第53話

 シャロンは事故死ではない。そうローガンに告げたのは、全てが片付いて、部屋に戻ってからだった。


「……何だって?」


「だから、シャロンは事故死じゃないのよ」


 それにローガンは首をひねる。


「あのね、シャロンはいつもネックレスを首からかけていたの…………そう、これ、これよ!」


 ジゼルは、シャロンを描いた肖像画のところまでローガンを引っ張っていき、そこに自分が描いたネックレスを指さした。


「こんな安物のネックレス、寝るときくらい外すだろう?」


「違う、安物じゃないの。このネックレスは仕掛けがあって、この突起の部分を二回押すと、中から本物の宝石が出てくるの……そこには、王家の刻印がされているの」


「なんだって?」


「ラトレル様から預かってと言われた、大事な品よ。寝るからと言って、外すなんて考えられない。それに」


 ジゼルは、シャロンの遺体を思い出して、眉根を寄せる。ローガンが心配そうにしたが、ジゼルは気丈に首を振って大丈夫と伝えた。


「それにね、シャロンの指先に、小さいけれど線状の傷が残っていたの。多分、ネックレスを取られそうになって、必死で首との間に指を入れたんだと思う」


 ローガンはそれに絶句して、眉根を寄せた。


「殺されたのよ、シャロンは。じゃなきゃローガンも言ったとおり、安物に見えるネックレスを、犯人がわざわざ奪う必要がないわ」


「じゃあ、そのネックレスの価値を知っている人物の犯行ってことか?」


「そう。あのネックレスを奪うために、シャロンは殺されたのかもしれない」


「わざわざ、事故か自殺に見せかけて、ということか」


 それにジゼルはうなずく。


「遺体を見てわかったことだそうだが……泳げない人間や水が怖い人間というのは、水に顔が浸かっただけでも、恐怖で動きが止まってしまい、暴れることも無く静かに死んでしまうそうだ」


 ジゼルは眉をしかめた。


「足を滑らせて噴水の中に頭を打ち、そのまま死んでしまったか、水への恐怖で動けなくなったかのどちらかだろうと、医者が言っていた。他殺による抵抗の痕が無かったから」


「……それでも、シャロンは手がかりを残してくれた……」


 他殺だ、とジゼルは確信する。


「シャロンの首飾りの秘密を知り、そしてシャロンが泳げないことを知っている人物……きっとその人の犯行だわ」


「だいぶ絞れてきそうだな」


「私も、それとなく探りを入れるわ……許せない。シャロン……」


 ジゼルは、絵の中で朗らかにほほ笑む、美しい少女を見つめた。優しく健気で、朧気で儚い。どこかそれは、ラトレルと似通った印象を持つ。


 声が出ない代わりに文字を勉強し、ひたむきにただ生きていた少女が殺されたのだ。ジゼルは怒りと悲しみで、頭が沸騰した。


「ジゼル、見つけよう必ず。犯人を」


 ローガンはジゼルが真っ白になるまで握りしめた拳に、手を添えた。その不意を突く優しさに、ジゼルは緊張の糸が解けた。


「……うん、絶対に見つける……」


 そこまで言ってから、後の言葉が続けられなかった。あんなに親切だったシャロンが、もう二度と目の前に現れない。それを思うと、悲しみがとつじょ込み上げてきて、ジゼルは声もなく泣いた。


 ローガンはジゼルを抱き寄せると、ただただそっと、背中をさすっていた。ジゼルが泣き止むまで、ローガンはずっとジゼルを黙って抱きしめていた。

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