第163話
元オブシディアン領で見つかった不正の証拠が集まり、ひと段落つけるところまできた。
後は、王妃に報告を兼ねてアルベルトの顔でも見に行こうかと思っていたら、珍客が現れた。
侍女が私の執務室に来て、応接室にお客様がいらっしゃってますと言うではないか。
「本日、誰かと会う約束はしてませんが? フェディーラ、違いましたか?」
私の秘書になりつつあるフェディーラに問いかけると、何か思い当たる節があったのか、彼は事も無げに言った。
「リリアン様の記憶通り、本日は誰かと会う予定はありません。ただ、フリック殿があの女を連れてくると以前に申してたので、恐らくはその女が来られたのではないでしょうか」
あの女だの、その女だの、少し言葉が汚くなってきてませんか?
フェディーラが、徐々にフリック色に染まっている気がしてならないのは何故だろう。
しかし、私には「あの女」も「その女」も心当たりがない。
「会わないとだめかしら? 貴方のいう女に興味が無いのだけれど」
これから取り締まる許可を王妃に求めたりするために、色々と根回しをしなければならない。
そんなクソ忙しい時に、余計なものに時間を割くのは効率が悪い。
嫌そうな顔で会うのを拒否していたら、いつの間に部屋に入ってきたのかフリックが立っていた。
「お嬢様、本日の来訪者はコレット嬢ですよ。追い返して良いんですか?」
「!!」
フリックの言葉を聞いて、私は思わず持っていた資料をグシャッと握りつぶしてしまった。
「彼女が学園を去ってから、少し時間が経っていたとおもうのだけど。本当に連れてきたのね。ありがとう」
「勿体ないお言葉で御座います。この不詳フリック、お嬢様のためなら何でも致します」
フリック、お前はお爺様に仕えているんじゃなかったのか? とツッコミを入れそうになるのをグッと堪える。
私が王都に戻ってアルベルトと愉快な仲間たちの糾弾会をしていた頃には、フリックが動いていたのかもしれない。
「それで、彼女は応接室に?」
「はい。人払いも済ませてあります。少々、頭のおかしいことを仰っております。護衛として私がつきます。フェディーラは、引き続き仕事をしてて下さい。お嬢様の会談が終わったら、交代しましょう」
「分かりました」
最近、フリックのフェディーラへの扱いが部下のような感じになっている。
最初の頃は『殿』をつけていたのだけれど、最近は呼び捨てだしなぁ。
私の部下ってことで立場は同じだが、不敬にならないか心配だ。
お爺様ですら足蹴にしている人だから、不敬と罵られても慇懃無礼に屁理屈をこねてかわしている姿が目に浮かぶ。
「では、お嬢様参りましょう」
フリックに手を引かれて、応接室までエスコートして貰う。
応接室の扉を恭しく開けてくれる姿は、理想の王子様そのものだ。
アルベルトも、フリックのエスコート術を見習わせたい。
……?! その手があった! そうよ、アルベルト矯正
フリックに一度相談してみましょう。
領の仕事が落ち着けば、王都に戻れる。
アルベルトのぐしゃぐしゃになった顔を考えただけで滾るわぁ。
フフフと上機嫌で応接室に入ると、ソファーに座るピンク頭を発見した。
あれが、アルベルトを誑かしたコレット・ピューレーか。
実際は、誰一人誑かせていなかったが。
ゲーム脳な残念な彼女は、一体どんな人物なのだろう。
私は、彼女の正面に腰を下ろす形で座った。
「ム~ムーッ!!」
魔封じの首輪に後ろ手に手錠がかけられ、更に腰と両腕を縄でグルグル巻きにしてある。
極めつけは、口元はガムテープが貼られていた。
「……フリック、一応アレは客人なのよね?」
「はい、客人で御座います」
「流石に、アレは客人をもてなす態度ではなくてよ」
どこからツッコミを入れたら良いのか分からないが、フリックは言葉通りコレットを攫ってきたようだ。
抵抗でもしたのか、それとも危険を考慮した上でのアレなのか。
どちらなのかは分からないが、多分後者じゃないと思いたい!
「罪人には、これくらいが丁度良いかと」
キラキラしい笑顔で毒を吐くフリックに、私は何を言っても無駄と判断し、一言命じた。
「口元を覆われては話しが出来ないから、口だけは自由にして差し上げて」
「畏まりました」
フリックは、コレットの口元を覆ていたテープを勢いよく剥がしている。
皮膚がぴっぱられて痛かったのか、コレットは涙目になっていた。
「初めましてコレット嬢。色々とお話を聞きたかったのよ。態々、ここまでご足労頂いて感謝しますわ」
「何が感謝よ! これは立派な拉致よ! 誘拐なんだからね!」
口が自由になりキャンキャン吠えるコレットに、私はハァと大きな溜息を吐いた。
「精霊達が、貴方を殺す算段を相談してますの。今すぐ口を噤むことをお勧めするわ」
そう言うと、コレットは青ざめた顔で私を凝視していた。
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