第60話

 丁寧に礼を言い、ジゼルは女王を見送ると、自分の部屋へと戻る。途中廊下を歩きながら、先ほど感じた違和感は何だろうと首をかしげた。


(ジェフリー第二王子の顔色の悪さもすごかったけど……動きもぎこちなかった)


 ジゼルはそれらを鮮明に脳内で再生しつつ歩く。おかげで人や柱にぶつかりそうになり、その度に謝りながら、気がつけば迷子になっていた。


「いけない、ここはどこ!?」


 ジゼルは大慌てで来た道を戻ろうとしたが、自分がどちらから来たのかさえ分からない。困ったと思いつつも、いずれたどり着くだろうと考え直し、またもやのんきに考え事をしながら進んだ。


「……ルド、ジェラルド」


「え、あ、はい!?」


 名前を呼ばれて、身体を引っ張られた。驚いていると、目の前に柱が迫っていて、危うく顔面から突っ込むところだった。


「ジェラルド、考え事をしながら歩くのは……あなたの場合は危ないかもしれません」


 掴まれた腕の先に視線をやると、涼やかな水色の瞳と目が合った。


「カヴァネル様」


「一体どうしたのですか、こんなところで……考え事をしていて、部屋に帰れなくなりましたか?」


 柱の前から引っ張ってから、カヴァネルはジゼルの腕を離した。


「……食事はきちんと食べていますか? 女王様のお食事に呼ばれたと言っていましたが、王宮に来た時よりも痩せてしまっている気が……腕も私が掴める細さで心配です」


 本当に心配そうにのぞき込まれて、ジゼルは顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。


「食べてます、すごくモリモリ食べているんですけれども……」


「心配なことでも何かありますか? それともローガンに嫌なことをされて……?」


「嫌なことはされてない……と思います。え、いえ、大丈夫です! あはは」


 そこで笑ってから、ジゼルはピンと記憶の焦点が合った。そして、みるみるうちに顔が青ざめる。それを見ていたカヴァネルが、驚いた顔をした。


「ジェラルド? 本当に大丈夫……」


「カヴァネル様、ローガンの部屋まで連れて行って下さい! すぐに!」


 血相を変えたジゼルに、カヴァネルは驚きつつもこっちですと丁寧に案内をする。走り出したい気持ちを押さえつつ、ジゼルはカヴァネルの後ろについて、部屋へと戻った。


「一体どうしたのですか……って、ジェラルド!?」


 部屋に着くなり、ジゼルは扉を閉めるとすぐさまバスルームへと向かって行き、指を喉奥に突っ込んで今さっき食べたものを吐き出した。


「ジェラルド、どうし……大丈夫ですか!?」


 胃袋の中にあるものすべてを吐き出そうと、必死になっているジゼルの背中を、カヴァネルがさする。


「服を脱いでください。締め付けは良くありません」


「だい、じょうぶ……水を」


「水ですね。待ってください」


 カヴァネルは立ち上がって水差しの水を、コップへと入れて持ってくる。それを受け取って、ジゼルは口をゆすいで、さらにがぶがぶと飲み干す。もっと持ってくるように伝えて、限界まで飲み干すと、さらに指を入れて吐き戻した。


「ジェラルド、一体どうして……具合が悪いのですか?」


「大丈夫です。でも、気になることがあって……」


 ジゼルは落ち着くと、顔中を洗ってから立ち上がった。しかし、吐いたせいで疲れてしまい、よろけたところをカヴァネルが抱きとめた。


「ジェラルド、コルセットをしているのですね? 取りましょう」


 服のボタンに手をかけられて、ジゼルは慌てた。


「大丈夫です!」


「あんなに吐いて、こんな顔色で、大丈夫なわけがありません。早く脱いでください」


 カヴァネルの手から逃れようとしたが、いかんせん相手は男性。ジゼルはなすすべもなく捕まり、服に手をかけられたところで、窓から声が聞こえてきた。


「……何してんだよ?」


「ローガン!」


 ジゼルは泣き出しそうな顔になり、ローガンは何のことだと眉をしかめた。

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