろうか。


ある日、俺は放課後、花の飾られている彼女の席に座ってみた。


「…ねぇ、何で勝手に死ぬんだよ。

俺が友達いないの知ってるくせに。」


俺は、ポケットに入れていたカッターナイフを取りだす。


どうせ死ぬなら、彼女の近くで死にたい。


そう思い、俺はカッターナイフを自分の首に近づける。


すると、


「ちょっと、人の席で何やってるのよ!」


俺の目の前に、玲香が突然現れたのだ。









「…玲香?」


俺は、ずっと逢いたくて仕方なかった彼女の登場に驚く。


「いや、驚いてるのはこっちなんだけど!」


依然怒りながら彼女は俺のカッターナイフを取り上げた。


「何してるのよ、ったく!」


「玲香、本当に玲香なんだよね!?」

俺は嬉しくて、勢いよく立ち上がった。


「わあ!びっくりした!

私が玲香じゃなかったらそりゃびっくりするでしょ!」


「良かった!死んでなかったんだ!」


「ちょっと何それ?人を勝手に殺さないでくれる!?」


彼女は怒っていたが、俺は嬉しくて少しニヤついていた。


「何よ、自殺しようとしてた割に喜んでるし、気持ち悪いわよ」


あんた本当に大丈夫?と割と本気で心配されたが、俺としてはもう逢えないと思っていた彼女との再会が堪らなく嬉しかった。


「もう自殺なんて馬鹿なことしないでよね」


そう言いながら、頭をぽんぽんと撫でられる。


なんだかくすぐったくて、凄く嬉しい。


「うん、もう大丈夫。玲香は明日学校来るよね?」


そう言うと彼女はさも当然かの様に言った。


「毎日来てるのに、何変なこと聞いてるのよ」


俺は彼女の言葉に違和感を感じつつもまた明日会えるよね?と聞いた。


「あんたが自殺しなきゃ会えるわよ。

じゃあ、また明日ね」


「あっ、ちょっと、待って!」


もっと話したいと思い声をかけたのも束の間。


彼女は俺に背を向けてすぅっと消えてしまった。


カツーンと彼女が持っていたはずのカッターナイフが地面に落ちる。


「やっぱり、死んでたんだ…」


それでも逢えたのが嬉しかった。


また明日も逢える、そう思っていた。


しかし、何日か待ってみても彼女は現れなかった。


そこで俺は気がついたのだ。


ただ待つのではなく、彼女が出てきてくれないことを。

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