第62話

「万が一毒でも入っていたら、ジェラルドの身も危なかった……」


「私が、注意していればいいことです。それに、私が食べたものに毒が入っていないのだとしたら、安心しました」


 そうとは言い切れない、とカヴァネルは言ったのだが、それにジゼルは首を横へと振る。


「ジェフリー王子は、いつからあの状態になりましたか?」


「昔から病弱で体調は悪かったですが、ここ最近は顕著になりました。よりお身体の動きが緩慢になって、私もほとんど見かけることはありません」


「皮膚の変色は?」


「私が最後に見た時は、見当たりませんでしたけど……最後に見たのは、ずいぶんと前です」


 それを聞いてジゼルは、なら大丈夫かも、とうなずいた。


「もし、毒が入っていたとしても、すぐに効く毒ではないでしょう。徐々に体内に蓄積されて、そして生命を削っていく。そういう種類の毒だと思います」


 それでもカヴァネルもローガンも、心配そうにジゼルを見つめた。


「私が、女王に殺される理由が分かりません。それに、ジェフリー王子を私に見せたという事は、逆に信頼されている証かもしれません」


 食事の広間には、給仕係も最小限だった。それはつまり、本当にプライベートだという事の裏返しでもある。さらに、女王の立場としては、王位継承権のある王子があの状態であることを、多くの人が知るのは良くないことだ。


 そんな病弱な王子をジゼルに見せたのだから、信頼されているか、それとも他に何かを企んでいるかのどちらでしかない。


「仮に私が女王に信頼されているとしたら、私に毒を盛る必要はないです。殺す必要があるのならば、もっと別の手を使うはずです」


「確かにな。ところで、ジェフリーの症状が、病弱じゃなくて毒だとなんで言い切れる?」


 ローガンの問いに、ジゼルは視線を動かした。


「同じような症状で苦しむ人を見たの、ものすごく昔にね。貯水池に有毒物質が含まれていて、知らず知らずのうちに身体に入ってしまっていた。だから、急に体調不良になったわけじゃなくて、気がついたらそうなっていた、っていう話」


 ジゼルと両親は、その村に解毒薬を届けたことがあったのだ。


「ジェフリーがだんだん悪くなっていっていることと関係があるとしたら……女王が、ジェフリーに毒を盛っているってことか?」


「分からないけれど。毎週作る食事に毒を盛りこむことは可能かな?」


 それにはカヴァネルがうなずいた。


「普段、シェフ達が作る食事においては、必ず毒見がいます。ですが、そちらがピンピンしているとなると、毒味をしない女王の手作りの料理に、毒が含まれているとしか考えようがなくなります。もしくは、別のタイミングか」


「もしジェフリー王子が毒を盛られているとして、その犯人が女王だとしたら……目的は一体何?」


 ジゼルの問いに、一瞬部屋には沈黙が流れる。そして、ローガンが唇を開けた。


「――可能性の一つだが、自分が、王になることだ」


 それに、カヴァネルもうなずいた。


「王位は現在の法では、王位継承権を持つ者にしか与えられません。もちろんそこに、女性や配偶者は含まれていない」


「じゃあ、女王様が本当に女王陛下になるためには……王位継承権を持つ者を消すしかないということですね?」


 それにカヴァネルもローガンもうなずいた。


「その、法律が書いてある原本って、今はどこに……?」


「国秘書庫に入れられています。王と一部の許された人のみにしか開ける権限がなくて……」


 そこまで言ってから、カヴァネルは青ざめる。


「女王陛下が、実権を握っている今、国秘書庫には女王と法務関係者しか入れませんが……法務関係者は現在、女王派閥です。全員口裏を合わせて、女王の都合がいいように内容を書き換えてしまっていたとしたら……」


 見てきます、とカヴァネルはすぐさまに席を立った。

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