第58話

 ***


 女王の手料理がふるまわれる日がやってきたというのに、ジゼルは結局何を着て行っていいのか決められずに、いつまでも悩み続けていた。


「何だってそんな悩むんだよ?」


「だって、失礼のないようにしなくちゃだけど、おめかししていくのも変だし。そもそも、私って、絵を描く格好以外、ほとんど服って考えたことないから……」


 朝から大慌てをしているジゼルを見て、ローガンは大きくため息を吐く。


「ひとまずは何か着ておけばいいさ。どうせ、ジゼルの服装なんて、誰も気にしない」


「ひどい!」


 ぷんぷんと怒りつつも、確かに誰にも服装をとやかく言われることはないか、とジゼルは諦めていつものズボンに上着を手に取った。


「いいなあ、ローガンは。護衛服っていう着るものが決まっていて」


 悩まなくて済むじゃないかと口を尖らせると、ローガンはあきれたと言わんばかりに半眼になった。


「じゃあジゼルにも王宮画家しか着られない制服作るように、カヴァネルに進言しといてやるよ。たかが着るものくらいで悩む時間が、もったいないだろ」


「たかが着るものと言われてもね、やっぱり一応は、私だって気にするわけだし」


「じゃあデートにでもなったら、一ヶ月も前から悩んで眠れなくなるってか?」


 それにジゼルは大まじめにうなずいた。


「バカだな。まあその前に、ジゼルをデートに誘うやつが現れるとは思えないから、悩まなくてもいいぞ」


「大きなお世話よ!」


「そんなに悩みたいなら、俺がデートしてやるよ」


「いっ……!?」


 ローガンがそう言いながらぐいぐいとジゼルの方へとやってきたので、思わずジゼルは後ずさる。デートと言われて、急に全身がカッと熱くなり、顔が真っ赤になっているのが自分でもよく分かった。


 それを面白がったローガンが、さらに距離を詰めてくるので、ジゼルは慌てて逃げたが、すぐに掴まる。


「何だよ、そんな顔して。俺とデートもまんざらでもないってか?」


「ちがっ……」


 ローガンの意地悪な瞳がのぞき込んでくる。至近距離で覗かれても、どこも崩れることがない整った顔立ちに、ジゼルは一気に全身が沸騰した。


「まあ、事件が解決したらな。なんでも言うこと聞くって約束だから、デートくらいしてやる」


「いいわよ、しなくて」


「俺くらいいい男、そうそういないぞ?」


「いい。恋とかデートとか、そういうの分かんないから」


 それにローガンはさらににやにやと笑って、ジゼルのおでこにデコピンをした。


「バカ。じゃあ、顔真っ赤にすんな」


 それは、ローガンの顔が美しいからだと言おうとして、ジゼルはもごもごと口ごもった。ローガンはそんなジゼルを面白そうに見つめて、すっと身を引く。


 ジゼルが、着替えるからあっち向いていてと言って着替えている間に、ローガンはジゼルの描きだしたスケッチをじっと眺めていた。そのうちの二枚を取り出して見て、思わずジゼルへと詰め寄る。


「おい、ジゼル……!」


 まだ着替えていたジゼルは悲鳴と共に逃げたのだが、いかんせんローガンの方が力が強くすぐに捕まえられた。


「ちょっと放して、着替え終わってないっ!」


「そんなのいいから、これ見ろ」


「そんなのって…………え!?」


 ジゼルは、ローガンが持っていた二枚の紙を見比べる。そして、何やら背中に寒いものを感じた。


「どうして……?」


「それは、俺の方が知りたい。なんだこれは?」


 シャロンの父親とラトレル王子が、一枚ずつ描かれている。そしてそれは、ほとんど同じと言える顔だった――。

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