第27話 『狂えるカルロ 後編』

 ギャング団から逃げる最中、下部組織の盗賊からしつこい追撃を受けるキラ一行。

 突付いては逃げる敵の妙な動きが気がかりだったルークは、補給ができる村の手前で敵の真意に気付く。

 盗賊の目的は絶え間ない攻撃でキラ達を疲弊させ、疲れがピークに達したところで一気に叩くことだった。

 いつも以上にしつこく、更に陣形の後ろ側から奇襲まで行う盗賊達。

 後ろを取られた一行は、厳しい二正面作戦を強いられる。

(しまった! やはり敵は、このタイミングで私達を始末する気だ!)

 ルークは魔法では間に合わないと剣を抜こうとしたが、右腕に痛みが走り、鞘から抜剣した瞬間に剣を取り落してしまう。

 代わりにユーリが弓を手放し、これまで抜いたところを見せなかった剣を握って応戦する。

 刀身には何らかの魔術文字が刻まれているようだが、作りそのものは普通の鍛冶屋で売られている量販品だった。

 鞘もなく、腰の武器ベルトにそのまま差してあった剣だ。

 まず先頭で斬りかかってきた賊のナイフを受け流し、そのまま腹を突き刺す。

 だがその間に、他の賊がユーリの脇を通過しようとする。

 ユーリはすかさず剣を引き抜くが、既に踏み込んでも剣が届く距離ではない。

 すると彼は、剣を握る右手の人差し指を伸ばして左腕にはめているガントレットの腕甲部分を素早くなぞった。

 すると腕甲に赤い魔術文字が浮かび上がり、左手の手の平に炎が灯る。

 そのまま左手を敵にかざすと、真っ直ぐに火の玉が発射された。

 威力そのものは弱く、直撃しても賊を仕留めきれてはいないが、火は衣服に燃え移って敵を火だるまに炎上させる。

 ユーリは火の玉を連射し、剣の届かない敵に次々と炎を着火させて足止めしていく。

 一撃で仕留め切れずとも、服が燃え上がった敵は火を消そうと必死になり、そこで足が止まる。

(あれは、火の下位呪文? いやしかし、いつ詠唱を?)

 ルークは思わず疑問を抱いた。

 ソフィアのような熟練の魔術師ならば、初心者の頃に習った簡単な術くらいなら詠唱を完全に省略して発動させられるだろう。

 だがユーリはそこまでの術者ではない。

 そもそも、それ程の実力があるならば、もっと強力な魔法を使用しているはずだ。

 ただし、優れた魔術師でなくとも魔法の道具に術を封じ込めることで、素人に毛が生えた程度の人間でも無詠唱で魔法が使える場合もあるとルークは教わっていた。

 彼はユーリがいつも左腕にはめているガントレットが、その魔道具の部類ではないかと推察する。

 剣同様、今まで使う姿を見なかったところを考えるに、恐らくユーリにとっては敵に接近されてしまった時の奥の手、最終手段なのだろう。

(私も、戦わなくては……!)

 いつまでも負傷を理由に甘えてはいられないと、一度落とした剣を拾うルーク。

 剣を握る手にはまだ力が入り切らないが、ユーリも全ての敵を処理し切れない。

 ソフィアは詠唱に集中しており、カルロは一応武装していても全く戦えない。

 非戦闘員のキラとヤンを庇うには、自分が前に出るしかないと、ルークは痛む足で地面を蹴った。

「キラさん、目をつぶっていてください!」

 近付いてきた敵をすれ違いざまに一閃、脇腹を斬り裂く。

 その反動で自分の側が体勢を崩しそうになるが、何とか持ち堪えて標的を次の敵へ。

 片刃剣の振り下ろしを何とか受け流し、その直後に生まれた隙に左手で印を刻み、至近距離で風の刃を繰り出して胴を両断する。

 キラの前だが、もうこうなると手加減などしている余裕はない。

 今は何としても、ここを切り抜けて村に到着しなくては。

 そう思い逸るルークだが、その焦りが敵に付け入る隙を与えてしまった。

 無理な踏み込みは土台である足の安定を崩し、盗賊を目の前にルークは転んで膝をついてしまう。

 敵がそんな好機を見逃すはずもなく、鋭利なナイフがルーク目掛けて振り下ろされた。

(何とか、致命傷だけ避けて……!)

 反射的に両腕で急所の集中する上半身を庇ったルークだったが、腕に走る痛みは想定よりも遥かに軽かった。

 違和感を感じて目をやると、ルークにとどめを刺そうとしていた敵は電撃を浴びて全身が痺れ、倒れ込む形でナイフの先端がルークの腕をかすめていた。

 電撃の出処は、ガントレットに黄色の魔術文字を浮かび上がらせたユーリだった。

 何とかユーリの援護は間に合ったが、その間に数人の敵を通してしまう。

 背後から更に電撃の呪文を詠唱無しで乱れ撃ち止めようとするも、ユーリを狙って斬り込んできた盗賊に妨害され、援護も止まる。

 ルークは何とか起き上がろうとするが、手足は震えるばかりで力が入らなかった。

(まずい、このままでは!)

 ルークの視界の中で、全ての動きがスローモーションとなる。

 パニックを起こして動けないキラと、おろおろと狼狽えるばかりのヤン。

 ソフィアも近接防御に移行しようとするも、呪文の詠唱が間に合わない。

 そしてカルロは、メイスを両手に握ったまま及び腰になり、泣きながら叫んでいた。

「ひぃぃ! こ、来ないでくれよぉ!」

 その時だった。

 情けなく泣き叫ぶばかりだったカルロが、突然凶暴な顔つきに変わると、まるで獣のような雄叫びをあげてメイスで賊に殴りかかったのだ。

「うおおおおおおおおおお!!」

 文字通りの鬼気迫る表情で、力任せにメイスを振り下ろし続けるカルロ。

 既に最初の一撃が油断していた賊の頭部に直撃しており、相手は血を流して倒れ込んでいるが、それすら構わず殴り続ける。

 メイスは他の鈍器同様、鉄の鎧に対抗できる武器としてよく知られている。

 板金鎧を着込んでいても、全力でメイスを叩き付けられれば中身の人間ごと鎧が凹む。

 そのことからしばしば『騎士殺し』などと呼ばれるのが、カルロが握っているメイスである。

 もうひとつの鈍器の特徴として、剣などの刃物のような鋭く繊細な刃を持たないため、練度の低い兵でも力任せに扱え、耐久性も高く手入れを多少怠っても長持ちする。

 素人が持つにはある意味最適解の武器と言えた。

(いや、しかしこれは……!)

 ルークが驚いたのは、カルロの豹変ぶりである。

 彼は今までの臆病さが嘘のように、まるで狂ったかの如く近くにいる敵を手あたり次第に撲殺していった。

 しかも、既に動かなくなった相手にまで何度も攻撃を加える執拗ぶりである。

 その戦い方は、勇敢な兵士と言うよりも、発狂した猛獣のようであった。

 絶叫しながら、目に映る動く物全てに襲いかかる。

 敵を次々殴り殺し、返り血にまみれることも意に介さずメイスを振り回し続けるその姿に、ソフィアは『狂戦士(バーサーカー)』という単語を思い浮かべていた。

「何だこいつ、突然……!」

「くそっ! 思ったより手強いぞ!」

 盗賊にしてみれば、まさに『聞いていたのと違う』という状態である。

 全く戦力にならないはずのお荷物が突然暴れ出し、手が付けられない。

「うわああああああああああ!! おおおおおおおおーっ!!」

 ルークなど戦い慣れた者の目から見ると、カルロに技量などなくただ武器を振り回しているだけだと分かる。

 だが同時に、無茶苦茶な暴れ方をする素人ほど、逆に動きが読めずに苦労する時もあることをルークはよく知っていた。

 まさに今のカルロがその状態で、敵にとって見れば何をしでかすか分からない狂人だ。

 下手に近付けば標的にされ、全身の骨が砕け散るまで叩かれる。

 敵は側面や背後に回り込んでカルロを仕留めようとするが、カルロも野生の勘じみた鋭さで敵を察知し、後ろに目がついているかのように敵を殴り返す。

「駄目だ、こいつ手に負えないぞ!」

「だが今退いたら!」

 何とかこのチャンスをモノにすべく踏み止まる盗賊達だが、時間をかけていたら負けるのは敵の側だ。

 ソフィアの詠唱が間に合い、カルロに群がる敵を纏めて排除していく。

 空中に浮かぶ魔法陣から放たれる魔法の矢は狙いが正確で、カルロを誤射するということがなかった。

 更に後ろからは、迎撃に出ていたユーリの放つ下位呪文による援護が加わる。

 威力こそ低いものの、敵を足止めしてソフィアとカルロのマトにするには十分過ぎた。

「もう無理だ! 逃げ……」

 逃走しようとした盗賊に、何とか立ち上がったルークが剣を突き立てる。

 カルロの豹変という思わぬ誤算に計画が狂った盗賊達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 当面の危機は脱したかに思えたが、ここで問題が持ち上がる。

「うわあああああああ!!」

 カルロの暴走が止まらないのだ。

 敵が退いた後にも関わらずカルロは狂ったようにメイスを振り回し続け、味方の呼びかけにも答えない。

「カルロさん、落ち着いてください!」

「敵はもう居ないの! 危ないわよ!」

 ルークもソフィアも、まるで狂犬のようなカルロをどう制止したものか迷っていた。

 迂闊に近付けないならばと魔法で攻撃すれば、彼を負傷させかねない。

 だがこのまま、キラやヤンの近くで暴れさせるわけにもいかず、仕方なくルークが威力を絞った術を放とうとした時、闘気で全身を硬質化させたギルバートが割って入った。

「やめんか! もう勝敗はついておる!」

「うおおおおおお!! う、うぉれに近寄るなあああああああああ!!」

 カルロの渾身の一振りも、ギルバートの前には歯が立たなかった。

 何度メイスで叩かれても平然としたギルバートは、カルロを羽交い締めにして強引に動きを止めさせる。

 やがてカルロも落ち着いてきたのか、絶叫は止んで荒い息遣いがその場に響く。

 戦いが終わった後の平野、誰もが呆気に取られて言葉を失い、聞こえてくるのはカルロの激しい吐息だけだった。

「はぁっはぁっ……お、俺は……」

「落ち着いたかのう?」

 抵抗をやめたのを確認すると、ギルバートは締め上げていたカルロを離してやる。

 唖然と彼を見つめる仲間達の顔を見渡し、次に地面に転がる骨を粉砕された死体の数々を目にして、カルロはようやく状況を飲み込んだ。

「あ、あ……。俺、また、またやっちまったのか……?」

 青ざめながら、怯えるように仲間の表情を伺うカルロ。

 そこに、さっきまでの鬼のような形相は面影すらなかった。

 重い沈黙の中、ソフィアが口を開く。

「『また』と言うことは、以前もこんなことがあったのね?」

 縮こまりながら、カルロは小さく頷いた。

「何も覚えていないの? 一応、私達はあなたに助けられた形になるのだけれど……」

「わ、分からねぇ……。俺、何も、何も……!」

 カルロは頭を抱えながら、うずくまって泣き出した。

 その涙は恐怖と後悔から来るもので、その恐れは他でもない自分の行いに対して向けられているものだった。

「……無理にでも、今日中に村に入った方がよさそうじゃのう」

 ギルバートの言葉に、ルークも頷く。

「そうですね。村へ急がないと。敵もすぐには追ってこれないでしょう」

 盗賊は一行が村に到着する直前のタイミングで一気に畳み掛ける計画だったようだが、カルロのおかげでその目論見は瓦解した。

 思わぬ抵抗に敵が損害を出して退いた今のうちに、村に入って休息を取るべきだろう。

 今さっき暴れたカルロを含め、キラもヤンももう心身共に消耗しきっているはずだ。

「ほれカルロ、立つんじゃ。移動せんと危険じゃ」

「お、俺にはもう無理だよぅ……!」

 震えながら泣き続けるカルロを、ギルバートは仕方なく腕を掴んで引っ張り上げる。

 だが相当憔悴しているのか、真っ直ぐに歩くこともままならない。

 ギルバートはため息をひとつつくと、カルロを背負った。

「ユーリ、ルークに肩を貸してやってくれんか」

 カルロの面倒で手一杯になったギルバートは、さっきの戦闘でまた傷が開いてしまったルークの移動を手助けするよう、ユーリに指示を出す。

 ユーリは黙ってそれに従った。

「……すみません、私のせいで」

「…………」

 ユーリは他の仲間のように励ましの言葉をかけることはなかったが、ルークを責めるようなこともしなかった。

 ただ黙って、肩を貸して先を進み出す。

 パニックを起こしてしまったキラにはメイが付き添い、一行は更にペースを早めて村への道を急ぐ。

 幸いにも、もう盗賊が襲ってくることはなかった。


 カルロの奮闘で何とか盗賊を退けたキラ達だが、村に着いたのは日も暮れた頃だった。

「つ、着いたぁー! もう、何でもいいから宿頼むわ、宿。飯は明日でいい」

 ほうほうの体で村に辿り着き、ディックは一気に気が抜けてその場にへたり込む。

 彼もまた、消耗戦で体力をかなり削られていた。

 ボロボロになって村を訪れた一行に村人は驚きながらも、宿に招き入れて歓迎してくれた。

 この点では幸運を掴めたと言えるだろう。

 旅人と言うには、あまりに不審な程に薄汚れていたからだ。

 この晩は、皆食事も携帯食で済ませて無言のまま宿のベッドに倒れ込み、何も話さなかった。

 泥のように眠り、目覚めた翌朝に疲れを引きずりながらも一行は行動を始める。

 ギルバートを筆頭に体力に余裕のある者が水や食糧の買い出しに向かい、宿に残ったヤンはルークの治療に努めた。

「『魔女』とは言え、怪我人は怪我人です! ちゃんと治療はしますから、後で悔い改めてくださいね!」

 ヤンは小言を言いつつも、左手に持った聖書に記されている祈りの言葉を読み上げる。

 ベッドに寝かせたルークの傷口に当てた右手がほのかに白く光り、傷を治癒させていく。

 教会の僧侶が得意とする、癒やしの奇跡の基本の型である。

 医者の行う手術のような直接的な治療と言うよりは、人間の本来持つ自然治癒力を活性化させることで傷の再生を促すため、自然ではあるが限界がある。

「今日はこのくらいが限度ですね。薬草の残りは……っと、まだありますね。巻くのでじっとしててくださいよ」

 ヤンはポケットから修道院から持ってきた薬草を取り出し、宿にあった果物ナイフで表面に薄い切れ込みを入れて薬効のある汁を滲み出させると、ルークの傷に当ててその上から包帯を巻く。

 熟練の僧侶であればもっと高位の術が使えるはずだが、ヤンは何せ見習いで使えるのは基本の術のみ。

 そこで彼は、薬と併用することで力不足を補っていた。

 教会の奇跡だけでは辿り着けぬ場所、薬学だけでは辿り着けぬ場所。

 両方の技術を跨ぐことで、より上の高みをヤンなりに目指していたのだ。

「これでよしっと……。けど、何であんな無茶したんですか? 下手したらそのまま死んでますよ」

 ヤンが言っているのは、盗賊に背後を突かれた時にルークが剣を抜いて接近戦を挑んだことについてだ。

 まだ傷が完治していないので、激しい動きは控えるようにと何度も言っていたはずなのだが、ルークはそれを顧みず戦った。

「味方の盾にもなれない剣士は、単なるお荷物ですからね」

「いや、だからそれは負傷してたら仕方ないのでは? 僕が言いたいのはそういうことじゃなくってですね……」

 困り顔で説教しようとするヤンだったが、キラが食事を持って部屋に入ってきたので中断された。

「あっ、ごめんなさい。まだ治療の途中でしたか?」

 キラは戦えない分、それ以外の部分で何か役に立とうと、細々としたところで頑張っていた。

 今日も朝目覚めてから食事を作り、動けない仲間の部屋へ運んで回っている。

 ヤンがルークの治療を行っている間に、強行軍で体力を使い果たしたソフィアと、ずっと警戒を続けて神経をすり減らしていたため休憩組に回ったユーリには、既に作りたての料理を食べさせていた。

「いえ、もう終わってます。そうじゃなくて、僕はルークさんの危険な行動についてですね……」

 ベッドのサイドテーブルに食事を置きながら、キラは心配そうにルークを見やる。

「ルークさん、無理しないでください。私も、わがままは控えますから……」

 だがルークは、頑なな姿勢を崩さなかった。

「無理はしていません。あの状況では、ああする以外に手はなかったんです。結局、大して役には立てませんでしたが」

 ルークにとっては、負傷が原因で前線に出れないことを負い目に感じていた。

 せめて魔法で仲間の援護ができればと後方に回っても、いざパーティが背後を突かれた時に何もできないようでは居る意味がない。

 そのように彼は考えていた。

「ルークさん……」

 キラは何か言わなければと思いつつ、自虐的な発言の前に言葉に詰まりそのまま押し黙ってしまう。

 彼女にとっては、何故そこまでルークが自分を追い込むのか、理解できなかった。

 ただ心配だという思いが先立つも、何を言っても聞いてくれなさそうな雰囲気だった。

 重苦しい空気に耐え切れず口を開いたのは、治療を終えたヤンだった。

「……えーっと、カルロさんも心配なので様子を見てきてもらえますか? 昨夜から部屋の隅に丸まって、動かないんですよ」

「はい。お食事運んで来ますね」

 ルークに言うべき言葉を見つけられずモヤモヤした気分を抱えたまま、キラは隣の部屋へと移動する。

 ルークも心配だが、狂ったように暴れた後のカルロも心配だった。

 一人一部屋などと贅沢は言っていられないため、数人で部屋を共有している形になる。

 カルロと同室のメンバーは既に買い出しに外へ出て行ったが、その後カルロは窓のカーテンを閉め切り、暗い部屋の隅でうずくまっていた。

「カルロさん、お食事持ってきましたよ」

 キラは努めて明るい声でそう言うが、カルロは抱えた膝に顔をうずめたまま動かない。

「お腹空いてますよね? スパゲッティ作ってきました。それと焼き立てのパンに、豆のスープもあるんです。食べましょう」

「……ほっといてくれ」

 蚊の鳴くような声で、カルロが呟く。

 そう言われて本当に放っておく程、キラも薄情ではない。

 余計に気がかりになり、皿をサイドテーブルに置くと、うずくまったカルロに近付き顔を覗き込もうとする。

「お嬢ちゃんだって、俺のこと……恐いと思ってんだろ? 急に暴れるイカレ野郎だって……」

 ようやく上を向いたじゃがいものようなカルロの顔は、意気消沈して部屋の中同様暗い表情を浮かべていた。

 キラはそんなカルロを真っ直ぐに見つめて、正直に自分の心境を打ち明ける。

「確かに私、恐がりです。特に人が死ぬのを見ると、本当に駄目で……。でも、不思議と仲間を恐いと思ったことって、ないんです。ええっと、何て言いましたっけ……『罪を憎んで人を憎まず』でしたっけ、ああいう感じじゃないかと」

「お嬢ちゃん、俺を恐がらないのか?」

 キラの顔色を伺うように、座り込んだカルロが見上げる。

「はい。血を見るのは苦手なままですけど、カルロさんは恐いとは思ってないです」

「俺を……パーティから外さねぇのか? 本当に?」

 カルロの一番の心配はそこだった。

 彼の口ぶりから、これまでも同じようなことがあって、厄介者として仲間に見放されたことがあったようだ。

「大丈夫です。それに、カルロさんが居てくれたから、私も助かったんですよ?」

 それを聞いて安心したのか、カルロはおぼつかない足取りで立ち上がると、ベッドに腰掛けてサイドテーブルの食器を手に取った。

 ほとんど味のしない食事だが、空腹という調味料が勝手に味を想像させる。

「やっぱ俺は、駄目な男なんだ……もぐもぐ……こんなだから、誰からも見捨てられて……むしゃむしゃ」

 愚痴を言いつつも食欲は戻ってきたのか、出された料理を次々と口に入れていく。

「私も全然駄目ですけどね……。戦えないし、心配するばっかりでどう励ましたらいいのか分からなかったり」

 食事を運ぶ部屋もここが最後なので、ついでにとキラもカルロと反対側に腰掛けて、自分で作ったパスタに口をつける。

 昼食の傍ら、他の仲間には中々言えないような弱音も吐き出した。

「どう励ましたらいいのかって……俺のことじゃねぇよな? 誰の心配してるんだ?」

「内緒にしててくださいね? ルークさんが、何だか最近無理してるようで心配で……」

 自分のことで精一杯のカルロは、首を傾げた。

「ルークって、あの女みてぇな剣士だよな? 今は怪我で俺達の方に居るけど、そんな無理してっかな?」

 カルロから見れば、前衛から後衛に回されてその分楽ができているのではと思っていたが、実際はそう甘くない。

「私はそう思うんです。昨日も、無理して剣で戦おうとして傷口が開いちゃって……。でもルークさんは、無理はしてないって言って聞いてくれなくて」

 霧の森でギャングに敗走してから、どこかルークは思い詰めているようにキラには見えた。

 今はまだ何とかなっているが、このまま責任感の強いルークが自責の念を募らせて行けば、そのうち取り返しのつかないことになるのではないか。

 そんな不安が彼女の心中にあった。

 不安感は拭えなかったが、カルロは何とか精神的に持ち直したようで、会話を交わしながら二人共昼食は完食した。

 それから二泊、キラ達は村の宿でしっかりと疲れを落とした。

 ディックは宿に酒を置いていないことに不服を言っていたが、片田舎の小さな安宿なので文句は言っていられない。

 三日目、既に水や食糧、毛布などの物資の補給を済ませた一行は、足早に北の教皇領を目指して歩みを再開する。

 いつまた盗賊が襲ってくるか、分からないからだ。

 もし村ごと襲われれば、村人にも被害が及ぶ。

 念の為ユーリも毎晩村の周囲を哨戒して回っていたが、今の所敵に動きはないようだ。

 カルロに暴れられて被った損害が、予想以上に大きかったと思われる。

 田舎の村では足となる馬や馬車の調達はできず、仕方なく一行は徒歩のまま移動する。

 教皇領に入るまでの必要な物資は買い揃えたとは言え、遅い徒歩で移動している間に盗賊の追撃を受ける危険性は高い。

 皆用心しながら進んだ。

 だが悪いことばかりでもなく、村で安静にしている間にヤンが集中的に治療を行ってくれたおかげで、ルークは傷もほぼ塞がり、手足に力を入れて剣を振れるくらいには回復してきていた。

 ギルバートやソフィアの反対を押し切り、ルークは前衛組に復帰する。

 しかしキラは、ルークの無理が更に増えないかと気が気でならなかった。


 ちょうどその頃、キラ一行とすれ違うような形でこの危険地帯に足を踏み入れる、別のパーティがあった。

「皆、気をつけろ! そろそろ盗賊のテリトリーだ。慎重に進むぞ」

 そう言って先頭を進むのは、剣と盾を構えた若い男。

 彼がリーダーである。

 リーダーの後ろには、大盾持ちや槍使い、弓兵などかれこれ十人近いメンバーが続く。

 その中で異色を放つのが、黒服の上に鮮やかな赤いフード付きケープを羽織った、一見して魔術師と分かる少女だった。

 他にも女性のメンバーは居たものの、パーティで唯一の魔術師にして最年少。

 まだ元服もしていない子供である。

「今回はしっかり頼むぞ、レア。この間みたいに、魔力切れで何もできない、なんてオチはごめんだからな」

 同じく後方で戦う弓使いの男が、少女にそう声をかける。

「わ、わかってるわよ! ボクがその気になれば、盗賊なんて……」

 レアと呼ばれた少女は、口ではそう言いつつも不安を隠し切れないでいた。

 彼女は元々臆病な小心者で、賊の討伐依頼などではいつも怯えているのだった。

「近隣の村人が困ってるんだ、彼らを助けるためにも盗賊を退治するぞ」

 そう意気込むリーダーを見て、レアは大きなため息をつく。

(はぁ……。ほんっとうちのリーダーお人好しなんだから。この間も報酬踏み倒されたのに、『人助けできたんだからそれでいい』なんてヘラヘラしちゃってさ)

 彼らは冒険者のパーティだった。

 リーダーはこの職業にしては珍しく底抜けのお人好しで、そのせいで依頼人にナメられて報酬を貰い損ねることもしばしばあった。

(今回はちゃんと報酬貰えるのかなぁ。ここ数日マトモなご飯食べてないんだけど……。腹減って力出ないわー)

 本来、リーダーには仲間を食わせていく責任と義務がある。

 それが果たせなければパーティは途端に空中分解するものだが、それでもレアを含むメンバーが離れていかないのは、ひとえにリーダーの人柄によるものだった。

 皆、何かしらリーダーに助けられた借りがあり、そこから彼を慕ってついてきた仲間達だった。

 今回もまた、この近辺を荒らす盗賊を何とかして欲しいと、討伐依頼の相場よりも安い報酬金で依頼を請け負い、彼らは盗賊の支配地域に踏み込んでいた。

 片田舎の賊の討伐くらいすぐに済むと考えていた一行だが、これから自分達を待ち受ける運命がどんなものなのか、彼らは知らないでいる。


To be continued

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