第9話 『助っ人』
北のフォレス共和国を目指す旅を始めて8日目の日暮れ。道半ばで高熱を出したキラを背負い、ルークは最寄りの村を目指して走っていた。
前日雨に降られて身体を冷やしたせいで、体力のないキラはたちの悪い風邪を患ってしまった。今すぐにでも医者の治療が必要とルークが気付いた時には、かなり危険な状態に来ていた。
村までは2~3時間の距離だったが、雨でぬかるんだ地面に足を取られる。こうしている間にもキラの容態は悪化しており、ルークはかなり焦っていた。
ルーク自身も息を切らし、体力の限界に達しながらも、何とか目的の村へと辿り着いた。既に夜の帳が下りる中、彼はキラを背負ったまま村の医者の下へと駆け込んだ。
「どうした、急患かね?」
黒いコートに黒い帽子、そして顔には鳥のクチバシのような突起のついた白い仮面。見るからに異様な格好だが、医者はよくこの服装をしていた。仮面のクチバシ部分には殺菌効果があるとされる薬草が詰まっており、それが患者からの病気の感染を防ぐと信じられていた。
「高熱が下がらないんです、すぐ診てください」
医者に促されるまま、ルークは診療台の上にキラを下ろした。ランプを明かりを頼りに医者はキラの容態の診察を行う。
「ふーむ、たちの悪い風邪にかかったようだな。解熱剤を出すから、それでしばらく様子を見てくれたまえ」
「ありがとうございます」
ルークはほっと胸を撫で下ろし、礼を言った。
薬を飲んだキラはしばらくすると熱が下がったのか、呼吸も落ち着き意識を取り戻した。
最初、自分がどこにいるのか分からず呆然と口を開けていた彼女だが、ルークから聞いて高熱で倒れ村の診療所に運び込まれたことを知る。
「すいません。私、迷惑かけてばかり……」
診療所のベッドに横たわるキラの表情は、身体が弱っているせいもあってか曇っていた。
「いえ、風邪を甘く見ていた私の責任でもあります」
旅慣れた冒険者や戦い慣れした兵士の体力ならば、あるいは風邪など捻じ伏せられたかも知れない。だが彼女は、あくまで一般人の域を出ない。
今まで付き合ってきた、カイザーやジョイスのような屈強な戦士達とは違うのだ。それを責めても仕方がない。
「とにかく、今は身体を落ち着けて治療に専念してください。治ったら、フォレスに向けて出発しましょう」
キラは申し訳なさそうに頷いた。
熱は下がったとは言え、しばらくは安静が必要だ。今日はもう遅いので眠るよう、ルークはキラに伝えた。彼女が眠りに落ちると、野営の時そうしてきたように彼は隣でキラを見守り続けた。
医者のおかげで峠は超えたとは言え、見知らぬ土地で病に伏せってさぞ心細いだろうと、起きている間は口下手ながらなるべく話し相手を努め、寝ている間もずっと側についていた。
そんなルークの献身もあってかキラは順調に回復し、2日で元通り歩けるようになっていた。
「大丈夫ですか?病み上がりが一番危険ですよ」
気持ちが逸るキラだが、ルークは慎重に彼女の体調を案じた。治ったつもりでも、無理をすればまたぶり返すことは十分にあり得る話だ。ルークは念のため、後一日だけ村に留まり、様子を見るように提案した。
「はい、そうします。……熱が上がった時、とても辛くて『このまま死んじゃうかも』って思ったんですけど、ルークさんが側にいてくれたお陰で、大丈夫だって思えたんです」
「それはよかった」
いつも通り答えるルークだが、内心少し照れ臭かった。
無意識に守り石を片手でいじりながら、かつて自分も熱を出して家族に看病してもらった時の記憶を思い出した。
翌日、一日容態を見て彼女が完治したことを確認できたルークは、再出発の準備として途中で捨てた分も含めて荷物を買い直し始めた。キラはそれほど重くはなかったものの、彼女を担いで村まで走らねばならなかったので、最低限だけ残して後の荷物はその場に置いてきてしまったからだ。
必要な物資を再び揃えてから二人は村を後にした。キラの養生のために村に留まったので、予定よりも歩みは遅れていた。
村を発ってから2日、キラはすっかり元気になり、遅れを取り戻すように二人は順調に旅路を進んでいた。その間特にトラブルもなく、平穏な道中にキラも心の安定を取り戻し、再び旅を楽しむ余裕も出てきた。
次の村はもうすぐで、ふと思い出したルークは懐に仕舞っていた一枚のメモを取り出した。
「そう言えば、次の村ですね。ジョイスさんが言っていたのは」
旅立つ前、ジョイスが手助けをしてくれる人物がいると言って、訪ねるよう助言してくれた村だ。小さな田舎村で、治安もいいと聞いている。
「どんな人なんでしょうね?」
キラは興味津々だったが、ルークも好奇心を惹かれないと言えば嘘になる。あの猛将ジョイスの師匠とは、一体どんな人物なのだろうか。
ジョイスが紹介するくらいなのだから、信用はできるはずだ。腕前の方も、ジョイスのあの強さを見れば大体想像はつく。
後は人柄としてどんな人間なのか、キラとうまく馴染むかどうかルークは気にしていた。よほど性格に難があるわけでもなければ、何とかして協力を取り付けたいところだ。少しでも手助けしてくれる仲間が必要だと、この数日でルークも痛感していた。
しばらく行くと、目的の村が見えた。聞いた通りの小さな農村で、人口も少ないようだ。これなら人探しも簡単だろう。
二人は村に入ると真っ先に宿を取り、件の協力者を探すことにした。ルークがメモを片手に村人に聞き込みを行うと、すぐにその人物がどこにいるのかが分かった。
「ああ、ギルバートさんね。あそこの家にお住まいですよ」
「ありがとうございました」
キラ達は村人に礼を言って、示された民家へ歩いて行った。何の変哲もないごく普通の小さな民家で、家の前には一人の老人が椅子に腰掛け、帽子を顔に乗せて昼寝をしていた。
ルークが声をかけようと近付くと、気配を察したのかその老人は目を覚まし、日除けにしていたと思われる帽子を取ってかぶり直し、二人に目をやった。
「客人とは珍しい。ワシに何か用かな?」
椅子から立ち上がると、ジョイス程でないにしろ長身で体格からして鍛え込まれていることが分かった。金色の髪と髭は綺麗に切り揃えられており、身だしなみにもきちんと気を配っていることが伺える。むさ苦しさを感じさせない、老紳士だ。
ルークはこの老人こそ、ジョイスの言っていたギルバート・アリンガムに違いないと確信する。
「ギルバートさんですね?私はルーク、彼女がキラです。帝都のジョイスさんから紹介されて来ました」
「ジョイスから?ふむ、立ち話も何だ。中に入るといい」
興味を持ったギルバートは、二人を自宅へと招き入れた。
多少狭いものの、室内は小ざっぱりと整頓されており、居心地の良さを感じる。
促されるまま席に座ったキラとルークに、ギルバートは茶を出してから自らも椅子についた。恐らく60~70代と思われる彼は、言動や体の動きからしてとてもしっかりとしており、衰えていないように見えた。日頃鍛えているためだろう、体格の良さからもそれが伺える。
「それで、どんな用事でこんな片田舎まで来たんじゃ?ジョイスが紹介してきたということは、何かわけがあるんじゃろう」
ルークは茶に口をつけながら、かいつまんでギルバートに経緯を説明した。
キラは記憶喪失であること、所持していた宝剣を鑑定してもらうためにフォレスを目指していること、そしてジョイスとは革命戦の繋がりで知り合ったこと。
話を聞きながら、ギルバートは興味深そうに相槌を打っていた。
「ジョイスさんから、あなたを訪ねれば協力してくれるかも知れないと聞きました。どうでしょう、フォレス共和国までキラさんの護衛を引き受けては貰えませんか?」
護衛の報酬として渡せる金額は、それ程多くはない。タダ働き同然の頼みを果たして、快く引き受けてもらえるかルークは疑問に思っていたが、意外にもギルバートは即答でそれを受諾した。
「いいじゃろう。任せておけ」
「本当にいいんですか?!」
驚いたキラは思わず身を乗り出すが、ギルバートは力強く頷いた。見た目に違わず、男気のある人物らしい。
「どうせ、やることもないのでな。それにお前さん達の話は興味深い、面白そうじゃ。何なら帝都への帰り道まで、付き合ってやってもいいぞ?」
暇を持て余しているという話は、どうやら本当だったようだ。
記憶を失った謎の娘、キラにすっかり興味津々になった彼は、自分の目でその正体と行く末を見届けるつもりになっていた。
また、ジョイスと共に革命戦を戦い抜いたルークにも、少なからず関心を持ったようだった。
(怪しい人物ではないし、社交的でキラさんともうまくやっていけそうだ。彼なら問題ないだろう)
実際にギルバートと話してみて、ルークはそう判断した。剛気でかつ陽気なこの老人は、心強い味方になってくれると確信を得た。今後何かあっても、二人いればキラの安全を確保できるだろう。
「ありがとうございます。明日にでも準備を整えて出発したいのですが、構いませんか?」
「今すぐにでも発てるぞ。出発する時にまた声をかけてくれ」
そう言ってギルバートは帽子のつばを掴み、その向こうから自信ありげな笑みを浮かべた。
それからルークは周辺の地図を取り出し、どれくらいのペースで進み、どの村を経由してフォレスまで行く予定なのかを話し出した。
具体的なルートのプランは、ジョイスから助言を貰い修正されたものだ。当初はもっと急ぎ足で向かう予定だったが、素人に野営を長く強いるのは無理があると指摘されて、立ち寄る村を増やしペースを緩めた。
到着は遅くなっても、その方が負担が少ないというジョイスの言葉も、もっともだと考えたからだ。
そうして二人が旅の段取りを相談していると、急に外が騒がしくなった。村人の悲鳴のような叫び声が、静かだった村にこだまする。
異変を察知したギルバートは、話を中断し立ち上がった。
「……何かあったようじゃな」
何もない田舎村で、こんな不穏な騒ぎが起きることは滅多にない。ギルバートに続き、キラとルークも警戒しつつ家を出た。
外では村人達が逃げ惑っており、どうやら野盗の襲撃を受けたようだった。ガラの悪い男達が武器を振りかざし、村人が反撃してこないのをいいことに畑を踏み荒らしている。
「お、やっぱりこの村にいやがったな。ようやく追い付いたぜ、姉ちゃん達!」
向こうはキラ達を知っているようで、二人を見るなりぞろぞろとその前に集まり各々手にした武器を向ける。
「知り合いか?」
「いえ、知らない人ですね」
振り向いて尋ねるギルバートに、ルークは覚えがないと首を横に振る。
すると盗賊の一人が、激高して怒鳴り出した。
「あぁん?!忘れたとは言わせねぇぞ、この腕の傷!よくもナイフをぶっ刺してくれたなぁ!」
そう言って傷跡の残る右腕を見せると、一本の投げナイフを二人の目の前に投げつけた。それに他の盗賊達も続く。
「俺は魔法で吹っ飛ばされた!あの痛みは忘れねぇぜ!」
「剣で叩かれた!どう落とし前つけてくれんだ、あぁ?!」
そこでようやくルークは思い出した。彼らは旅に出た初日、休憩所で襲ってきたならず者達だ。よく見れば、森の中で襲ってきた連中とも一致する。ルークに撃退されたのを根に持ったのか、ずっと後を追い掛けてきていたようだ。
その執念をもっといい方向に使えないものかと、ルークは心底呆れ返った。
「懲りない人達ですね。今度こそ手加減はしませんよ?」
キラをギルバートに任せて家の中に避難させれば、全力で戦える。そう思い剣を抜いて前に出ようとするルークを、ギルバートが制した。
そして代わりに、彼が盗賊達の前へと進み出る。
「どれ、手始めにこいつらを片付けて見せよう」
「相手がただのならず者とは言え、丸腰では危険です!」
思わずルークは、ギルバートを引き留めようとした。
彼は普通の上着にズボン、そして帽子しか身に付けておらず武器も防具も持っていない。
対する盗賊は雑多とは言え、しっかり武装を固めていた。いくら鍛えていても、武器も持たぬまま挑むのは無謀と言うものだろう。
だがギルバートは自信満々にこう言った。
「なに、すぐに済む」
「引っ込んでろジジイ!俺達が用があんのは、後ろの姉ちゃん二人だけなんだよぉ!」
血の気の多い一人がギルバートを脇を抜けてキラ達に襲い掛かろうとするが、ギルバートの腕が胸ぐらを掴み上げそれを許さない。そのままその盗賊はギルバートに放り投げられ、仲間達に衝突した。
これにはならず者達も激怒し、標的をギルバートに変えて一斉に襲い掛かった。
「ジジイ、ぶっ殺してやる!かかれぇ!」
だが彼らの武器が、ギルバートの身体に突き刺さることはなかった。
闘気によって硬質化された彼の肉体は、盗賊の雑多な武器の刃を全く通さない。生身の肉体に鉄の武器が受け止められるという異様な事態に、盗賊達は混乱した。
「ふっ、少々お灸を据えてやるとするか」
そう言うとギルバートは、自分の身体に突き立てられた武器をひとつ、素手で握ると引っ張り寄せた。武器を握る盗賊も、引っ張られるまま至近距離まで接近する。
ギルバートはその一人を直接掴むと、老人とは思えぬ怪力で棍棒のように振り回し、群がる賊を薙ぎ払った。
怯んだ彼らに、更に容赦の無いストレートパンチが炸裂する。ならず者は大げさに吹き飛び、後ろにある先程自分達が踏み荒らした畑へとダイブしていった。
「この野郎!」
今ならやれると、脇から一人の盗賊がナイフで斬り掛かるが、ギルバートはその刃を人差し指と中指の間に挟んで受け止めた。慌てて引っ込めようとする盗賊だったが、指に挟まれたナイフはビクとも動かない。
実戦経験のある剣士ならば、そこで武器を一度手放して回避するという選択肢も浮かんだだろうが、そこは素人に毛が生えた程度のならず者。抜けないナイフを引き抜こうと必死で、もう片方の腕から繰り出されるアッパーを避け切れなかった。
更に背後に回った盗賊が剣で斬り掛かろうとするが、後ろに目でもついているのかギルバートは振り向くこともせず後ろに肘鉄をかまし、それは賊の顔面に命中した。
続いて左右から挟撃が迫るが、ギルバートはすかさず後ろに退いてかわし、更に両手を広げて挟み撃ちが空振りに終わった賊二人の頭をつかむと、シンバルを叩くように衝突させた。盗賊二人の鼻が折れ、悲鳴と共に鼻血が吹き出す。
「こいつを食らいやがれ!」
激高した盗賊は長柄斧を力いっぱいギルバートに向けて振り下ろすが、ギルバートは右腕をかざし素手でそれを受け止める。闘気によって硬化した腕に勢い良く叩きつけられた斧の刃は、呆気無く砕け散った。
「ええええ?!」
「質の悪い安物を使っとるからじゃ」
ギルバートがチョップで斧の柄を叩き折ると、まだ一撃もパンチを食らっていないうちにその盗賊は戦意を喪失し、両手を上げて降参した。
殴られて怪我をする前に白旗を揚げる方が得策だと判断した彼は臆病かも知れないが、賢明だった。だが賢いとは言えない彼の仲間達は、なおも抵抗を続ける。
「くたばれ、このクソジジイー!!」
破れかぶれにメイスを叩きつけようとする盗賊だったが、ギルバートは軽くいなすと相手の腕を掴み他の盗賊目掛けて放り投げる。
「年長者は敬わんか」
「クソジジイめが……!俺の子分を随分可愛がってくれるじゃねーか!あぁん?!」
ならず者の中でも一際大柄な頭目、あの森で襲ってきた大男が前に出てきてギルバートと対峙する。
「分かった分かった、耳は遠くないから聞こえとるぞ。そんな大声出さんでもいい」
大声で威圧する頭目に対して、ギルバートは余裕綽々という態度を崩さない。がたいのいい男二人が睨み合う。
「やっちまってくださいよ、兄貴ィ!」
手下の声援に乗せられて、賊の頭は背負った大剣を抜いてギルバート目掛けて振り下ろす。が、頭目自慢のその大剣はギルバートの拳一撃で、粉微塵に砕かれてしまった。
「あわわ、あわわわわ……!」
「いい加減学習せんもんかのう」
鉄の両手剣をへし折られて恐れをなした頭目の胸ぐらを、ギルバートが掴み上げる。
「す、すいません。勘弁してください。こいつらは捕まえていーんで、俺だけはどうか」
「そりゃないっスよ兄貴!」
痣を作った子分から、抗議の声が上がる。
「何じゃ、自分だけ助かりたいのか。仲間を差し出しても?」
「助けてくれたら、何かお礼とかできっかなーって。あ、俺お爺さんの舍弟になってもいいです」
目を逸らし、滝のように冷や汗をかきながら、頭目は慈悲を乞う。
「いらん」
ギルバートは一言そう答えると、頭目にフックをお見舞いした。鋼鉄より硬い拳がならず者の横っ面にめり込み、彼を弾き飛ばす。頭から地面に激突した頭目は、情けない姿でその場に転がった。
平和な村に訪れた乱闘は、こうしてギルバートが圧倒した。武装した盗賊達はたった一人の丸腰の老人に一方的に敗れ去り、身体のあちこちに痣を作った末、降参した。
対するギルバートは防具ひとつ身に付けていないにも関わらず、全くの無傷だった。文字通り、盗賊達の武器では歯が立たなかったのだ。
キラとルークの二人は、ただ唖然とその光景を見ているばかりだった。
「す、凄いですね……」
「ええ、さすがはジョイスさんの師匠と言ったところでしょうか」
ルークも彼の教え子のジョイスと試合で手合わせしたことがあるが、やはりジョイスも素手の体術使いだった。
革命戦で具体的にどう暴れたのか、兵士達の証言は抽象的で今ひとつ詳細を掴みかねたのだが、目の前でギルバートに実演されてようやく誇張でないことが分かった。
試合の時に練習用の剣が弾き返されたのは、刃のない木剣だったからではなかった。どうやらそんな生温い硬さではない。
恐らくギルバートから技を伝授されたジョイスも同様に、生身の身体で鋼鉄の武器を跳ね返し、鎧を打ち砕いたに違いない。敵兵にとっては、悪夢以外の何物でもないだろう。
「暇潰しにもならん連中じゃったわい」
倒した盗賊を全員縛り上げると、ギルバートは自慢気にそう言った。賊は後で街道の警備隊に引き渡すつもりのようだ。
「あなたの実力、確かに見せてもらいました。これなら、この先の旅路は安全そうです」
これだけ”出来る”人物を味方につければ、もう今後キラの身の安全が脅かされることはないだろう。この豪腕を持つ老人に、背を預けて大丈夫そうだ。
「今のを実力と思ってもらっては困るな。この程度のゴロツキに本気を出す程、まだまだ落ちぶれてはおらんぞ?」
不敵に笑うギルバートと一旦別れ、二人は宿で一泊する。
ここでも料理はセルフサービスとなっており、野盗も退いた今、何の心配もなくゆっくりと調理に取り掛かった。
肉類の蓄えはなかったものの、この村の宿は野菜が豊富だった。パンを焼きながら野菜のスープとサラダを手際よく用意し、じゃがいもが大量にあったので油で揚げて揚げじゃがを作る。
席についたキラとルークは、作りたての温かい料理に口をつけた。
都会も都会である首都では肉や調味料なども使ってもっと濃い味付けの食事をしていたが、ここ最近で薄味の料理も舌に馴染んできていた。
何せ、野営中は乾燥させた携帯食料しか食べられない。質素な食事でも、ちゃんとしたものが食べられる有り難みというものを、キラは感じていた。
「ギルバートさん、本当に強かったですね」
夕食の最中、キラは呟いた。
「私も、あれ程とは思っていませんでした。彼が居てくれれば安心でしょう」
ギルバートがどこであのような武術を習ったのかは分からない。ただひとつ確かなのは、その技術が弟子のジョイスへと受け継がれているという点だ。
あの強さを戦場で発揮してくれるなら、カイザーが右腕として重用するのもうなずける。
「ジョイスさんも、やっぱり強かったんですか?」
話を聞いたキラは、率直に尋ねた。
彼女は革命戦の後でジョイスと面識を持ったものの、彼の戦いぶりまではよく知らない。
「ええ、歯が立ちませんでしたね。ギルバートさんに並ぶ剛の者と言えるでしょう」
ルークはかいつまんで、革命の準備期間の間にジョイスと手合わせをした時のことを話した。
あの時は、自分には一本取るだけで勝てるという大きな下駄を履かされていたにも関わらず、その一本が取れずにストレート負けしてしまった。
カイザーが強気なハンディを設けるわけだと、ルークは後で納得することになる。
「二人共、強いのに優しくて、全然怖くないのって凄いですよね」
師のギルバートは社交的な老紳士、弟子のジョイスは軍人でありながら相手に威圧感を覚えさせない柔らかな物腰をしていた。
どちらも戦いの際の暴れっぷりが想像できないくらいで、人付き合いをする上ではまたひとつの武器であったに違いない。
(しかし、思えばギルバートさんとジョイスさんはどこで知り合ったのだろう?)
ふとキラと話していて、ルークは疑問に思った。
ジョイスの発音には訛りがあり、アルバトロス領でも南方の出身であると思われた。
対してギルバートは今でこそ北部寄りの村で暮らしているが、南方含め各地の母音の発音が混ざりあった言葉で話しており、長く各地を旅していた者独特のもので間違いない。
二人に接点があったとすれば、ギルバートが旅をしていた頃だろうとルークは考えた。
(機会があれば、一度尋ねてみようか)
かつてギルバートが旅人か、それに近い人物だったことは推測できる。
キラにとっては興味深い話になるだろうし、ルークにも旅人の先輩の知恵を知るチャンスになるかも知れない。
夕食を終えた二人は翌日に備えて早めにベッドで休み、翌朝には村の出口でギルバートと合流する。
先に待っていたギルバートは相変わらず武具などは持たず、旅の支度だけをしてきたようだ。昨日と変わらぬ出で立ちで、荷物だけを担いできた。
だがキラもルークも、何も言わなかった。この屈強な老人は肉体そのものが武器であると、前日にしっかりと証明されたからだ。
「ギルバートさん、短い間ですがよろしくお願いします」
そう言って頭を下げるキラに、ギルバートも帽子を取って一礼して返す。
「ワシの方こそ、よろしく頼むぞ。どんな旅になるか楽しみじゃわい」
こうしてギルバートを加えた三人は、北のフォレス共和国を目指して街道を進み始める。
後にギルバートとの縁は深く、そして重要なものとなるのだが、この先に何が待ち受けているのかキラはまだ知らない。
To be continued
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