第26話 『狂えるカルロ 前編』

 仲間を失いながらも、決意を新たにアルバトロス領を北上し続けるキラ一行。

 ひとまずの目的は安全を確保できる教皇領。

 だがその道のりは、決して平坦ではなかった。

「くそっ! 何だよこいつら?!」

 移動するパーティを、賊と思しき集団が襲う。

 まるでキラ達の進路を知っているかのように待ち伏せし、執拗に攻撃を仕掛けてきた。

 勘とは思えない程正確にユーリは敵の伏兵を見抜いたため、先手は取られずに済んでいたが、如何せん数が多い。

 まだ集団の練度が低いことが、唯一の救いと言えた。

「仕方ない……! 皆、障壁を展開するまで持ち堪えて!」

 包囲されそうだと判断したソフィアは、止む無く魔導書を開き、障壁の呪文を唱え始める。

 魔導書によって詠唱は短縮されているとは言え、パーティ全員を庇うような魔力の盾を展開するまでには時間がかかる。

 ギルバートとエドガーが二正面で敵を食い止める間に、無事魔力障壁の術は完成し、一行を半透明の光の壁が包み込む。

 障壁に守られながら、ギルバートとメイ、ディック、そしてエドガーは武器で果敢に応戦し、何とか追いすがる敵を蹴散らそうとした。

 敵は練度も士気もそう高くない。

 形勢不利と見ればすぐに逃げ出す。

 ただし、逃げた後でまた懲りずに襲撃を仕掛けてくる。

 この手の盗賊の常套手段である。

「これじゃキリがないぜ! やっぱ徹底的に叩いとかねぇとよ!!」

 業を煮やしたディックが、辛抱できず障壁から飛び出す。

 槍を振り回し賊を蹴散らす彼だが、安全圏から出てしまった隙を敵が見逃すはずもない。

 あっという間に敵に囲まれ、ピンチに陥るディック。

 その時、負傷を理由にキラやカルロと一緒にソフィアの側に下げられていたルークが、素早く左手で印を切り風刃の術を繰り出す。

 殺傷力の高い呪文だが、敵に当てることは考えず、ディックと敵の間に割って入らせる形で牽制するに留まった。

「ディックさん、出過ぎです!」

 ルークはまだ本調子ではないものの、ヤンの治療のおかげで立って歩ける程には回復してきていた。

 修道院に担ぎ込まれた時には虫の息だったのに、ここまで回復が進んだのはヤンが居てくれたおかげと言えるだろう。

 ディックを囲んでいた賊はルークの魔法に驚いて飛び退き、その間にメイが障壁の中にディックを引きずり戻す。

 敵集団の動きが乱れた隙を突き、ギルバートがとどめと拳から闘気の衝撃波を放ち、足を止めた数人を一気に吹き飛ばす。

 今回のところは、これで勝敗が決した。

「野郎共、ずらかれぇ!」

 頭目と思しき男の一声で、盗賊は足早にその場から逃げ出していく。

 流石と言うべきか、引き際は鮮やかなものだ。

 周囲の安全を確認しつつ、ユーリは転がっている盗賊の死体を調べだす。

 あまりここに留まってもいられないが、敵の正体については知っておく必要がある。

「こいつらも、あの山に居た連中の仲間なのか?」

 一緒に死体の懐を探りつつ、尋ねるディック。

 ユーリはその問いに首を横に振る。

「腰に赤布を巻いていない。『赤布のギャング団』そのものではないだろう」

「じゃあ一体何モンなんだよ? こいつらのしつこさ、普通の盗賊じゃねぇぞ」

 死体を調べても、分かった事はこの近辺で旅人を襲っている小規模な盗賊団ということぐらいのものだった。

 手早く調べ終えたユーリは、その上でひとつの仮説を立てる。

「……恐らく、連中はギャング団の下部組織だ。ようは下請けの下っ端だな」

 ギャングのボスから盗賊団『黒蜘蛛』の頭目の暗殺を依頼されたユーリは、ある程度事情を知っていた。

 ギャングはこの周辺の盗賊を手下に引き入れて増長しており、『黒蜘蛛』はそれに従おうとしない、言わば邪魔者だった。

 おまけに『黒蜘蛛』を潰そうとけしかけた盗賊は尽く返り討ちにされており、『赤布のギャング団』は面子を潰された形になる。

 放置してはおけないが、かと言ってたかだか地方の盗賊程度にギャング団本隊を差し向けるのも、多くの盗賊団を下部組織として抱える上で押さえ付ける力を弱めてしまう。

 そこで、フリーランスであるユーリに声がかかったのだった。

「ギャング達は、まだ私達を諦めていないのね」

 まだ警戒して魔導書と杖を手にしたまま、ソフィアはため息をついた。

 安全地帯を目指して移動する一行を、ギャング団は手下の盗賊をけしかけることで足止めしようとしているのだ。

(やはり妙だ。彼らの動き、どうも気になる……)

 事情は大体分かったが、敵の動向にルークは疑問を抱いていた。

 盗賊の十八番とは言え、退き際があまりにもあっさりとし過ぎている。

 そのくせ、失敗すると分かっていて何度もしつこく奇襲を行う。

 本隊であるギャングが到着するまでの時間稼ぎと言えばそれまでだろうが、本当にそれだけが理由で、こんな意味のない奇襲を繰り返しているのか。

 ルークはうつむいたまま考えるが、どうも思考がまとまらない。

「となると、この先も何度も襲ってくるじゃろうな。気は抜けんのう」

 ギルバートもいい加減うんざりした様子でそう言う。

 パーティ最年長にして最も力持ちの彼は、馬車のない道中で荷物持ちもしていた。

 狩猟や採取で得た食糧や、川で汲んだ飲水など、本当に必要最低限しか持ち合わせていないが、これが今の一行の生命線である。

 戦いの際は仕方なく荷物を置くが、戦闘が終われば涼しい顔をして再び荷物を担いで歩き出す。

 並大抵の体力ではとても続かない芸当だった。

 ついこの間まで辺境の村で隠居していた老人とは思えない程だ。

 敵は去ったとは言え、ここもまだ危険地帯。

 長居は無用と先を急ごうとする一行だが、一人さっきの戦闘で言葉を失っている者が居た。

「あ……あ、あなた達は……!」

 ヤンは声を震わせながら、ルークとソフィアを交互に見やる。

 そして思い切ったように二人に詰め寄ると、ヤンは今までの彼とは思えないような剣幕でまくし立てた。

「あなた達は、邪悪な『魔女』だったんですか?! そんな外法を使ってはいけません!! それは、悪魔との契約で得た闇の力なんですよ!!」

 唾を飛ばしながら叫ぶヤンに、また違う意味でうんざりしつつソフィアはルークに呟く。

「……やっぱり、こうなるのね」

「どの道避けられなかったでしょう」

 その様子を見ていて、一番驚いたのはキラだった。

「ど、どうしちゃったんですか、ヤンさん?! 落ち着いてください」

「これが落ち着いてはいられませんよ! だって彼らは、『魔女』だったんですよ?! キラさんも知ってたんですか、この事を?! 何故止めなかったんですか!!」

 ヤンに詰め寄られ、キラは一層困惑する。

 何故そこまで魔法を嫌悪するのか、彼女には事情が理解できなかったからだ。

 訳が分からず助けを乞うような視線をルークに向けると、ため息混じりに彼は説明する。

「キラさんは知らないかも知れません。魔術師と教会の間には、深い溝があるんです。それこそ、何十年とかけて掘られた溝が」

 騒ぎを聞きつけたギルバートがヤンをなだめている間、ルークは簡単に両者の摩擦の歴史を語った。

 およそ二百年近く前、教会は魔術師を邪悪な術を使う『魔女』と糾弾し、『魔女狩り』と呼ばれる迫害を始めた。

 本物の魔術師も、そうでない一般人も、大勢が犠牲となった。

 魔術師側も身を守るため、ギルドの結束を強めて対抗し、両勢力の対立は国境を越えた大規模な争いに発展する。

 このまま血で血を洗う骨肉の争いになるかと思われたが、七年前に即位した現教皇アンジェロ二世により、『魔女狩り』は誤った行為だったと改められ、一応表立っての大々的な魔術師への迫害は止んだ。

 しかし多数の犠牲者を出したこの争いは、魔術師と教会の間に深い溝を作り、未だに対立が続いているのが現状である。

 特に、教会の僧侶側には魔術師に対する偏見が根強く残っており、教皇の命であっても完全には守られていない現実があった。

「そんなことが……」

 記憶を失っていたキラにとっては、どれも初耳な話だった。

 ルークの説明を聞いていたヤンは、火に油でも注がれたように顔を真っ赤にして怒鳴る。

「それじゃ、僕達僧侶が悪いみたいな言い方じゃないですか! おかしいですよ! 本当に悪いのは、悪魔と契約して外法を使う『魔女』達なんです! そんな邪悪な術を使い続けていたら、やがて魂を地獄に引かれて……それこそ、仲間ごと道連れにしかねないんです!!」

「悪魔と契約って……本当にやったのか?」

 ヤンの言葉を聞いたディックは、半信半疑でルークとソフィアに尋ねる。

「単なる偏見よ。悪魔だなんておとぎ話じゃあるまいし……。教会が魔女狩りを正当化するためにでっち上げた、作り話ね」

 ソフィアに続き、ルークも否定の返答を口にする。

「そもそも、この世に悪魔なんてものは居ません。居るとすれば、それは……人間のことでしょう」

 神の名の下、大義名分を得た教会は無差別とも言える大殺戮を実行した。

 その犠牲者の過半数は、魔法とは関わりのないただの一般市民だったと言われている。

 何の謂れもないままある日突然告発され、この世の地獄とも呼べるような拷問を受け、最期は火刑に処されて死ぬ。

 ルーク達が教えられてきた歴史を省みるに、まさに悪魔の所業と言えるのは教会側だった。

「魔女の甘言に惑わされてはいけません! 彼らの使う術は、人の道から外れた外法です! いつか皆に不幸をもたらします!!」

 頑として譲らないヤンに皆顔をしかめていた。

 一緒に旅をしてきただけに、ルークもソフィアもヤンが言うような悪人でないことは理解している。

 それだけに、一方的に仲間を悪く言われて、いい気分ではいられなかった。

「うっせーなこいつ。置いて行っちまうか?」

 面倒臭くなったディックはそう言うが、キラはそれを止めた。

「いえ、頭は固いみたいですけど、ヤンさんは悪い人じゃないんです。修道院で私達が取り残された時だって、一緒に残ってくれてましたし……」

 キラが言うには、火の回る修道院の中で自分達が立ち往生したのを発見したヤンは、すぐに治療の術でルークの応急手当を行い、それでも重体のルークを動かせない中、ずっと側についていてくれたのだと言う。

 先に逃げても誰も咎めないであろう中、責任感の強さから敢えて危険な建物の中に留まり続けたのだ。

「へぇー。逃げ遅れた鈍臭い奴かと思ってたけど」

 一度はルークとソフィアを頭ごなしに非難するヤンに冷たい視線を向けていた仲間達だが、キラの話で見る目が変わった。

 そこから続けて、キラはヤンの説得にかかる。

「ヤンさん、落ち着いて話を聞いてください。ルークさんもソフィアさんも、あなたの言う『魔女』じゃありません」

 キラは二人は自分を守るために全力を尽くしてくれていることを、誠心誠意説明する。

 ルークについては帝国の城内まで助けに来てくれたし、ソフィアも一度剣を盗まれたことに対する責任感から工房を休業してまで力を貸してくれた。

「……ですから、二人は悪人じゃないんです。魔法を使うというだけで、どうか決めつけないでください。お願いします」

 そう言ってキラに頭を下げられると、ヤンも矛を収めるしかなかった。

 何せ、本来なら一人心細い道筋になる教皇領への避難を、行き先が同じとは言え一緒に連れて行ってくれると受け入れてくれたのは、他でもないキラだったからだ。

「キラさんがそこまで言うなら……。で、ですが! 僕は諦めませんからね! いつかお二人には、邪悪な外法からは足を洗って、本物の善人になってもらいます!」

 こうして何とかパーティからの除名は免れたが、この時からヤンの布教活動が始まった。

 ルークとソフィアだけでなく、他のメンバーにも手にした聖書の内容を引用しつつ教会の教えを説こうと、空回りするのだった。

「ユーリさん! あなたは暗殺専門の傭兵だと聞きました。それはとても罪深い職業です。どうか神に祈り、許しを請うのです」

 移動の合間に今度はユーリに説教をするも、無愛想な彼は全く聞く耳を持たなかった。

 それでもしつこく布教するヤンに対し、ようやく振り向いたユーリは一言口にした。

「……神は死んだ」

「なっ、ななな、何てことを言うんですかユーリさん!! 今すぐ、この聖書を読んで悔い改めてください! 天罰が下りますよ!」

 だが熱心に教義を説こうとするヤンをユーリは完全に無視し、いつも通り周囲の警戒を続けた。

 これにはヤンも根負けで、ユーリには布教は無理だと諦めざるを得なかった。

 ユーリには全く効果がなかったが、これで懲りるヤンではなかった。

 今度はエドガーにしつこく説教をするも、彼もやはり無視を決め込んだ。

「いいですか? 人の命とは神から与えられた、かけがえのないものなんです! 仕事だからと無闇に奪ってはいけません! お仲間のような最期を辿りたくなければ、悔い改めるべきです!」

 死んだリカルド達三人のことを引き合いに出されたエドガーは、さすがにむかっ腹が立ったのか言い返す。

「……つまり、連日の盗賊共相手にも無抵抗で殺されろ、というわけか。リカルドよりも酷い死に方が待っているだろうな。素晴らしい教えだ、まったく」

「そ、それとこれとは話が別で……!」

 襲い来る敵を迎え撃たねば生き残れない中、矛盾を突かれたヤンは言葉に詰まりつつも説教を続けようとするが、エドガーは一笑に付した。

「ふっ……。昔の同僚にも教会の信者は居たが、全員死んだ。救いなど来ない、無意味だ」

 そう吐き捨てると、それっきり彼はヤンの説教に耳を貸さなくなった。

(何てことだ……! このパーティは不心得者の集まりだ! 僕が会心させないと、じきに天罰が……いや、この状況そのものがもう天罰なのか?! だとしたら、僕はどうすれば?!)

 平和な修道院と街を行き来していた頃、まだ半人前とは言え教会の僧侶であるヤンの説教をありがたく聞いてくれる市民は少なくなかった。

 だがこのパーティでは厄介者扱いで、更に魔女が二人も中核に居座っている。

 自分の価値観と照らし合わせて由々しき事態だと考えたヤンだったが、無神論者のユーリやエドガーは聞く耳を持たず、ルークやソフィアに魔法をやめるよう説得しようとしても効果がない。

 パーティの中で孤立を深める中、どうにかして彼らを更生しないといけないと、ヤンはより頑なになっていった。


 一方、移動の合間の小休憩の際、たまたま焚き火熾しでルークと二人になったギルバートは、今まで感じていた疑問を率直に口に出した。

「ルーク、怪我のことは抜きにしても、お前さん本気で戦っておらんな?」

「何故、そう思うのです?」

 ギルバートの割った薪をくべて少しずつ火を大きくしながら、ルークは聞き返す。

「ふむ……。ファゴットの街での戦いぶりは、まさに見事じゃった。しかしその後……剣にも魔法にも、何か躊躇いのようなものを感じる。相手を殺すことを躊躇しておるのかのう?」

 流石年長者と言うべきか、着眼点が鋭い。

 何せルークにとっては図星だったからだ。

 うつむいてため息をつくルークに、ギルバートは続ける。

「キラを気遣って、じゃな? 確か人死を目にすることを恐れておるという話じゃったが……この先、そうも言ってはおれんじゃろう」

 一応、ギルバートを含め仲間達にはキラが血を見ることを怖がるということは伝えてあるが、彼の指摘も正しかった。

 これから先の旅路で、どこまで敵を殺傷せずに手加減できるか、ルークにも分からない。

 ある程度戦闘技術を習熟した者は、逆に殺さないように無力化することが難しくなる。

 それだけ殺意を向けてくる敵に手加減するという行為は、相手との技量の差がないと不可能だからだ。

「指摘はごもっともです。ですが、私はかつて大きな過ちを犯しました」

 ルークは革命戦の最中、キラの目の前で皇帝を殺害した時のことを初めて他人に語った。

 己の醜い復讐心を満たしたいがため、大切な存在であるはずのキラの心を深く傷つけてしまった。

「もう、あんなことはすまいと、そう自分に誓いました。甘いことは重々承知です。ですが、私はキラさんが傷つく姿を見たくはないんです」

「……そうじゃったか。深入りしてしまったようで、すまんな」

「いえ、私が戦力として十分機能していないのは事実です。不信感や疑念を抱かれても文句は言えないでしょうね」

 ルークは燃える焚き火を見つめながら、自嘲するかのような乾いた笑みを浮かべていた。

 二人は気付かなかったが、その会話を立ち聞きしていた者が居た。

 追加の薪を運んで来ようとしていた、キラである。

(やっぱり、私のせいで……)

 自分に気を使わせるあまり、ルークは実力が出せない。

 薄々気付いてはいたことだった。

(人が死ぬのを見るのは今でも苦手だけど……いつまでも、我儘言ってちゃ駄目だよね。しっかりしなきゃ! これは、私が始めた旅なんだから)

 どうしても怖いものは怖い。

 それは変えられないが、以前もカイザーが帝国残党軍に襲撃された時に救出に加わって欲しいと無理を言ったり、ファゴットの街でも住民を助けたいからと自分は戦えないのにレジスタンスに加わることを了承したりと、今までルーク達を振り回してしまっていた。

 これからはなるべく、ルークの言うことをちゃんと聞いて、出来る限り彼らの負担にならないようにしようと、キラは心の中で決めたのだった。


 教皇領との中間地点にある村まであと一日。

 ほんの一歩というところだが、しつこく追いすがる盗賊団の嫌がらせじみた襲撃は止まなかった。

 特に今回は殺意がこもっており、何と一行が進む道の前に落とし穴を掘って待ち構えていた。

 先頭集団で警戒に当たっていたユーリがいち早く伏兵に気付き、キラ達は罠にかかる前に迎撃態勢を整える。

「毎度毎度、しつっけーんだよお前ら!」

 つついては逃げを繰り返す賊に、短気なディックはとうに堪忍袋の緒が切れていた。

 怒りに任せて槍を振り回すが、敵はそれをあざ笑うかのように避けて通り抜けようとする。

 無論、敵を見す見す通すなど最前列で戦っているギルバートとエドガーが許すはずもない。

 岩をも砕く徒手空拳と、大盾と槍のコンビネーションが賊の行く手を阻む。

 怪我で前線で戦えないため、後方から魔法による支援を行っていたルークは、以前から感じていた奇妙な感覚について考えていた。

(これまでの襲撃、本気で我々を殺す気はなかったように感じる)

 実際、敵は少し応戦してやればすぐに退いた。

 そしてすぐに退いては、また襲撃の繰り返し。

 このパターンが表す答えは――。

(敵は時間稼ぎ、そして……こちらの体力を少しずつ削る消耗戦を考えている? となれば、村に立ち寄って補給されるのは一番の痛手のはず。村に入る前に勝負をつけたがるのは必然……)

 ルークははっと顔を上げ、すぐ横で魔導書を広げるソフィアと、弓矢で側面から回り込もうとする敵を狙撃するユーリに注意を促す。

「気をつけてください! 敵は恐らく、ここで勝負を挑んできます!」

 彼の読みが正しければ、盗賊はキラ達が村に到着する直前のここで、一気に畳み掛けてくる。

 最初から殺すつもりでいたなら、初手で大掛かりな罠を仕掛けて多少のことでは退かずに踏ん張っていたはずだ。

 一度襲撃を受ければ相手は警戒を強める。

 二度目以降の奇襲の成功率はだんだんと下がっていくだろう。

 だが敵は小刻みに襲っては退いてを繰り返した。

 これはこちらが警戒することを逆手に取り、昼も夜も気を抜けない状況を作り出し、体力だけでなく精神的にも消耗させて弱らせる狙いがあったのだろうとルークは推察する。

 事実、修道院を脱出してからと言うもの水も食糧も足らず、現地調達を繰り返して騙し騙しやりくりしてきた。

 それも、移動の足がないため全員徒歩で、なおかつギャングから逃れるために早いペースでの強行軍だった。

 ただでさえ体力のないキラやヤンは歩き疲れているところへ、度重なる襲撃。

 夜も気が休まらずあまり眠れていない様子だった。

 村へ到着しさえすればある程度休める――だからこそ、その手前で叩く。

 憔悴しきっており、補給を目前に控えたこのタイミングこそが、盗賊達の狙っていた瞬間なのだ。

「後方に注意しろ!」

 ルークに続いて、ユーリが叫ぶ。

 その直後、背後の茂みから盗賊の伏兵数人が飛び出してくる。

 本来ならもっと接近してから致命的な奇襲を仕掛けたかったのだろうが、その前に看破されてしまったので仕方なく、確実に仕留めきれる距離からは離れた場所から襲いかかった。

(しまった! やはり敵は、このタイミングで私達を始末する気だ!)

 まだ傷が癒えていないにも関わらず、止む無くルークは剣を抜いた。


To be continued

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