第11話 『集う仲間 前編』
キラがナスターシャと話して打ち解け始めた頃、連合軍本陣に残ったルークとギルバートは、砦周辺の地図を見ながら作戦の説明を受けていた。クラウスもトマスと共にそこに加わっている。
「まず第一陣が残党軍に向けて攻撃し、敵の出方を見る。それに応じて第二陣が続く形だ」
地図上でコマを動かし、連合軍の司令官が手順を説明する。
先鋒となる第一陣にはトマス率いる部隊も含まれている。クラウスの計らいで、ルークとギルバートもトマスの部隊に加わった。この部隊が第一陣の中央に位置し、最初の攻めの要となる。
クラウスは残りの騎士団と共に残り、機を見計らって第二陣として出撃することになっていた。
「現状の戦力ではこれがよいと思われます。敵もハルトマン将軍を討ち取るために砦攻めに必死でしょうし、その背後を突けば初動はある程度優位に立てるでしょう」
地図を見ながらルークはそう言った。
義勇兵を募っても救援部隊の方が数では劣勢だった。敵の後ろから攻撃するとは言え、その後砦を包囲する残党軍がどのような動きに出るかで、連合軍も対応を考えねばならない。
「まずつついて反応を伺う、私もそれでよいと思う。ようは将軍を砦から救出できればよいのだ。敵の全軍を相手取る必要はない」
クラウスもルークに続いた。
ルークと普通に話しているクラウスに、間を見計らってトマスが小声で問いかける。
「……クラウス様。あの女性は平気なのですか?」
精強と噂される黒鉄騎士団を率いるクラウスだったが、どうしても苦手なものがあった。彼はどうしても女性とうまく話せない。それどころか目も合わせられない。
トマスはルークを外見から女性と思っており、先程から彼と普段通り接するクラウスの様子が気になっていた。
「何を言っておるのだ。あの者は普通に男性であろう?」
クラウスは当然のことのようにそう答えた。
トマスは首を傾げつつ改めてルークを見るが……。
(ううむ……。どう見ても女に見えるのだが)
腑に落ちないでいた。
その間にも話は進み、最初のプラン通り二段階に分けて攻撃を仕掛ける戦法が決まった。
「よし、もう時間がない。各自持ち場につけ!作戦開始!」
その号令と共に司令部に集っていた将達が、それぞれの部隊のところへ配置についていく。
「トマスよ、いつも通り先鋒は任せる」
「はっ」
第二陣を指揮するクラウスと、第一陣で先陣を切るトマスとはここで一旦別れることになる。
トマスはルーク、ギルバートと共に先頭の部隊へ、クラウスは本陣近くに布陣する黒鉄騎士団本隊に戻り、敵の動きを見る。
第一陣の中央を担う部隊はトマスが主将となり、ルークが副将として補佐につく。
カイザーの身が危ういこともあり、救援部隊は足並みを揃えると直ちに攻撃を開始した。
「将軍閣下をお救いせよ!突撃ーっ!!」
中央部隊を率いるトマスの号令と共に、両軍が衝突し戦端が開かれる。
主将のトマスは自ら陣頭に立って指揮を執りつつ、ハルバードを持って戦った。
ハルバードは槍、斧、フックを組み合わせた複合兵装であり、槍のように突き、斧のように薙ぎ、フックは敵を引っ掛けることができる、まさに万能の武器である。
その分、大型化した穂先に重心が偏り、体感重量が重くなるため扱うには筋力と技量の両方が必要とされる。トマスはそれを、見事に使いこなしていた。
ルークもまた、剣で敵の攻撃をいなしつつ魔法を使い、残党兵を薙ぎ倒していく。
片手剣はハルバードに比べて射程は短いが、左手から放たれる魔法がその弱点をカバーする。
だが残党軍の抵抗は予想より激しく、救援第一陣は前進を阻まれた。
(想像以上の反撃だ。敵は一度城攻めを止めて、こちらを優先的に潰す心算か。どうやって突破口を開くか……)
とにかくここを突破して、砦までの道を確保できればいい。
如何にして敵陣に楔を打ち込もうかルークが思索していると、その後ろから突進してくる人影があった。
「オラァーッ!!帝国軍共め、ぶっ倒してやらぁ!」
大声を張り上げて最前線に飛び出してきたのは、馬車の中でキラに話しかけていたディックだった。彼も偶然同じ部隊に配属されていたようだ。
ディックは槍を構え、持ち前の俊敏さを活かして敵に切り込む。だがそれは、非常に危うく無謀な突出でもあった。
「ディックさん!出過ぎです、一度下がってください!」
ルークは自重を求めるが、勢いに乗ったディックは聞く耳を持たなかった。
得物を勢いに任せて振り回し、敵を蹴散らしながらどんどん前へと進んでいく。友軍と歩調を合わせる、などという気は毛頭ない様子だ。
槍の扱い方もかなり荒々しく、技量もへったくれもない、力任せなものだった。丈夫な木を使っているとは言え、槍の柄は木製。乱暴に扱えばすぐに折れてしまう。
このまま放っておけば、じきにディックは突出し過ぎて敵中に孤立するだろう。
「任されよ!」
そう言って前に出たのは、他でもない主将のトマスだった。
彼は疾風のような身のこなしで部隊の先頭に躍り出ると、早速敵軍の猛反撃を食らって返り討ちに遭いそうなディックを庇うようにハルバードで薙ぎ払う。
そしてそのまま斧頭の裏側についたフックで敵兵の一人を捕まえると、自分の手前まで引っ張り寄せた。
次の瞬間、ハルバードを握っていた左手を柄から離すとそのまま捕らえた敵兵の頭を掴み、抵抗する余地すら与えぬまま腹部に膝蹴りを入れて黙らせる。
右手に持つハルバードを肩に担ぐと、代わりにその敵兵を武器のように振り回して周囲の敵に叩き付け、最後には敵陣のど真ん中目掛けて投げ飛ばした。
「黒鉄騎士団が副将、トマス・ファン・ダイク!戦場にまかり通る!!死にたい者からかかって参れ!!」
圧倒的パワーを見せつけ、陣頭で仁王立つトマス。
その姿はまさに阿修羅の如し。これには相対する帝国兵も浮足立った。
「『西の闘将』ファン・ダイクだ!」
「本物か?!」
「西方の武将が何でここに?!」
ラスカと国境を接して何度も小競り合いをしていた帝国軍の間では、黒鉄騎士団は有名だった。実際に剣を交えた者も居れば、噂で聞き及んで恐れていた者も居る。
トマスは副将ながらも『闘将』として武名を知られており、過去の戦いでは戦場で彼を見かけただけで逃げ出した帝国兵も居たそうだ。
突然のトマスの登場に、敵軍は二の足を踏んで反撃の手が止まる。
(よし、効いているな……)
全てはトマスの計算通りだった。
何も伊達や酔狂で、戦場の真ん中で名乗りを上げているわけではない。敵兵を威圧し、恐怖させて戦意を削ぐことこそが彼の狙いだった。
「今が好機だ!楔形陣形!一気呵成に攻め立てよ!」
敵が怯んだ隙を見逃さず、トマスは部隊に前進を命じる。
トマスを先頭に陣形が組まれ、彼を恐れ士気の低下した帝国軍は、迎撃することもままならず大きく押し込まれた。
ただ単に武勇に優れるだけでなく、それを戦術として作戦指揮に取り入れる。トマスの得意とする戦法であり、彼が『闘将』と恐れられる所以であった。
「おぉ、かっけぇ!俺もあれやりたい!」
危うく返り討ちにされるところだったディックは、そんな自覚も吹き飛んで嬉々として後に続いた。
トマスの助けがなければ、今頃彼はとっくに帝国兵に囲まれ、袋叩きにされていたところだっただろう。
(流石は闘将と恐れられた人物……。ただの猪武者ではない)
敵の心理を巧みに操るその手腕に感心しつつ、ルークはギルバートと目配せで合図を交わし、トマスの指揮通り及び腰になった敵軍に肉薄する。
最初あれ程激しかった反撃も、トマスに恐れを抱き士気が下がった今では弱々しかった。
このままの勢いで押し切れるかと思いきや、連合軍の前進は一人の男の登場で食い止められる。
部隊の前に立ちはだかるのは、一際大柄で全身甲冑に身を包んだ屈強な大男。大仰な戦槌を握り、盾と外套には今は懐かしき帝国軍の紋章。敵軍の将の一人であることは間違いなかった。
「何を怯えている!英雄気取りのクズ共なぞ、このガルス様が粉々にしてくれるわ!」
陣頭に立ちトマスと対峙するガルスと名乗る敵将も、それなりに名の知れた猛将だった。
彼の登場に帝国軍の士気は持ち直し、兵士達もその場に踏み止まる。
「相手にとって不足なし!いざ尋常に勝負!!」
トマスと敵将、二人の大男が乱戦の最中の戦場で仁王立つ。ここからは力と技を極めた者同士、命を削る修羅場となる。
振り下ろされる戦槌、それを受け流すハルバード。そしてトマスはハルバードの穂先で突きを繰り出し、それを敵将の盾が受け止める。
両者が激しく衝突する中、あの敵将を倒さない限り前進は無理と判断したルークは、ギルバートと協力して抵抗するディックを下げさせた。
「円周防御!戦線を維持して下さい!」
ルークは部隊を守りに徹させて、現状維持に努めた。
逆に言えば、敵部隊の将が出張らなければならない程に彼らは肉薄していたのだ。
まずはそこまで前進できたことを良しとして、両翼の部隊が追いついてくるのを待とうと彼は考えた。
「な、何すんだよ?!俺だってあんな鎧野郎、やってやらぁ!」
「わかったわかった。とにかく一時停止じゃ!」
ギルバートは一人前進しようとするディックの肩を掴んでその場に留めた。
突撃を止められた彼は大変不満そうだった。
「周りが見えんのか。これ以上は前に進めんぞ」
トマスと敵将が攻防を繰り広げる周囲では、連合軍兵士達もせっかく押し上げた戦線を後退させないよう、必死で踏み止まっていた。
敵将が先陣に立ち猛威を振るう今、無理な突撃はいたずらに被害を増やすだけだ。
ルークとギルバートは味方と共に、敵兵がトマスの側面に回り込んで横槍を入れないよう、脇を固める。
武将同士の激突ではあるが、これは一対一の一騎打ちではない。隙を見せれば敵兵に取り囲まれて袋叩きにされる。トマスにとっても、友軍の支援が必要不可欠だった。
ルークは自ら剣を振るいつつも部隊の兵士に指示を飛ばして、敵兵がトマスの邪魔をしないよう、補佐に努めた。
「こんなもん!俺一人だって砦に行ってやらぁ!」
「いいから、この場を維持せんか!」
よく訓練された兵士達はルークの指揮通りに動いたが、ただ一人戦術を理解しない男ディックだけは例外だった。
そんな彼を引き止めるギルバートも気苦労が絶えない。
勢いを取り戻した残党軍の反撃は苛烈だったが、それは砦への攻撃を一旦止めてのことだった。
その間カイザーは延命されるが、それも所詮は時間稼ぎ。砦から救出できないことには根本的解決にならない。救援部隊を返り討ちにした後、彼らはまた城攻めを再開するだけだ。
「西部の田舎者にしては中々やりおるな!」
トマスとの激しい打ち合いで、敵将も徐々に息が上がってきた。
いくら体力自慢とは言え、重装備はまさしく防具であると同時に重り。疲労はピークに達しつつあった。
それに対して、やはり鎖帷子を全身に纏い長物を振るうトマスは全く呼吸が乱れていなかった。それどころか、乱戦の中にあって非常に落ち着いた面持ちをしている。
(何だ、こいつ……?!疲れを知らないとでも言うのか?馬鹿な、奴とて体力の限界のはず!)
互角かと思われた両者の間に、徐々に見え始めた力量の差。その現実に、敵将は焦った。
「ええい、この一撃で貴様の骨の一片まで粉砕してくれるわ!!」
これ以上の持久戦は耐えられないと判断した敵将は、盾を捨てて両手で戦槌を握り、一気に勝負をつけるべく渾身の一撃を繰り出す。
対するトマスは一歩も引かず、迎え撃つ姿勢を取った。
全身全霊でハンマーが振り下ろされる。だが敵将の一撃が直撃する寸前の刹那をトマスは見切り、何とハルバードの斧頭で戦槌の木製の柄を切り落とした。
荒んだ戦場の土に、落とされた槌頭が重々しく突き刺さる。
「なっ、何ぃぃぃーっ?!」
守りを捨てた渾身の一撃を潰され、敵将は戦慄して立ち尽くした。
その隙をトマスが見逃すはずもなく、ハルバードの鋭い穂先が分厚い甲冑の装甲を貫いた。
地面に倒れ伏す敵将を尻目に、引き抜いた武器を大きく掲げてトマスは宣言する。
「敵将、討ち取ったり!!」
示し合わせたように味方の兵士が鬨の声を上げ、反対に敵兵は及び腰となる。
「た、隊長がやられた?!」
「増援を、増援を呼ぶんだー!」
残党軍に一気に動揺が広がり、大きく戦線が崩れた。
類稀な武勇を示したトマスと、部隊を指揮してそれを補佐したルークとの連携勝ちだった。
トマスが敵将を倒したその時、離れた本陣付近から戦場全体を見渡していたクラウスが腰を上げる。
大きく前進し肉薄するトマスの部隊を食い止めていた敵中央部隊だが、その中心である将が倒され、焦りを感じた敵の司令官はその対応に両翼の部隊も動員しようとしていた。
敵軍団の左右が薄くなりつつあるのを、クラウスは見逃さない。
「よし、攻めるべきは今ぞ!」
満を持してクラウスは黒鉄騎士団本隊の出撃を命じる。
「はっ。連合軍司令への通達は如何致しましょう?」
「よい。既にあの者も気付いておる頃だ。すぐに第二陣に攻撃命令が下る」
クラウスの予想した通り、連合軍本陣もすぐに動いた。
第二陣の部隊が動き出すが、クラウスの騎士団はそれに一歩先んじて動く形となる。
クラウスは自らも十文字の穂先を持つ槍を持ち陣頭に立とうとするが、部下がそれを止めた。
「リチャードソン様、お身体に触ります!」
「安心せよ。今日は調子がいい……!」
彼の表情は戦いの高揚感に満ちていた。
そのままクラウスを先頭に、右翼側に回り込んだ黒鉄騎士団が残党軍に迫る。
「黒鉄の友らよ、我に続け!!」
陣頭に立つクラウスの一声と共に漆黒の部隊が敵軍に激突した。
中央に偏って守りの薄くなった片翼の敵陣を切り崩した彼らは、カーブを描くように進路を変えて激戦の続く中央へ、側面から殴り込みをかけた。
トマス率いる第一陣中央隊を何とか押し戻そうとしていた敵部隊は、突然脇から襲撃されて陣立てが乱れた。連合軍から見て右翼、残党軍から見た左翼側が大きく崩れ、隙が生まれる。
その後に続く形で他の連合軍部隊も戦線を押し上げ、一気に戦いの流れが変わった。
敵左翼部隊を崩した黒鉄騎士団は、そのままの勢いで第一陣の中央部隊と合流する。
「トマスよ、待たせたな!」
「絶好の頃合いです、クラウス様」
合流した2つの部隊は、隊列の乱れた残党軍に対して再び猛攻撃を仕掛けた。彼らは砦まで、もう少しのところまで押し込んだ。
その様子を見ていた者が、もう一人。
「今だ!開門し、突撃する!」
「オオーッ!!」
それまで防戦一方だった砦が突如、門を開く。
その向こうから現れたのは、ジョイス率いる重装歩兵部隊。激しい攻撃を耐え忍びながら、今まで反撃の機会を伺っていたのだ。
クラウスの攻撃で流れが変わったところへ、更に追い打ちをかける形でのジョイスの突撃。
救援部隊に気を取られていた残党軍は挟み撃ちにされ、どっちが前なのか分からない状態に陥って混乱した。
「よっしゃー!俺もやるぜぇ!!」
戦場が混迷極まる中、攻めの手を解禁されたディックは嬉々として、そのカオスへ飛び込んでいく。
「まだ油断は禁物です!」
敵も最後の抵抗を見せる中、迂闊な突出は死につながる。
ルークは彼を止めようとするが、一歩遅く彼は重装備の敵兵の一撃を受けて弾き飛ばされた。
「ぐわぁーっ?!」
断末魔を残し、戦場の土煙の中にディックの姿が消える。
(しまった。彼を失ってしまったか!)
貴重な戦力を損失したと言え、それを悲しんでいられる余裕もない。
救援部隊と、ジョイス率いる護衛部隊の先頭がようやく合流できそうな今こそが合戦の山場だ。ここで集中力を切らすわけにはいかない。
ルークは剣で攻撃を防ぎ、魔法で敵兵を蹴散らしつつ叫ぶ。
「ギルバートさん!」
「無事じゃ!」
豪腕で敵部隊を圧倒するギルバートが彼のすぐ背後につく。
ルークの操る風刃が敵軍団を切り裂き、ギルバートの拳から放たれる衝撃波が敵を纏めて弾き飛ばす。
互いに背中合わせになりながら、二人は後続部隊を支えた。
「トマスよ、道を切り開くぞ!」
「御意!」
同じく互いに庇い合いながら戦うクラウスとトマスは、合図で息を合わせて敵の陣立てが乱れた箇所へ切り込んだ。
十文字槍とハルバードが楔のように敵陣に打ち込まれる。長い射程を持つ二本の得物が敵兵を薙ぎ払った。二人が先陣を切り、黒ずくめの騎士団がすぐ後に続く。
迫り来る敵を押し退けたその先で、ついにクラウスはジョイス率いる護衛部隊と合流した。
「ラスカ領黒鉄騎士団、クラウス・リチャードソン!将軍閣下の救援に参った!」
連合軍の装備を身に着けていないクラウスは、敵でないことを示すためにあらん限りの声で名乗りを上げる。
「連合軍護衛部隊、ジョイス・カーパー!救援に感謝しますぞ!」
ジョイスもまた、敵兵を蹴散らしながらそれに応えた。
「ジョイス殿、将軍閣下はご無事か?!」
「無事です!退路が確保でき次第、脱出できるよう備えてあります!」
外側から攻撃を仕掛ける救援部隊と、内側から反撃した護衛部隊が合流した今、カイザーを移動させるタイミングはもう目の前だった。
「全軍、敵を押し留めよ!全力で将軍の退路を確保するのだ!」
黒鉄騎士団も、連合軍も、義勇兵も、皆クラウスの声に応える。
合流した部隊を再び分断しようと迫る残党軍を押し戻し、やがて砦から救援部隊本陣への一本の道筋が出来上がった。これこそ、今回の作戦の勝ち筋である。
ジョイスはその好機を見逃さず、すぐに後続の護衛部隊に指示を出す。
「今だ!将軍を護送するぞ!急げ!」
友軍に守られながら、大盾で周囲を囲った部隊が砦の中から現れる。カイザーを守る護衛兵達だ。
味方が開いた退路の中を、ジョイスを先頭に彼らは駆け足で通り抜ける。
ギルバートと共に戦線の維持に務めるルークは一瞬その一団に目をやったが、大盾に覆われていて中のカイザーの姿を見ることはできなかった。
やがてカイザーの救出に成功し、本陣から撤収を命じる狼煙が上がる。カイザーは無事本陣に送り届けられたのだ。将兵らから歓声が上がる。
陣立てが崩れた上、目的を達成できなかった残党軍はほうほうの体で逃げ出した。ここに勝敗が決する。
連合軍も当初の予定通り深追いはせず、カイザーの身の安全の確保に努めた。
戦いを終えたルークが本陣に戻ると、そこではカイザーが待っていた。手傷を負って少し疲れが見えるが、ジョイスら護衛部隊のおかげで深手には至っていない。
「またお前に助けられたようだな。礼を言うぞ」
革命戦の後と変わらぬ様子で、カイザーは笑みを浮かべた。
「私一人の力ではありませんよ。それに、ここであなたに死んでもらっては困ります」
皇帝の圧政に苦しむ民衆に、カイザーは解放者を名乗った。そして革命が成し遂げられ、彼はそれを実行している最中だ。
約束を守ろうとする彼を支持する民衆が、今度は義勇兵となってカイザーを守った。
アルバトロスは新たな時代に移ろうとしている。カイザーをむざむざと死なせて、それを逆行させるわけにはいかないのだ。
その時カイザーの部下が、クラウスが作戦に加わっており、今この場に来ていることを告げる。
「そうか、リチャードソン卿も参戦していたのか。よし、今ここで会おう」
カイザーはその場での会談を決めた。
間もなく連合軍の士官に連れられて、一息ついていたクラウスが彼の前に現れる。
「お初にお目にかかります。ラスカ領主、クラウス・リチャードソン。ご貴殿の連合国に加わるべく、馳せ参じました」
カイザーの前に進み出たクラウスは、片膝をついて深く頭を下げた。
「カイザー・ハルトマンだ。助かったぞ、リチャードソン卿。今回の戦いで、新たな連合の一員になる覚悟はしっかり見せてもらった。書類手続きに少しかかるが、もう既にラスカは我々の仲間だ」
そう言ってカイザーは腰を上げて歩み寄り、クラウスに右手を差し出す。
彼もその手を取り、両者は固い握手を交わした。
帝国時代は敵として緊張関係にあったラスカが、今や連合国の一員として肩を並べる。
「ありがたきお言葉。これよりは我ら、連合国の将として参列致します」
新たな盟約が交わされるその傍らで、再会を喜ぶ二人の人物があった。
「お久しぶりです、師匠」
役目を終えたジョイスは、ギルバートに頭を下げて挨拶する。
キラ達にギルバートを紹介したのは彼だが、まさかこの戦場に来ていようとは思っていなかった。
「無事でよかったわい。お前さんのおかげで、面白い旅ができとるよ」
ギルバートも笑顔を浮かべてジョイスの肩を軽く叩き、無事を祝った。
その時、ジョイスの軍服の階級章に彼は目を留めた。
「お前さんも、とうとう主将か」
「ええ、お陰様で。将軍が更に上に立たれた今、側近を務める私も格上げとなりました」
帝国時代からも、戦功を積み重ねるジョイスには昇進の話は何度か持ち上がった。
だが偉くなって末端の兵士と距離が空くことを嫌ったジョイスは、カイザーに頼み込んで昇進を断り、最近まで副将の地位に居続けた。
「前から地位や名誉には興味のない、無欲な男じゃったな、お前さんは。商人の子とは思えんわい」
「私にとっては、重要なのは地位ではありません。軍を支えるのは兵士一人ひとり。彼らを纏めて、将軍を支えるのが自分の役目だと考えております」
軍では上官の命令に服従させるため、指揮官は常に絶対者として兵卒との隔たりが設けられていた。
だがジョイスはそのしきたりを嫌い、普段からあくまで一人の人間として部隊の兵士に寄り添い、地位の垣根なく肩を並べて確固たる信頼関係を築いてきた。カイザーの図らいにより、それは主将となった今でも変わらない。
自分の役割をしっかりと認識した者は、何をすべきかを自ずと知り、迷うことがない。ジョイスもまた、役目を自覚しそれを信念として持ち続けている。
それを確認できたギルバートは、満足そうに頷いた。
「お前さんが居る限り、連合軍も安泰じゃろう。さて、ワシはワシで役目がある」
ギルバートが本陣中央に目をやると、ちょうどナスターシャがキラを連れてきたところだった。
ルークとカイザーの無事な姿を目にしたキラは、ほっとしたように満面の笑みを浮かべる。
「ルークさん!カイザーさんも!無事でよかった……!」
キラを守る役目を終えたナスターシャは、静かに定位置であるクラウスの隣へと戻っていく。
「君も一緒に来ていたのか。どうだ、旅の具合は?」
「はい。色んな人に助けてもらいながら、少しずつ」
気さくにキラと話すカイザーを、クラウスは微笑みながら見つめていた。
「これだけの大国の指導者だと言うのに、まるで驕った様子を見せぬ。矮小な者は己を大きく見せるために威張ると言うが、彼の者はその逆よな」
「我らの未来を預けるに足る人物と思われますか?」
同じくカイザーを観察していたトマスの問いに、クラウスは力強く頷く。
「うむ。私の目に狂いがなければ、彼の者は名君ぞ」
それまで黙っていたナスターシャも口を開く。
「将に限らず、兵卒や市民からも慕われています。彼の治める連合への加盟は必ずや主様の力となります」
少し距離を置いてカイザーと話すキラを見つめていたギルバートは、帽子を被り直すと彼女と合流すべく、ジョイスの肩を叩くと背を向けて歩き出す。
「国のことはお前さんに任せたぞ。この旅を終えたら、また首都に立ち寄るからのう。その時、改めて会おう」
振り向きながら手を振るギルバートに、ジョイスも深く頭を下げた。
「師匠も、ご武運を!」
(ジョイスよ、お前はお前の道を行け。やがてはワシすらも超えて行くじゃろう……)
弟子と別れ、今の仲間であるキラとルークの下へゆっくりとギルバートは歩いて行った。
こうして、新たに発足した新政権を揺るがす大事件は幕を閉じた。
新体制を唱えるカイザーが倒れれば指導者不在となった大国は、旧帝国の復興を目論む残党が群がり再び戦乱の最中へ突き落とされるだろう。
それは、クラウスの治めるラスカを含む西方諸国や、はたまた東の国境を接するロイース王国など、様々な国へ悪影響を及ぼすことに繋がる。
革命により一時的に混乱が生じたものの、今回集った義勇兵のように勇敢な者達が新たな将兵として新体制の下に集まりつつある。アルバトロスが安定を取り戻し、真の平和を実現する日もそう遠くない。
この日、カイザー救出に尽力したとして、革命戦の英雄だったルークは更に名を挙げたが、今はフォレス共和国に向けて先を急ぐ身。戦功の報奨金を受け取ると、別れを惜しみつつも旅路へと戻ることにした。
カイザーも多忙で、キラ達を引き留めているような時間はなかった。
救援部隊の本陣を離れ、街に戻ろうと馬車へ歩く途中、キラは気になっていたことを口にする。
「そう言えば、ディックさんはどうしたんでしょう?」
ずっと姿が見えないので、キラはもう仕官して仕事に追われているのかと思っていた。
「途中まで同じ部隊でした。しかし彼は……」
ルークもギルバートも、先を言いづらそうに目を伏せる。
その重苦しい空気から、キラは何があったのか察した。
「そんな……!」
たちまちキラの顔は悲しみの色に塗り替えられ、彼女は言葉に詰まる。
だが、そんなキラを呼ぶ声があった。
「おーい、キラちゃーん!無事だったかー?」
聞き覚えのある声に三人が揃って振り向く。
キラに駆け寄ってくるのは、他でもないディックだった。ボロボロになっているが、ちゃんと足も生えており、生きている。
一瞬、ルークとギルバートは彼が化けて出たのかと思ったが、そんなことはなかった。
「わ、私は平気ですけど……。ディックさん、大丈夫なんですか?」
キラは思わずそう尋ねた。
ルークの話から、てっきり戦死したものとばかり思っていたからだ。
「いやー、あれはかなーりヤバかったな。敵兵の死体の下敷きにされちまってよ、もう重いの何のって……。出て来るのに一苦労したぜ」
そう言いつつ頭をかくディックを見る限り、重傷も負っていないようだ。彼は呑気に笑っている。
「……思った以上にしぶとい男じゃな」
「そのようですね……」
ディックの生命力に二人は感心しつつ呆れた。
本当に死んでしまったのでは、と心配した自分が馬鹿馬鹿しくルークは思えてきた。
「まあ、当たりどころがよかったっつーのか?何たって俺様は槍の達人だからなっ!」
何の根拠もない自信で胸を張るディック。
キラはそんな彼の無事な姿を喜んだ。
「皆無事でよかったです」
「ええ、まあ……」
素直によかったと言えればいいのだが、その複雑な心境をどう表現していいか分からず、ルークは言葉を濁した。
「さてと、キラちゃんにも会えたし、将軍様に挨拶に行って来るかな。今日のMVPは俺です!ってアピールしてこないとな」
ここへ来る途中の馬車で、彼はアルバトロス軍に仕官することが目的だと語っていた。
確かに彼も先陣を切って勝利に貢献した人物の一人であり、生き残れたならば良い待遇で軍に雇ってもらえることは確かだろう。
「じゃ、またな。記憶戻るといいな、キラちゃん!」
屈託のない笑顔をキラに向けると、ディックは大急ぎで来た道を戻って砦へと走って行った。どうにも忙しない男である。
「ワシらも宿に戻って休憩じゃ。明日には出る予定じゃからのう」
ルークとギルバートは戦いで疲れ切っており、キラも物々しい空気に包まれて緊張していた。
三人は馬車に乗って街に戻り、宿のベッドで疲れを落とした。
翌日、改めてキラ達はフォレスへ向けて出発する。
だが街を出てすぐの街道を歩いていると、すぐ後ろから声をかける人物がいた。
「おーい!キラちゃーん!」
昨日の今日で聞き覚えのある声だ。
(まさか……)
そう思いルークが振り向くと、思った通り昨日別れたディックが大声で手を振りながら追いかけてきていた。周りの目など全く気にしないその姿勢は、最早清々しくもある。
「ディックさん?軍隊に入ったんじゃないんですか?」
キラも目を丸くした。
追いついたディックは、彼女達に自慢気に語り出す。
「いやー、それがさ、向こうは『是非とも我軍の一員に』って言うんだけどねー?俺どーしてもキラちゃんが心配に思ったわけよ!フォレスまで行くんだって?すぐそこじゃん、俺がついてってやるよ!仕官はそれが済んでからだな」
「えっ、いいんですか?」
そう尋ねるキラに、ディックは胸を張って答える。
「あたぼーよ!男に二言はないっ!記憶が戻るまで、俺が守ってやっからな。そこの女男や、モーロクジジイより頼りになるぜ?」
それを聞いたルークとギルバートは思わず顔を見合わせた。
(女男……)
(耄碌ジジイ……)
恐らく悪意はないのだろうが、この男遠慮というものを知らない。
ディックはもう旅の仲間になったつもりでいるが、まだ了承されたわけではない。
ルークはそっとキラに耳打ちする。
「本当に同行させていいんですか?信用できるとは限りませんよ」
「大丈夫です、悪い人じゃなさそうですから」
キラは笑顔でそう答えた。
何を根拠にそう確信するのか定かではないが、キラが彼を受け入れると言う以上、ルークはそれを拒むことはできなかった。
「まあ、若いもんはこれくらい元気があった方がいいじゃろう」
そう言いつつギルバートは、複雑そうな顔を浮かべるルークに小声で言った。
「もし怪しい真似をしたらワシが止める」
「お願いします。私も注意しますので」
そんな二人のやり取りを知らず、ディックはキラと一緒に旅ができると舞い上がっていた。
「ぃよっしゃ!これで俺も”旅の仲間”だぜ!」
改めて各々自己紹介を短く済ませると、一人加わり四人組となった一行はフォレス共和国へ通じる街道を歩き出す。
しかしおしゃべりなのはまだいいとして、戦闘中の後ろを顧みないあの突撃癖は果たして今後大丈夫なのかと、些か不安に思うルークだった。
To be continued
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