第57話

 絵を手に取って、父親はその中の笑顔のシャロンを見つめると、ボロボロと泣き崩れる。ジゼルもたまらなくなったのだが、今度はしっかりとこらえた。


 父親が涙の残る瞳を瞬かせながら、紙に【ありがとうございます】と文字を書く。それを見て、ジゼルはやっと何か救われたような気持になった。


「お礼を言うのは、私の方です。いつも、シャロンは私に優しく接してくれましたから」


【シャロンは、良い子に育ちました。とても残念でなりません】


 文字と言葉でやり取りをするうちに、ジゼルは父親の書く文字が、シャロンの文字に似ていることに気がついた。ところどころ、癖は違っているものの、大まかに受ける文字の印象が同じだ。


「もしかしてお父様、文字はシャロンから教わったんでしょうか……?」


 ジゼルの問いに、父親は目を見開いた。


「筆跡が、似ていたものでつい。シャロンも、お父様に似た文字の書き方をします」


【おっしゃる通りです。読み書きは、シャロンが王宮へ行くようになってから、休みの日に家に戻ってくるたびに、教わっていました。おかげで今私は、仕事をすることができ、生活に困ることもない。あの子のおかげです】


「そう、だったんですね……」


 シャロンが、涙ながらに自分に文字を教えてくれたのが、ラトレルだったと言ったのが、まるで昨日のことのように目に浮かんだ。


 美しいシャロンに似合う、美しい文字。流麗なそれは、人格を表しているかのようだった。


【あの子がずっと王宮で働いて、病弱な母親の薬代を手助けしてくれていました。母親は数年前に亡くなりましたが、シャロンのおかげで、家族一緒に過ごす時間が長くなったんです。あの子には、感謝しかありません】


 父親は懐かしい家族の在りし日を思い浮かべているのか、穏やかで切なそうな顔をしていた。


「シャロンは、側室のウェアム王妃付きの侍女だったが、優れた人物として評価され、いまでは女王の侍女となった……惜しい人物でした。俺からも、心からお悔やみを申し上げます」


 頭を下げたローガンの、その思わず姿勢を正してしまうほどの真摯さに、ジゼルは驚いてしまった。普段の彼からは、まったくと言っていいほどに想像のつかない態度だったが、彼からは並みならぬ凄まじい何かを感じた。


 それは、死者を増やしてしまった後悔、そして自責の念。そしてそれ以上に、犯人への強い許せない気持ちが漂う。


 父親はローガンの肩にそっと手を乗せて、いいんだと言うようにうなずいた。二人に通じ合うものがあったのか、ローガンが顔を上げて視線を合わせると、二人は言葉もなくうなずき合った。


「お父様、この絵をぜひ飾って下さい。シャロンが、お父上様へと望んだ品物ですから」


 ジゼルがそう言うと、父親は大きくしっかりとうなずいた。それを見て、やっとジゼルも肩の荷が下りた気がした。


 素敵な額縁で縁どられたシャロンの肖像画を、家の壁に飾る。手前にはシャロンのために用意された花と蝋燭が灯されていて、三人でしばらくその前でずっと絵を見ていた。


 長い黙祷をささげ終わり、シャロンの父親の家から帰る時には、すっかり夕方になっていた。


 ローガンと話す言葉も見当たらず、ただただ黙って歩いていたのだが、しょんぼりしたジゼルの手を温かいものが包み込んだ。


「……ローガン?」


 気がつけば、ジゼルの手をローガンが包み込んでいた。見上げれば、ラピスラズリの瞳の奥には、深い怒りが渦巻いている。それを表情にはおくびにも出さずに、ローガンは口の端に笑みを乗せた。


「ジゼル。犯人を見つけるぞ。俺と、ジゼルならできる……絶対に」


「うん。シャロンの仇はとるよ」


 ジゼルは、温かくて泣きそうなぬくもりをくれるローガンの手を、ぎゅっと握り返した。

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