第12話 『集う仲間 後編』
新たにディックを仲間に加えた一行はその後も順調に旅を進め、フォレスの国境も間近になってきた。
のどかな景色が続く中、いつものようにディックがぼやき始める。
「あー、腹減ったな。昼飯まだかよ?」
「そう焦るな。もうじき村に着くじゃろう」
そう言いながらギルバートは畳んでいた地図を広げる。
道は川沿いに続いており、その先には小さく村の名前が表記されている。今日はその村に立ち寄り、一晩の宿と物資の補給を行う予定だ。
「もうじきってどのくらいだよ?それさっきも聞いたぜ」
この男、黙って歩く事ができないのか、パーティに加わってからずっとこの調子である。賑やかしにはなるのだが、一度不満を垂れ始めると止まらない。
「もうちょっとだから頑張りましょうよ。ね、ディックさん」
それに対してキラがなだめる。
もういつもの光景だが、初めての旅だと言うのに彼女は弱音を吐こうとしない。ディックの方が明らかに年上なのだが、些かこれは情けなかった。
ルークとギルバートはディックが仲間に加わって以来、彼の言動を注意深く観察していた。
ひとつ分かったことは、歳の割に幼稚で単細胞であること。その振る舞いに困ることは度々あったが、逆に何か魂胆があるのではないかという不安は払拭された。
「あー、飯食いてー」
この脳筋男に、何かを企んだり隠し事をしたりという芸当ができないであろうということは、ルークとギルバート双方の見解で合致した。本当に、ただキラと一緒に居たくてついてきただけのようだ。
文句を垂れるディックを連れた一行は、川岸に人影を見つけた。釣りを楽しんでいるわけではない。倒れ込んでいるのだ。
「何かあったようじゃな」
四人は倒れている人物に近寄り、生死を確認する。まだ生きているようだが、意識はない。どうも上流から流されてここに行き着いたようだ。
「川に転落したのでしょうか?」
ルークはそう言いつつ周囲を確認するが、他に人の気配はない。
「さてな……」
ギルバートも首を傾げた。
その人物は厚手の白い毛皮の服を着込み、肩も毛皮のケープで覆っている。頭には同じく白い皮の帽子を深く被っていた。普通の村人のようには見えず、恐らくキラ達と同じ旅人ではないのかと一行は結論付けた。
「それよりこいつ男か女かどっちだ?」
ディックは首を傾げた。服装は男物とも女物ともつかず、顔は銀色の前髪でほとんど隠れてしまっている。その顔立ちも中性的で一見して判別がつかない。
「とにかく、まだ息はある。村まで連れていけば助かるじゃろう」
「オッケー。じゃあ俺が担ぐか」
一番荷物が軽かったディックは、その謎の人物を背中に背負った。
「どっこいせっと……。あ、こいつ女だ」
「え?どうして分かるんですか?」
キラの質問に、ディックは真顔で答えた。
「結構胸あるわ」
厚手の服越しに柔らかな感触が彼の背に当たる。
それを聞いたキラはジト目で彼を睨んだ。
「……ディックさん、何だかやらしいです」
「ええっ!ち、違うよキラちゃん?!」
ディックは慌てて弁明しようとするが、時既に遅し。すっかり白い目で見られてしまった。
「そういう事なら、私が背負います!」
「いや、そりゃ無理だと思うぜ?こいつ結構重いんだよ。キラちゃん潰されちゃうぜ」
ディックの言うとおり、”彼女”はかなり重かった。濡れた厚着でかさんでいるにしても、大の男のディックでようやく担げたというレベルだ。
キラは何とか背負おうと試みるが、全く持ち上がらない。
「このまま放置して行くわけにもいかん。ワシが担ごうか?」
「あ、ギルバートさんなら大丈夫です」
キラの即答により、彼女を背負って運ぶのはギルバートの役目となった。
代わりにディックにはその間に荷物を持つという、味気ない仕事が宛てがわれた。
「何だよこの扱いの違い。納得いかねー!」
口を尖らせるディックの不服の声を他所に、一行は村へと急いだ。やがて一行の前に、川を渡る橋が見えてくる。
「地図によれば、あそこを渡れば村まですぐのようです」
ルークの言葉に、あともうひと息だと一行が橋を渡ろうとした時、先頭を歩くルークの目の前を矢がかすめる。彼は反射的に避けると抜刀し、続いて飛んできた矢を切り落とした。
「敵襲です!」
ルークのその言葉に全員が身構える。
「チッ、外したか。たかが四人だ、畳んじまえ!」
近くの茂みから、身を隠していたと思われる山賊達が姿を現す。どうやら橋の手前で通りかかる旅人を待ち伏せしていたようだ。
「出やがったな悪党共め!このディック様に勝とうなんざ十年早いんだよ!」
敵の姿を確認したディックは、やはり我先にと近くの相手に突撃していく。
「キラさんは下がっていてください」
ルークはキラを庇うように前に出て、ギルバートも背負っている女性をキラの隣に降ろして構えた。三人が彼女達を庇うように前に立つ。
敵を倒すことしか頭にないのか、背後にキラを庇っていることをすっかり忘れたかのように、ディックは賊目掛けて突進した。仕方なく、ルークはその援護に当たる。ギルバートは防衛線として二人を抜けて来た敵に立ち塞がった。
ディックはひたすら槍を振り回して、山賊を蹴散らし暴れ回る。相手も大した技量を持たないのか、彼の乱雑な振りでも反撃のタイミングを掴めず追い散らされた。
(ふむ……。あの振り方は我流かのう。荒削りじゃがきちんとした”型”を覚えれば、モノになりそうじゃ)
キラを庇いながら戦いを見守るギルバートは、ディックの戦い方に粗雑さと同時に可能性を見出しつつあった。
ディックの槍捌きは大雑把なものだが、中途半端な練度の相手を蹴散らすには、ひたすら攻撃のみを考える彼の戦法は有効だった。
ルークは魔法は温存したまま、剣術のみで彼の援護に当たる。
数も質も、今まで相手にしてきた帝国兵とは比べ物になるはずもない。ルークはキラの見ている前で相手を殺傷しないように注意を払いながら、山賊に打撃を入れて無力化していく。
「駄目だ。こいつら強いぞ!」
「ああ、引き上げだ!」
仲間を多数やられ、やがて敵わないと判断した山賊達は足早に逃げ出した。
「待ちやがれぇ!」
すぐ後を追おうとするディックをルークが制止した。こういう場合、深追いすべきではないからだ。
「何すんだよ!」
「今はキラさんの身の安全が最優先です」
すっかり熱くなっていたディックだが、ルークのその言葉でようやく少し頭が冷めてきたようだった。
山賊が逃げ去った後、橋の前には再び静寂が訪れる。
「大丈夫でしたか、キラさん?」
「はい、私は無事です」
互いの無事を確認し合うと、ギルバートが再び女性を背負い一行は足早に橋を渡る。
二度三度と襲ってくるとは思えないが、山賊が出る危険な道だということが分かった以上、早く村に逃げ込むのが安全策だ。
キラは橋を通る際、手すりの一部が壊れているのに気付いた。
「その女の人も、ここで襲われたんじゃないでしょうか。それでここから落ちて……」
「可能性は高いのう。川に落ちたおかげで命までは盗られなかった、ということか」
その説が正しいのなら、ギルバートが背負っている女性はかなりの幸運の持ち主と言えるだろう。
橋を渡り、間もなくして村に到着したキラ達は真っ先に宿屋へ駆け込み、倒れていた女性の手当てを頼んだ。宿の主人は快く応じてくれて、彼女はすぐ宿のベッドに運び込まれた。
「お客さん方も大変だったろう。彼女は大丈夫だよ、頭を打って気絶しているだけみたいだ。しばらく寝てれば起きる」
部屋から出てきた宿の主人の言葉を聞いたキラ達はほっと胸をなで下ろした。
「よかった……。その人、山賊にやられたみたいなんです。私達も途中、橋で襲われて」
山賊という言葉を聞いた中年の主人は、目を伏せて深々とため息をつく。
「近頃、この辺りを荒らしている連中だろう。この村も何度か襲われた。国に討伐を依頼してるんだが、中央は革命だの何だので混乱してて、こんな田舎まで兵を回せないようでね……」
内戦が続いた後、更に首都で革命が起きたアルバトロス。国内の混乱は地方へと、治安の悪化という形でしわ寄せが及んでいた。国家元首であるカイザーが帝国残党に襲われるような事件が起こる中、田舎まで手が及ばないのが現状のようだ。
村の現状を把握した一行は、盗賊をどうするかはひとまず置いておいて、女性が目を覚ますまでの間に食事を調理することにした。ここも小さな安宿で、食事はセルフサービス方式だったからだ。
「うーん、小麦粉が少ないですね……」
残念ながら、パスタを練れる程の量が宿にはなかった。仕方なく、キラは得意料理であり好物のパスタを諦めた。
「お、ソーセージがあるのう。今日はこれを頂くとしようか」
一方、ウインナーソーセージを発見したギルバートは、嬉々として油を引いたフライパンで焼き始める。
「ソーセージ、好きなんですか?」
パスタを諦めたキラは有り合わせの野菜でサラダを作りつつ、ギルバートに尋ねた。
「昔、旅の道中でよく食べたものでな。干し肉よりも、ソーセージの方が美味いんじゃ」
ようするに腸詰めのことであり、挽き肉に塩や香辛料で味付けした後、動物の腸に詰めたものだ。
軍隊において兵士の携帯食であったり、旅人の保存食として昔から作られてきた料理である。その起源は塩漬け肉のハムより古い。
長旅の中で頻繁に口にするうち、定番の味としてギルバートはソーセージを気に入っており、村で隠居していた頃も度々自家製ソーセージを作っては食べていた。
「おっかしーな、魚ないのか、魚?」
ディックは宿の食料庫を隅々まで探し回るも、お目当ての魚を発見できずにいた。
「近くに川があるんだし、ぜってーあると思ったのになぁ。いっちょ釣ってくるか」
無いなら現地調達だと宿を出て行こうとするディックだったが、ルークがそれを止めた。
「今、村の外を単独行動は危険です。いつ盗賊に襲われるか分かりません」
「あんな雑魚、どーとでもなるっての!」
何としてでも川魚を手に入れようとゴネるディックに手を焼いたものの、その間に有り合わせの食材で一通り料理は完成した。
宿の広間のテーブルに出来た料理を並べ、いざありつこうとしたその時、個室のドアを開けて部屋から出て来る人影があった。気絶してベッドに寝かされていた、あの女性だ。
「おや、気付いたのかい。もう動けるんだな」
宿の店主は、彼女の回復の速さに驚いていた。
「ちょうど飯、できてるぜ。魚はねーけどな。食うか?」
席に着いたディックがそう尋ねると、彼女は頷き一言「ありがとう」と口にした。
その女性は余程空腹だったのか、椅子に腰掛け料理を目の前にするや否や、食事にがっつき始めた。
ソーセージをフォークで刺してかぶりついたかと思うと顎の力で噛み千切り、全部飲み込まないうちに豆入りサラダを口の中へかき込んでいく。そして塩で味付けされた熱いスープを皿ごと持ち上げて喉へと流し込み、一気に飲み込んだ。
あまりに豪快な食べっぷりにキラ達は食事に手も付かないまま、しばし唖然と見守るしかなかった。
あまりにも活き活きと美味しそうに料理を頬張る姿は、とてもつい先程まで倒れていた人間とは思えない。
「やっべ、俺の分が無くなっちまう!」
しばし圧倒されていた一行だが、各々自分達の分の食事に手を付ける。
女性は人の分まで取るような下品な行いはしなかったものの、多めに作っておいた料理は全て完食となった。
「ごちそうさま」
ゆうに2~3人分は腹に収めた彼女は、ようやく満足気にそう言った。
「いい食べっぷりじゃのう。ところで、川辺で倒れているお前さんを見つけたんじゃが、山賊に襲われたのかのう?」
そう尋ねるギルバートに、彼女は無言で頷く。
「やはりな。ワシらも襲われた。ワシはギルバート、お前さんは?」
「メイ」
そう名乗る女性は口数が少なく、それ以上のことは自分から話そうとはしなかった。
「メイさん、って言うんですか?私はキラです」
「んで、俺がディックで、そっちのヒョロいのがルークって言うんだ。いやー、ビビったぜ。川岸で君が倒れててさ」
メイとは対照的に、ディックは喋り続けた。
聞いているのかいないのか、しばらく俯いていたメイだったが、やがて席を立ちキラ達と宿の主人に向けて深く頭を下げた。
「お世話になりました」
そしてどうするのかと見守っていると、決心を固めるかのように宿の外に目をやり、ゆっくりと外へ歩き出す。
「おいおい、起きたばかりにどこへ行くんだい?」
主人の問いには答えず、彼女は宿の手前の薪割り場にあった斧を手に取る。
「親父さん。これ、借りてもいい?」
「あ、ああ。構わないが、それで一体どうするって言うんだい?」
「…………」
斧を持ったメイは、無言のまま村の向こう側の山林を睨み、そのまま立ち去ってしまった。
「どこへ行くって言うんだ?まさか、まさかな……」
メイを見送ったディックが振り返ると、キラと目が合った。
そのまま彼女は頷く。
「私もそう思います。山賊を倒しに行ったんです、きっと」
「一人でか……。さすがにまずいのう」
ひとつため息をつくと、ギルバートは立ち上がった。
続いてディックも席を立つ。
「腹ごなしにちょうどいいぜ。雑魚の群れなんざ、この俺様がチョチョイと片付けてやらぁ!」
メイが川辺で倒れていたのは、山賊に負けた故だ。一人で向かって行っては、また同じ結果になりかねない。
むしろ逃げ場となる川がない分、死ぬ危険性はより高くなる。
赤の他人とは言え、ここで知り合った以上見捨てておくわけにもいかない。
乗りかかった船だと、男二人が立ち上がる。
「ルーク、キラと共にここで待っておれ」
「お願いします」
ギルバートに言われた通り、ルークは宿に残ってキラを守ることにした。
村が山賊に襲われることもある以上、入れ違いで襲撃される恐れもある。こういう時、頭数が居るというのは強味だ。
「すまんな主人。勘定は戻ってから支払う」
ギルバートはそう言い残し、宿の扉をくぐる。
「そ、それは構わないんだが。あんた方、一体……?」
非力な村人では到底敵わない山賊に、たった一人で立ち向かおうとする女性と、それをたった二人で加勢に向かう男達。
宿の主人はとても驚いた様子でそれを見ていた。
「旅の者じゃ」
ギルバートは振り向きながら一言答えると、キラとルークを宿に残してメイの後を追った。
恐らく山賊がアジトにしていると思われる山林の中を、生い茂る草木をかき分けてメイの足跡を頼りに登っていく。
どうも彼女も山賊の残した足跡などの痕跡を辿っているようで、ところどころでメイと山賊の足跡が重なる。
移動の痕跡を探る、などという器用な真似ができないディックは、ギルバートの後をひたすらついて歩いた。
「しかし何者なんだろうな、あのメイって子。薪割り斧一本で山賊とやり合おうなんざ、マトモな神経してないぜ?」
「どうじゃろうな。武術に長けた者は、やがて得物を選ばなくなる。それだけ自信があるとするなら、あるいは……」
山道を進みながら、ギルバートは考えていた。
メイは見たところ、ディックのような無鉄砲な人物ではなさそうだ。それでいながら、一度敗れた山賊相手に再び挑むと言う。
四人も最初、不意打ちを食らうところをルークが咄嗟に反応して反撃に転じられた。
もし、メイが奇襲を受けてそれで不利に立たされていたとすれば。賊の不意打ちさえ受けなければ、返り討ちにできるだけの力量を持ち合わせていたとしたら。
そんなことを考えているうち、ギルバートは前方に人の気配を感じ取る。
「静かに。奴らのアジトが近いようじゃ」
ディックに静かにするよう伝えながら、身を屈めて茂みに隠れるようにゆっくりと前進する。
先の様子を探ると、どうやらメイは既に山賊と交戦しているようで、数人が争っていた。
「あの様子じゃと、彼女は善戦しとるようじゃな。今のうちに加勢するぞ」
「いつでも行けるぜ!」
二人は一気に茂みから飛び出し、山賊へと襲いかかった。
しかし、彼らの目の前で山賊の一人はメイに薪割り斧で頭をかち割られ、背後から襲おうとした別の山賊は振り向きざまのショルダータックルで転倒したところへメイにマウントを取られ、渾身の振り下ろしでトドメを刺される。その男が倒れて森に静寂が訪れた。
結局、一歩遅かったのか二人が到着するまでの間に山賊は壊滅した。どうやら心配するまでもなかったようだ。
周囲にはメイに倒されたと思われる、山賊の死体が多数転がっている。
「あ……」
ギルバート達に気付いたメイは顔を上げて振り向いた。
手には血濡れた薪割り斧が握られており、白い服は所々返り血で染まっている。特に二本の長い飾りが垂れ下がる帽子などは、演劇に登場する殺人ウサギ、ヴォーパルバニーを彷彿とさせた。
酷いギャップだが、粗末な武器でここまでやれるということは、中々の使い手という証拠でもある。
「んー、助けに来たつもりだったんだけどな……。これ、俺らいらなかったってオチ?」
「油断するな。奥の小屋にまだ数人潜んでおるようじゃ」
メイの暴れっぷりを警戒したのか、残る山賊は小屋から出ずに守りを固めている。
三人はそっと小屋の入り口へ近付くと、先頭のギルバートが振り返って目配せする。
「ワシがドアを蹴破る。1、2の3で突入じゃ」
「おうさ!」
ギルバートのすぐ後ろに、ディックとメイが続く。ギルバートは足に闘気を集中させる。
「行くぞ。1、2の、3!!」
ギルバートが勢い良くドアを蹴破り、闘気で硬化させた身体を盾に屋内に踏み込む。山賊達は一斉に武器を振り下ろすが、その尽くがギルバートに弾き返された。
その後からディックとメイの二人が飛び込み、怯んだ隙に山賊へ攻撃を開始する。
ディックの槍が賊の脇腹を貫き、メイの薪割り斧が肩口から袈裟斬りに山賊の身体を叩き割る。
深く食い込みすぎて斧が抜けなくなったところへ、残りの山賊がナイフで襲いかかろうとするが、メイはすかさず斧を手放し、ローキックで怯ませてから懐に飛び込み両手で賊の腕をねじり上げた。
ギルバートが最後の一人に文字通りの鉄拳を食らわせ、ついに乱闘の勝負が決した。
片田舎では大きな顔をしていられた山賊も、粒ぞろいの戦士の前ではあまりにも分が悪かった。
その中でも、前半一人で戦いつつも山賊を圧倒していたメイはかなりの腕前であり、ただの旅人ではない事は明らかだった。
「へ、へー。君も何て言うか、結構やるじゃん。まあ俺様には敵わないけど?」
そう言いながらも、ディックは返り血まみれのメイが若干恐ろしかった。白い服に鮮血の赤がより目立つ。
「しかし、勝算はあったようじゃが、ここまでして何をしたかったんじゃ?」
単純に恨みからくる復讐とは思えない。ギルバートの質問に、メイは黙って小屋の奥の扉を開けた。そこには、山賊が今まで奪ってきたと思われる、食糧や金品が溜め込まれている。
メイはその中から、ボロボロの荷物袋と、彼女の本来の得物と思われる両手持ちの長柄戦斧を取り出した。重そうな戦斧を背に担ぐと、メイは荷物袋を二人の前に差し出してみせる。
「私の荷物。依頼品が入ってるの」
一見他の物と比べて価値がないように見えるそれは、彼女にとっては重要な物だったらしい。
「ふーん、ただのガラクタに見えるけど。でよ、このお宝の山どーすんだ?」
「村に返すのが無難じゃろう。後でこの場所を教えて、村人に取りに来てもらうとするかのう」
それを聞いたディックは、口を尖らせ抗議する。
「ちょっとくらい貰ってもいいんじゃねぇか? 山賊を退治したのは俺らなんだし、当然の権利だろ?」
「盗品はやめておいた方がいいぞ。山賊退治の報酬なら、後で村から貰えばいいことじゃ」
こうして不服そうなディックを連れて、三人は山賊のアジトを後にした。
村の宿へ戻る際、ギルバートはメイにまず返り血を落とすよう伝える。
「あのキラという娘なんじゃが。彼女が、相当に血を恐れるらしくてのう。すまんが、彼女に会う前に……」
「いいよ」
メイはそれだけ答え、先に村の水場へ向かった。
(普通の人は、こういうの怖がるもんなぁ……)
彼女自身はもうすっかり血には慣れたものだったが、返り血塗れの姿を見た周囲の人間に引かれたことは何度かあった。
ウサギのような帽子と白い毛皮の服にこびりついた赤のコントラストが、より不気味さを際立たせるらしい。
メイは一人で黙々と、服を着たまま水を被って汚れを落とした。
その間にギルバートとディックは村に事の顛末を伝える。
山賊が退治されたとの知らせに村人は大いに喜び、金を出し合って謝礼を払うことにも快く応じてくれた。小屋の場所を知らされた彼らは、後日奪われた金品を回収しに向かうそうだ。
その日は宿で宴会となった。山賊の退治祝いにと村人も集まり、多くの酒と料理が振る舞われた。
服の返り血を落として宿に戻ってきたメイが、主人に薪割り斧を返してから、またも大食漢ぶりを発揮して、その場に居た全員を圧倒したのは言うまでもない。
ディックはディックで、ようやく念願の魚料理が出たことを喜んだものの、同時に複雑な顔を見せていた。
「俺も釣りに行ったってのに、釣れたの一匹だけなんだぜ、一匹!」
文句を言いつつも、村人の釣った魚を美味しそうに頬張るディック。
彼は肉料理よりも魚の方が舌に合っている様子だった。
料理を食べるだけ食べる中、メイはキラからの質問攻めにあっていた。
女ながらに悪漢を圧倒すると聞いた彼女は、酒が入ったこともあって好奇心を全開にしてメイと話し込んだ。
「へぇ、メイさんって冒険者なんだ。色んな仕事を請けて、あちこち旅をするんですよね?」
荒事もこなす便利屋、それが冒険者と呼ばれていた。彼らは時に賊を退治し、時に洞窟や遺跡に潜り、時に街中で人探しや届け物を行う。
メイは変わった依頼として、屋敷の年末大掃除や、迷子の猫探し、発見されたばかりの地下道の調査など、それまで請けた仕事の話をいくつか聞かせた。
「それで、今は届け物」
そう言ってメイは荷物袋から厳重に梱包された箱を取り出した。
これが、山賊に戦いを挑んででも取り戻したい依頼品だったらしい。
「これ、誰のところに届けるんですか?」
「フォレスの賢者リリェホルムに」
それを聞いたキラは思わず声をあげる。
「あっ、その賢者さんって、私達もこれから訪ねようとしてるんですよ!実はこの剣を調べてもらおうと……」
そうしてキラはメイにこれまでの経緯を語った。
記憶を失ったこと、唯一の手がかりがこの剣であること、そして剣を鑑定できるソフィアの居るフォレスを目指して旅をしていること。
メイはその話を、相槌を打ちながら口を挟まず聞いていた。
「せっかく行き先が同じなんだから、フォレスまで一緒に行きませんか?メイさんの冒険談とかもっと聞かせて欲しいし」
キラの申し出に、メイも頷いて答える。前髪が長く目は隠れているが、口元は笑っていた。
「うん。あと、メイでいいよ。普通に喋って」
「え?い、いいのかな……メイ。失礼だったりしない?」
見たところ、メイの方が少し年上だ。戸惑いながらそう聞くキラに、メイは首を横に振る。
「いいよ、これで友達」
そう言って彼女はエールの注がれたジョッキを掲げてみせた。乾杯の合図だ。
「友達……。そっか、友達か」
キラも同じくジョッキを掲げ、テーブルの上で二人のジョッキがぶつかり軽快な音を立てる。
既にキラの表情に迷いはなく、あるのはメイと同じ笑顔だった。
(このキラっていう子、気が合いそう。お父さんも、人との縁は大事にしろって言ってたし)
メイの直感通り、二人はいい友人になれそうだった。
「最初見た時から思ってたんだけど、メイのその帽子、ウサギみたいで可愛いね。どこで売ってるの?」
興味津々でキラはメイの帽子から垂れ下がる飾りに触れる。
少し硬い毛皮の感触が、心地よい手触りだった。
「ありがとう。誕生日に、服と一緒に貰ったの」
キラは可愛いと言うが、それは血塗れの姿を見ていないから言えることだ。
(前にドン引きした人達、ヴォーパルバニーみたいだって見ただけで逃げて行ったなぁ……)
ひとたび怒らせれば、演劇さながら斧で首を狩る恐怖の殺人ウサギ。だが普段の彼女は寡黙で温厚だった。
自分からはあまり話さないが、キラの話に耳を傾け、質問にもちゃんと答える。
会って間もないにも関わらず、二人は意気投合して盛り上がった。
ルークは少し距離を置きつつ、そのやり取りを眺めていた。
(友達、友達か……)
上機嫌で話すキラの顔を見ていると、彼にも思うところがあった。
(男ばかりで肩身の狭い思いをさせてしまっていただろうな。記憶を失った今だからこそ、友が必要かも知れない)
彼女にとっては、年の近い同性の友人は初めてだろう。
それまでルーク達に見せていたのとは違う、年相応の屈託のない笑顔を見ていると、自分ではその代わりになれないのだとルークは実感した。
「おぉい、何シケた面してんだよ!せっかくタダで飯も酒も奢ってくれるっつーんだからよ、もっと楽しめよオラ!」
酒に酔ったディックがエールの注がれたジョッキを持ってきた。
半ば強引に勧められるままに、ルークもエールを喉に流し込む。
「何だぁ、友達が羨ましいってかぁ?んじゃあ俺がオメーのダチ公になってやんよぉ!ほぅら喜べー!」
ディックは笑いながらルークの肩を叩き、彼は迷惑そうにしている。
そんな二人のやり取りを、ギルバートは静かに見守っていた。
(こういう席も昔はよくやったのう。大抵一人か二人、羽目を外すのがいて、そいつに絡まれて迷惑そうにしとる奴がいて……)
かつて武芸者として大陸中を旅して回った頃を思い出しながら、ギルバートもかつてのように酒を煽った。
今となってはもう昔の記憶。当時もこうして、仲間と共に広い世界を歩いたのだ。
その旅も終わり、旅の中で会得した闘気術の継承者も見つかり、後は田舎で隠居して余生を過ごすものとばかり思っていた。
(いいもんじゃのう。またこうやって旅ができるというのは)
しみじみと思い出に浸っていたギルバートだが、酔っ払ったディックが一人しんみりと飲むことを許さなかった。
「よぉ、ジジイー!あんたも俺のダチ公に加えてやるずぇー!俺と、ルークと、ジジイで、アルバトロスの三羽烏よぉ!わははは!!」
無理矢理引っ張ってきたルークとギルバートの肩を両手で抱き、ディックが豪快に笑う。すっかり有頂天な様子のディックに、ルークとギルバートは顔を見合わせて苦笑した。
宴の夜が明け、宿でぐっすりと眠った翌朝、キラの提案で改めて一行はメイを仲間に迎え入れた。
「ふむ。行き先が同じなら、互いに支障はないじゃろう。腕も立つ」
「まあ、キラちゃんの護衛なら俺一人で十分なんだけどな。一緒に行きたいって言うんなら、しょうがないぜ。仲間にしてやってもいい」
口ではそう言いながらも、ディックは嬉しそうな様子だった。
ルークもメイの同行には好意的だった。キラがこれほど嬉しそうに笑う姿は彼も見たことがなく、そんな尊いものをくれた彼女を拒む理由はなかった。
依頼品をフォレスへ運ぶ道中、という明確な動機も安心材料だった。
「私も賛成です。目的地までは近いですが、その間よろしくお願いします」
ある程度信用できて、かつ戦えるのならば戦力として申し分ない。満場一致で、メイはパーティに迎えられた。
「皆さん、ありがとうございます。じゃあ行こ、メイ!」
笑顔でそう言うキラに、メイも頷いて答える。
「うん、よろしく」
こうしてまた一人加わり、五人になった一行は村人に見送られながら農村を後にした。
ここまで来れば、フォレス共和国までは近い。目指す賢者の下まで、あと一歩というところに来ていた。
To be continued
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