第3話 『影の指導者』

 ルークが帝国の兵士と激しい戦闘を繰り広げ、結果敗北してから数刻後のこと。

 一方で攫われたキラは、きらびやかに飾られた一室で目を覚ました。

 ベッドから身を起こすと彼女は室内を見渡す。

 寝かせられていたベッドを始め、家具はどれも鮮やかに装飾されており、素人目にも高級であることが分かる。

 テーブルには水差しと果物まで置かれており、甘い香りが食欲を掻き立てるが、勝手に食べてはまずいだろうとキラは手をつけずにいた。

 まさしく王宮の一室という表現が似合う部屋である。

 ただひとつ、頑丈な扉に鍵がかけられており出られないという点を除いては。

「出られない……。どういうことなの?」

 キラは困惑していた。

 目覚めてからしばらくの間室内を見て回ったが、窓は頑丈な柵がはめられており、唯一ある扉も固く閉じられている。

 この空間から脱出する術はない。

 ともすれば、この上質で心地良さそうな部屋も事実上は牢獄なのである。

 彼女はここに監禁されたのだ。

 だが何故なのか。

 牢屋に閉じ込められるような事をした覚えは勿論なく、ただ投獄するだけならこんな上等の部屋を用意する必要もない。

「…………」

 不可解な状況にキラが首を傾げていると突然、それまで開閉を頑なに拒んでいた扉が開いた。

 自然とキラの全身が緊張で強ばる。

 扉から入ってきたのは、装飾された甲冑とマントに身を包んだ兵士が数人と魔術師と思われるローブ姿の男達、そして頭に冠をかぶった中年の男だった。

 冠の男を中心に、一団は迷わずキラの前へと進んだ。

 残る兵士は唯一の逃げ道と言える扉を固める。

「えっと、あの……」

 キラは何か言葉を口にしようとするものの、混乱のあまり言葉にならない。

 冠の男は彼女が戸惑い右往左往する姿に、熱のこもった視線を向けた。

「ほう、貴様が異能の者か。見た目はただの小娘と変わらぬな」

 彼がそう言うと、すぐ隣に立つローブを着た魔術師が頷く。

「この者は、まだ力に目覚めておりませぬゆえ。今はただの人間と変わりありません」

 ふん、と鼻を鳴らした冠の男は値踏みするかのごとく、キラを上から下まで眺め回した。

 絡み付くような不快感、そして何より男のギラつく視線が彼女の恐怖心を煽り立てる。

 既にキラは、この男は自分の”敵”なのだと確信していた。

「まあいい。小娘よ、我こそはアルバトロスの頂点、皇帝メイナード六世である。心して聞くがよい」

 尊大な態度で自らを皇帝と名乗ると、男は話し始めた。

「貴様は気付いていなかろうが、貴様は異能者だ。特別な力を秘めておる。これからその力、余のため、余の帝国のため活用してもらうぞ」

「ひ、人違いです。私はただの……」

 皇帝が何を言っているのか訳も分からぬまま、ようやくキラは勇気を振り絞り否定の言葉を口にするも、彼は聞く耳を持たず言葉を遮った。

「もうよい。貴様は余の言う通りに、従っておればよいのだ。じきに余の言葉の意味も分かる時が来るだろう」

 それだけ言うと皇帝は満足気にほくそ笑み、きびすを返して出口へと歩み出す。

 キラも後を追って部屋を出ようとするが、すぐに兵士が行く手を阻む。

 彼らは彼女をここから出すつもりはないのだ。

「待ってください、ここから出して! ルークさんに会わせてください!」

 彼女の必死の訴えも、兵士達、そして皇帝には届かない。

 キラの声など聞こえてないかのように、皇帝は魔術師と歩きながら話し始めた。

「研究は明日からでも取り掛かります。しかし覚醒がまだであれば、まずそれを促すのが先決かと……」

「やり方については任せる。だが急ぐのだぞ」

 それ以降のやり取りは、扉が閉じられたため聞こえなかった。

 キラはすぐ扉を開けようとノブを回すが、再び施錠されたドアは前と同じく固く閉ざされている。

 少し躊躇してから体当たりをしてみるものの、彼女の非力な身体では頑丈な作りの扉はビクともしない。

 ただ肩が痛くなっただけである。

 キラは脱出を諦めた。

「どうしよう、私……異能者って何なの?」

 自分の体を両手で強く抱くと、キラはそのままへたり込んでしまった。

 困惑と恐怖から全身の震えが止まらない。

 つい昨日まで穏やかな毎日だったと言うのに、自分が何をしたと言うのだろうか。

 嗚咽を堪えながらキラは微かに言葉を搾り出す。

「助けて、ルークさん……」


 ちょうどその頃、頭痛の名残を感じながら、ルークは目を覚ました。

 頭はぼんやりとしており、まだ記憶も曖昧だった。

 どこかの部屋に運び込まれたようで、今はベッドに寝かせられている。

 見ると傷の手当てもされ、痛みは大分収まってきていた。

「目が覚めたようだな」

 不意の声に振り向くと、ベッドの横の椅子に帝国軍将校の甲冑を纏った大柄な男が腰掛けていた。

 長身で、相当鍛え込まれているのか体格はがっちりとしている。

 金髪をオールバックで決めたその男は、軍人にありがちなむさ苦しさは無く、爽やかな印象すら受けた。

 歳は30歳前後に見え、軍の将校としては若い方だった。

 その男に既視感を覚えたルークは思わず尋ねた。

「あなたは……どこかでお会いしましたか?」

「会ってるぞ、ついさっきな。街中で暴れているお前を、取り押さえたのが俺だ」

 そう言われて、ルークは俯きながら先程の出来事を思い出そうとした。

 一心不乱の乱闘の最中だったので記憶が若干怪しいが、確かに目の前の男と一戦交えたような覚えがある。

 同時に手も足も出ず敗北したことも、何となく思い出された。

「……ここは?」

 見渡せばそこは石造りの堅牢な部屋だったが、決して牢獄ではない。

 整頓されながらも生活臭のする空間で、ベッドの他には執務机と備え付けの暖炉、壁には帝国軍の国旗や大陸の地図、額縁に飾られた勲章などがかけられていた。

「俺の私室だ。内密に話をするには、ここが一番都合がいい」

「内密……?」

 不穏な気配を感じたルークは、眉をひそめながら男の顔を睨む。

 思えばあれだけ暴れたにも関わらず投獄されず、丁寧に傷の手当てまでして部屋に運び込む事自体が、普通では考えられない。

 そもそも戦いの最中、男は両手剣でルークを斬り殺そうと思えばできたはずだ。

 だが敢えて彼は打撃で気絶させる方法を選んだ。

 何かあるに違いないと思い、ルークは無言で要件を話すよう促した。

「うまく市民に紛れていたようだが、お前の正体は既に掴んでいる。皇帝暗殺を目論んで帝都に潜伏していた暗殺者、それがお前だ」

 ルークは観念したように小さくため息をつく。

 男の言うとおり、ルークは帝国への復讐を目的として帝都に入り込んでいた。

 彼は帝国によって滅ぼされた国の生き残りであり、殺された家族の仇を討つことを目的として今まで生きてきた。

 反逆の理由もほぼ皇帝個人への私怨に近い。

 それらを男はお見通しだったようだ。

 ルーク本人はうまくやっていたつもりだったが、どこかから情報を掴まれたらしい。

 そして全て知られているというのなら、ルークは単独犯で他に仲間はいないということも男は分かっているのだろう。

 どこか達観したような目でルークは男を見やった。

「そこまで知っていて、なぜ生かしておくんです? 反逆者は処刑、というのがあなた達帝国のやり方でしょう?」

 ここに来て男は不敵な笑みを浮かべた。

「だから内密なんだ。お前は優秀な魔術師だろう、腕前はさっき見せてもらった。どうだ、俺と手を組まないか?」

「何を言い出すかと思えば……。帝国の手先になど、なる気はありません」

 ルークは死を覚悟で気丈に提案を拒んだが、男は笑ったまま首を横に振る。

「違う。”帝国と”手を組めとは言ってない。”俺と”手を組め。俺は……皇帝を打倒する計画を進めている」

 これにはさすがのルークも驚愕した。

 すなわち目の前の男は、帝国軍将校でありながら皇帝への反逆を目論んでいるということだ。

 突拍子も無い話だが、男の目には確かな決意と自信が見て取れる。

 彼は本気で反逆者になるつもりであり、勝って官軍になるための準備は万全に整えているとでも言いたげだ。

「つまりクーデターに手を貸せ、と?」

「そうだ。俺達は立場こそ違うが、同じ目的を持っている。そうだろう?」

 人払いをするわけだ、とルークは納得した。

 危険因子と分かっていて、ルークを生かしておいたことも同様に。

 今、ルークの命はこの男の掌中に握られている。

 この話を聞いた以上、断れば口を封じられるのは明らかだ。

 だからと言ってこの男の計画に加わっていいものかどうか、ルークは思い悩んだ。

 無謀にも単独で皇帝暗殺を計画していたルークに比べればまだ現実味はあると言えど、相手は強大な軍事力を誇る帝国軍だ。

 失敗する危険性も十分にある。

 そもそもこの男が信用できるかどうかも、まだ分からない。

 押し黙ったまま考え込むルークに、男は交渉の切り札を使って畳み掛ける。

「お前と同居していた娘が、攫われたそうだな。誘拐したのは、宮廷魔術師の直属部隊だ」

「――!!」

 ルークは思わず目を見開いた。

 何よりも気掛かりだった琴線に、男は触れたのだ。

 ひと目でそうと分かる程動揺するルークの様子に、確かな手応えを感じた彼は更に続ける。

「俺の管轄内じゃないんで詳しくは知らんが、どうやら城に監禁されたらしい。難攻不落と謳われた城だ、一人で救い出すのは無理だぞ?」

「あなたが、それに協力してくれるとでも?」

 ルークは皮肉として言ったつもりだったが、男は大真面目に頷いて答えた。

「そうだ。革命に協力してくれるのなら、俺達もお姫さまの救出に手を貸そう。どさくさに紛れてうまくやれば、両立できるはずだ」

 何故キラが城に監禁されなければならないのか、ルークにはその理由は分からなかった。

 だが待てば解放してくれるという保証などどこにもない以上、こちらから救出に向かわねばならない。

 皇帝への復讐のみならず、キラの救出まで手を貸してくれるというのは破格の条件だ。

 今回はルーク1人の命だけでなく、キラの命もかかっている。

 彼は結論として、他に選択肢はないと考えた。

「……わかりました、協力しましょう。しかし、約束はしっかり果たして貰います」

 その言葉に男は満足気に笑みを浮かべ、頷いた。

「交渉成立だな。自己紹介が遅れたが、俺はカイザー・ハルトマン。これからよろしく頼む」

 ルークもその名前に聞き覚えがあった。

 帝国軍有数の名将であり、数々の戦で戦功を挙げ何度か勲章も授与されていたはずだ。

 早い話が、帝国の英雄の1人である。

「ハルトマン将軍……まさか、あなたがそうだったとは。既にご存知でしょうが、私はルーク・クレセントです」

 目の前の人物のスケールに圧倒される感触を受けながらも、ルークも自らの名を名乗った。

 ハルトマンはそっと右手を差し出す。

 ルークも包帯の巻かれた右手を伸ばし、握手を交わした。

 これが書面のない契約書へのサインの代わりだった。

 危ういバランスの上で領土を拡大し膨れ上がる帝国を今日まで支え続けたのは、カイザーのような優秀な将兵のおかげである。

 その一翼を担う英雄が裏で皇帝を見限ったとなれば、アルバトロスという大国が足元から崩壊する日もそう遠くないようにルークには思えた。

 一将軍が革命など無謀ではないかと最初思った彼だが、男の正体を知ると途方も無い計画が現実味を帯びてきた。

 二人が握手を交わし交渉が成立した直後、部屋の扉がノックされ1人の軍服姿の男が入ってきた。

 ルークは咄嗟に身構えようとするが、カイザーはそれを制止する。

「安心しろ、”味方”だ。どうした、ジョイス?」

「はっ。お取り込みの所申し訳ございません、閣下。緊急の情報が入りましたもので」

 ジョイスと呼ばれた男は身長2メートルを超える巨漢で、筋骨隆々とした屈強な体つきをしていた。

 大柄なカイザーより更に一回り程大きく、刈り上げた黒髪が一層厳つさに拍車をかける。

 だが顔つきはそれに反して威圧感は薄く、垂れた糸目がどこかとぼけたような印象を受けた。

 話し方や物腰も穏やかで、洗練されたものを感じる。

 落ち着いているためカイザーと同じくらいの歳に思われがちだが、これでまだ20代半ばである。

「今のうちに紹介しておこう。ジョイス・カーパー、俺の副官だ」

「はじめまして」

 そう言ってジョイスはルークに向かって軽く頭を下げた。

 副官と言うだけあって、既にルークのことは承知済みなのか、驚く素振りは見せなかった。

 ルークも簡単に自己紹介を済ませると、彼はすぐ本題に戻り報告に入った。

「閣下、例の男から接触がありました。直接渡したい、”重要な情報”があるようです」

「そうか。場所の指定は?」

 ベッドに腰掛けたルークを他所に、二人の話は進んでいく。

 ルークが内容から読み取れたのは、公にできない非公式の協力者がおり、その人物が接触を図ろうとしているという事だった。

 帝国に反逆する以上、そういった繋がりも必要だろう。

「よし、日時と場所はそれでいい……。そうだ、ルーク。早速だがお前にも同行してもらう」

「わかりました」

 状況をいち早く飲み込むためにも、ルークは受諾した。

 帝国に反旗を翻そうという将軍に与する『例の男』とは何者なのか、出来る限り近づいて確かめておく必要があると考えたからだ。

(待っていてください。必ずあなたを救い出してみせます)

 そう、全てはキラのために。


 その数日後、ルークはカイザーら数人と共に、謎の協力者との会合場所へと馬車で向かっていた。

 非公式の場に向かうだけあって、カイザーの護衛はジョイスを除き、全員帝国軍の正規兵ではないことが見て取れた。

 ルークも勿論その1人であり、腰には街で暴れた際に押収された剣を帯びている。

 あの事件の後、カイザーの部下が鞘まで丁寧に回収してくれたのだ。

 ルークは仲間に加わって数日で、総大将の護衛任務を任された。

 カイザーは裏で活動する時は部隊の兵士を使わず、こうして非正規の戦力を護衛として引き連れていた。

 武器の剣だけでなく、ルークは革製の戦闘服に身を包み、両手にはやはり革でできた指ぬきグローブをはめて戦闘態勢を整えている。

 革はこの時代、ありふれた物であると同時に、強度と柔軟性を兼ね備えた素材でもある。

 鎧から戦闘服まで様々な防具に使用され、ルークの場合は強みのひとつである敏捷性を潰さないよう軽装備で揃えていた。

 帝都で番兵と乱闘した時が想定外というだけで、これが魔法剣士としてのルークの本来の装備だった。

 馬車に揺られながらルークは他の面子を軽く見回した。

 どれも雇われた傭兵かルークのように訳ありで加わったであろう男達で、装備こそバラバラで統一されていないものの、個々の練度はかなり高いように思える。

 その中で一際異彩を放つのは、地味な灰色の外套とフードを被った男だ。

 腕組みをしたまま動かず、深く被ったフードのせいで俯いた顔はよく覗けない。

 弓を背負っている事から弓兵だろうと推測はつくが、防具はこの面々の中では随分と軽装備で、マントに隠れて一見武装している事が分かりづらい。

 だからこそ、左腕にだけはめられた厳つい金属製の篭手(ガントレット)が、違和感を醸し出していた。

 じっとして動かないその男は全く隙が無く、俯いて居眠りでもしているかのように見えて、常に周囲を警戒していた。

 フードの男は、傭兵達の中でも頭ひとつ飛び出た腕を持つに違いないと、気配からルークは悟った。

 それと同時に、男への警戒心を覚える。

 今は味方だからまだいいが、敵に回せば非常に厄介な人種に違いないと。

 そこまで考えて、ルークは思考を切り替えた。

「ひとつ、お聞きしたいのですが」

「なんだ?」

 考え事を切り上げたルークは顔を上げ、唐突に向かいに座るカイザーに話しかけた。

「なぜ新入りの私を、このような重要な任務に? 誰と会うかは知りませんが、場合によっては私がこの事実を暴露するかもしれませんよ?」

 正規兵を動かさず、わざわざ秘密裏に接触するような相手だ。

 間違いなく公にされてはまずい関係があるのだろう。

 いくら人手が限られるとは言え、そこへまだ信用できるか分からない新人を連れてくるのはリスクが高いのではないか、とルークは考えていた。

「お前の正体は反政府スパイだ。その証拠は俺が押さえている。そして俺は実績のある将軍だ。世間はどっちの言う事を信用する?」

 カイザーは不敵に笑いながらそう答えた。

 至極もっともな回答にルークは黙る。

 あくまで主導権は向こう側にあるのだ。

「何よりお前には、そうするメリットがない。馬鹿でなければやらないさ」

「それもそうですね」

 その短い会話の後、しばらくの沈黙を経て馬車は目的地へと到着した。

 そこは帝都郊外に打ち捨てられた、ゴーストタウンだった。

 ほとんどの建物は朽ち果て、ひどい有様だ。

 ともすれば幽霊のひとつでも出てきそうな中を、一行は進む。

 やがて開けた場所に出ると、目の前にはまだ辛うじて形を留めている大きな建物が鎮座していた。

 倒壊寸前の他の建物よりマシと言うだけで、廃屋である事に変わりはなかった。

 元々は教会だったのか、屋根の上には聖印が傾きながら辛うじて立っている。

 よく見るとその建物だけ、武装した人影がいくつか確認できた。

(あそこが根城か。確かにこれは、隠れ住むにも密会するにも最適な場所だ)

 周囲を見渡しながら、ルークはそう思った。

 こんな打ち捨てられた廃墟で、会合を目撃する者など、乾いた地面に生える雑草くらいのものだ。

「行くぞ、あの中だ」

 カイザーに率いられ、ルーク達は今にも崩れそうな教会へと乗り込んでいく。

 両開きの門を開け中に入ると、相手側の兵達が緊張した面持ちでカイザーらを迎え入れた。

 意外と建物内部はしっかりと補修されており、外側から見えないようにひび割れた壁や柱に板が打ち付けられていた。

「ようこそ、ハルトマン将軍。こちらです」

 兵達の中から案内役と見られる男が進み出ると、奥の階段へと一行を案内する。

 アジト内にひしめき合う兵達は、不安げな面持ちでカイザーを見つめながら脇に寄り、道を開けていく。

 彼らの装備もまた統一されておらず、薄汚れた雑多な武装で質が低いことが見て分かる。

 面構えもどこか頼りなく、兵隊などに向いていないようにルークには思えた。

(これは民兵?となると、反乱軍のひとつか……)

 恐らく彼らの多くが、帰れば職も家庭もある市民に過ぎないのだろう。

 皇帝の圧政に苦しみ、怒りを爆発させて武器を取った勇敢な素人達だ。

 ルークも正体を偽っていたとは言え反政府側の人間だが、協力者のいない単独犯の彼にとって、本物の反乱軍をその目で直に見たのは初めてになる。

「そろそろ、お前にも説明しておこう。今日会うのは反政府軍……レジスタンスの指導者だ」

 案内役の後に続き軋む階段を踏み締めて登りつつ、カイザーはルークに話し始める。

「元々反政府軍はバラバラに活動していて組織化はされていなかったんだが、ここ最近になってある人物が現れ、ひとつに纏めた。サイラスという男だ」

 帝国中を駆け巡る噂は本当だったのだ。

 烏合の衆に過ぎなかった反政府軍を纏め上げ、統率する”指導者”は確かに実在した。

 最近になって反政府軍の抵抗が組織的になり、激しさを増したのはそれが原因だ。

 今の帝国にとっては、最大の脅威となり得る人物である。

 カイザーという獅子身中の虫を除けば。

「なるほど、確かにとても公にはできませんね」

 謎の指導者の噂は、帝国政府に反感を抱く民衆からは好意的に受け止められていたが、クーデターを起こす前からカイザーが反政府軍と繋がっていると知れれば、いくら英雄と言えども処刑台か監獄へ送られるだろう。

 だが知られなければ、これ程心強い味方も居ない。

 ルークは改めて、カイザーの計画のスケールを実感した。

 カイザー達が三階まで上がると、そこで奥の部屋へと一行は通された。

 ここが今回の会合場所である。

 補修されているとは言えボロボロだった建物も、この部屋だけは綺麗に片付けられており、部屋の中央には円卓と椅子が並べられている。

 そしてテーブルを挟んだ向こう側、背を向けて窓の外を眺めていた長身の男が、ゆっくりとこちらを振り向く。

 黒いマントに隠されていた身体は比較的細身で、艶やかな黒髪と整った目鼻立ちが目を引く。

 紹介されるまでもない。

 全身が覇気に溢れ、不敵さと気高さをそのまま編んで身に纏ったようなオーラを放つ人物、それが間違いなく”彼”だった。

 雰囲気はまるで老齢の指導者のようだが、顔から見た年齢は30歳前後くらいの若い人物にも見える。

「多忙な中の御足労感謝する、ハルトマン将軍」

 サイラスは会釈すると、カイザーに席につくよう促した。

 カイザーとジョイスが座るのを確認してから、サイラス自らも腰を下ろす。

 双方の護衛はそれぞれ主の背後に立ったまま待機した。

「そちらこそ。ところで、直接渡したい情報があるそうだな?」

「一番は皇帝の裏の資金源についてだ。奴は闇商人を通じて莫大な収益を上げ、私腹と軍資金に費やしている。詳細はここに。こればかりは、確実に伝えないといけないのでね」

 サイラスはそう言うと後ろに立つ部下から封筒を受け取り、カイザーへと手渡した。

 封筒の中身は書類の束で、それに目を通すうちにカイザーの目の色が変わっていく。

 それはサイラスが調べ上げた、皇帝と繋がりのある闇商人の記録だった。

 闇商人は麻薬や奴隷の売買から詐欺、恐喝などで民衆から金を巻き上げ、それを皇帝に上納して目こぼしを受けているようだ。

 この内容を信じるなら、かなりの額の資金が動いていることになる。

 権力を味方につけ、商売敵などの邪魔者を帝国軍に始末させた可能性も指摘されている。

「なるほどな……。ここを潰せば、皇帝の財布に大打撃を与えられるわけだ。身辺警護の戦力も低下するだろう」

「その通り。更に闇商人の悪事の証拠を盗み出し、領土全域に暴露するというのが私の考えだ。今までは確固たる証拠がなく追及できなかったが、それさえ手に入れれば皇帝の立場はより危うくなるだろう。見限る貴族も増えるはずだ」

 敵の資金源を絶ち、更に名を貶める事で敵の敵、すなわち味方を増やす。

 まさに一石二鳥の作戦である。

 カイザーもサイラスも、不敵に笑い合意に達した。

「暗殺はハルトマン将軍、あなたの戦力で実行してもらいたい。残念ながら我々には、それが可能な人材がいないものでね」

 いくら指導者がついたとは言え、反乱軍は単なる民兵の寄せ集めに過ぎない。

 厳重な警備をかい潜り、困難な任務を実行できる工作員がいるとはとても思えない。

 何しろ失敗は許されないのだ。

「分かっている。こういう仕事に最適な奴が、ちょうどいるからな」

 その後も今後の活動について、二人の総大将は打ち合わせを続けた。

 ルークをはじめ護衛の者達は黙ってその様子を見守っていたが、ルークはサイラスという男に強い危機感を覚えずにはいられなかった。

(確かに将軍の言うとおり、強いカリスマ性を持った、まさに天才だ。だがそれがなぜ、民兵の味方などに?)

 サイラス程の器なら、もっといい環境で能力を発揮できる場所が、いくらでもあったはずだ。

 それが敢えて寄せ集めの民兵に加担するということは、何か事情でもあるのかとルークは考えていた。

 余程アルバトロス帝国の行く末に関心が強いのか、はたまたルークと同じように皇帝に強い恨みを抱いているのか。

 それ以前にこれ程の人物が反乱軍の指導者となる前はどこで何をしていたのか、疑問は尽きない。

(しかしそれ以上に、危険な人物だ。この男、何を考えている?)

 仮に革命が成功したとして、いつまでサイラスは民兵の指導者に留まり続けるだろうか。

 確かに一時は英雄として持て囃されるかも知れないが、彼はそんな小さな器だとはとても思えない。

 彼の求心力は、もっと大きなものを求めて動き出すのではないか。

 もしかしたら帝国での革命が目的ではなく、より大きな目的のためのひとつの手段に過ぎないとしたら。

 彼の見据える先はどこにあるのだろうか。

 ルークが次々と思考を巡らせていると、それを打ち払うかのように、会議室に駆け込んできた民兵の叫び声が室内に響き渡った。

「大変です、アジトがバレました! 帝国軍がすぐそこに!」

 一瞬にして辺りが騒然となる中、カイザーとサイラスはそれも想定のうちと言わんばかりに、落ち着いた様子で席を立つ。

「打ち合わせはここまでだな。会合を見られるとまずい、さっさと帰るとしよう」

「それが賢明だ。各員、慌てるな! 撤収作業を急げ! 物資を馬車に積み込み、残りは燃やして処分しろ」

 サイラスの鶴の一声で、浮き足立った反政府軍の民兵も落ち着きを取り戻し、撤収に向けて動き出す。

 カイザーも受け取った資料を纏めて懐に仕舞い、後ろに控えるルークら護衛に引き上げを指示する。

「サイラス様、時間がありません! 帝国軍がもうそこまで迫っています!」

 帝国軍の迫るスピードは早く、撤収の時間が間に合わない。

 だが後始末をせず逃げ出し、見す見す情報を帝国側に渡すわけにもいかない。

 痕跡は完璧に消し去らなくてはならないのだ。

「よし、時間を稼がせよう。ユーリ、ユーリ!」

 喧騒の中、カイザーが呼び出したのは、他でもない例の灰色フードの男だった。

 彼は傭兵達の中から、ゆっくりとカイザーの前に歩み出る。

 彼にも慌てた様子などはない。

「残って脱出の時間を稼げ!」

「分かった」

 ユーリと呼ばれた男は、それだけ言うと弓を構えて窓際へ移動し、腰の矢筒から矢を取り出し、つがえる。

 ユーリの放った矢は、標的の帝国軍の先頭に吸い込まれるように命中した。

 更に彼は素早く、次々と矢を放ち帝国軍を足止めする。

 スピードも速いが正確さも桁違いで、今のところ外した矢はない。

 ユーリは敢えて、敵兵の足を狙って矢を射っていた。

 死亡した兵士は捨て置かれるが、負傷兵は治療しなくてはならないという決まりがあったからだ。

 歩けない負傷兵を増やし、残りの兵士をそれに構わせて時間を稼ぐ算段だ。

 帝国軍もやられてばかりではなく、弓兵が矢を放ち反撃するが、狭い窓から狙撃しているユーリには中々当たらず、周辺のひび割れた壁に虚しく突き刺さる。

 そんな中突然、ユーリは窓から出していた半身を壁の中へと引っ込める。

 次の瞬間、ユーリのいた場所を帝国軍の放った矢がかすめ、天井に突き立てられた。

(今の矢を見切った……?!)

 その瞬間を目撃したルークは、彼の反射速度に内心驚いた。

 並の人間なら反応し切れず、矢を受けて倒れていたところだ。

 飛んでくる矢を見切ってかわしたと言うのなら、とんでもない動体視力と反射神経の持ち主ということになる。

 ユーリが帝国軍を足止めしているうちに撤収は手早く進められ、室内に残っている民兵はもうほとんどいなくなっていた。

「アジトの地下には、爆薬が仕掛けてある。撤退する時は導火線に着火して、全て焼き払え」

 反政府軍に撤収の指示を出していたサイラスは最後にそう言い残し、護衛の民兵達と共に部屋を出て下の階へと降りて行った。

「よし、俺達もここを出るぞ。急げ!」

「待ってください、彼はどうするのですか?」

 カイザーも部下を連れて階段を下りようとするが、ルークは彼を呼び止め背後を見やった。

 帝国軍の足止めを命じられたユーリは1人、まだ室内に残って応戦を続けている。

 帝国軍が迫る中、彼は落ち着いたまま黙々と矢を放つが、アジトへ踏み込まれるのは時間の問題だ。

 いくら彼が弓の名手だったとしても、単騎で取り囲まれては勝ち目がないだろう。

 1人取り残して自分達だけ逃げてしまっていいのか、とルークは少し戸惑ったが、カイザーはお構いなしに出口へと向かっていく。

「あいつなら大丈夫だ! こういう時のために高い金払ってるんだからな。お前も後で分かる」

 ルークは半信半疑ながらも、それに従った。

 ユーリ1人でどこまで時間を稼げるのか、アジトの爆破処分はきちんとこなせるのか、不安はあったがカイザーは彼の腕を信用している様子だった。

 金で雇われた傭兵の身を案じるわけでもなし、ルークはカイザーの後について廃屋を出ると、待機していた馬車に乗り込んだ。

 ルークが乗ったのを確認するとカイザーが御者に発車を命じ、馬車は慌ただしく走り出す。

 反乱軍も撤収は順調なようで、彼らの馬車も次々とアジトを経って行く。

 カイザー達の乗った馬車もすぐにアジトを離れ、見る見るうちに隠れ家の教会は遠ざかり小さくなっていく。

 一方、単独でアジトに残ったユーリは、果敢に帝国軍部隊の迎撃を続けていた。

 彼は黙々と弓を引き、矢を放ち、そして相手の飛ばした矢を避ける。

 敵は目前に迫ってきており、潮時のタイミングを見誤れば脱出は不可能だ。

 ユーリはこれが最後と決めて、一矢を射る。

 その矢は今回も見事に帝国兵の膝を射抜き、兵士はその場に倒れ込んだ。

 周囲の兵士が続く矢を警戒しながら負傷兵に駆け寄り、遮蔽物まで引きずっていく。

 その様子を確認したユーリはすぐさま窓から離れ、弓を仕舞うと階段を下りて一階の出口へは向かわず、そのまま梯子で地下室まで降りた。

 そこには樽に詰められた火薬が並べられており、ユーリはサイラスの指示通り導火線に着火する。

 帝国軍がやっとの思いでアジトに突入したのは、それから間もなくだった。

「全員大人しくしろ! これ以上の無駄な抵抗はやめろ!」

 弓兵による激しい抵抗を受けたその部隊は、突入後も乱戦になると予想していたが、意外にも中はもぬけの殻だった。

「逃げられたか? まだ何か残っていないか調べろ!」

 大半は逃げた後だとしても、ついさっきまで抵抗を続けていた狙撃手が残っているはずだ。

 逃げたとしてもそう遠くへは行っていないだろう。

 そう考えた彼らは、仲間の仇を討つべくアジト内の捜索を始めた。

 だがその弓兵はこつ然と姿を消しており、どこにも見当たらない。

 帝国兵は首を傾げた。

「亡霊みたいに、消えやがったとでも言うのか……?」

「馬鹿な、どこかに隠れてるんだろう。地下は探したのか」

 兵士達は不気味な感触を覚えつつ、薄暗い地下へと足を踏み入れた。

 自分達を散々コケにした敵を捕まえて切り刻んでやろうと息巻いていた彼らだったが、大量の火薬樽と着火済みの導火線を見て一斉に青ざめた。

「に、逃げろぉ!!」

 素っ頓狂な声をあげて帝国兵は我先にとその場から逃げ出すが、時既に遅し。

 導火線の火は爆薬に達する寸前のところまできていた。

 彼らが逃げ出す間もなく、爆音と共にアジトは帝国軍諸共木っ端微塵に吹き飛んだ。

 皮肉にも生き残ったのは、足を射抜かれて途中で動けなくなった負傷兵くらいのもので、大半は爆発に巻き込まれ死亡した。

 跡形もなくなったアジトから吹き上がる爆煙は、既に離れた場所まで移動していたルーク達からも見えたのだった。

 ルークが無事アジトを離れ帝都内のカイザーの砦に戻ると、早速反乱軍の隠れ家を制圧に向かった部隊が猛反撃を受け、ようやく突入したところ建物ごと自爆され大損害を被ったという噂が飛び交っており、兵士達の話題はその事件で持ち切りだった。

「初任務ご苦労、後は休んで次の作戦に備えてくれ」

 今回の会合で収穫を得たカイザーは、心なしか上機嫌でルークにそう言った。

 今回は護衛として付き添うだけで特に何かしたわけではなかったが、ルークは久々の戦場の空気に当てられ疲れを覚えていた。

 彼は言われた通り宛てがわれた部屋に戻り休憩を取る事にしたが、ユーリと呼ばれたあの弓使いが結局どうなったのか若干気掛かりだった。

 アジトの爆破処分は完遂したようだが、あの状況下に単独で残り、果たして生きて戻れたのか。

 もし無事でなければ、彼はカイザーに使い捨てられたということになる。

 ユーリ個人が、というよりもカイザーの人使いがどうなのか、ルークは案じていた。

 傭兵だからと簡単に捨て駒にするような人物であれば、命を預けるに余りに不安であった。

 自分や救出対象のキラも、同じように使い捨てられる危険性がある。

 だがルークは、それが杞憂に過ぎなかったと知ることとなる。

 翌日、灰色のフードを被ったあの傭兵は、何事もなかったかのように帰還した。

 一体どんな魔法を使ってあの状況下から逃げおおせたのか、それはそれで気になったが重要なのはそこではない。

 カイザーがそれ程の戦力となる人材を握っているということ、それがルークにとって重要だった。

 キラの救出も、皇帝打倒も、全てはカイザーにかかっているからだった。


To be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る