第54話

 シャロンが亡くなったことを知った、たった一人の家族である父親は、泣き崩れていたという。ジゼルはその顔を見ることができず、こじんまりと執り行われた葬儀には、静かに出席した。


 事故で亡くなったという事で、結局全てが収まってしまった。事故ではないと不審に思っている人間は、王宮内にはジゼルとローガン、カヴァネル以外にはいないように思えた。


 シャロンがいなくなったというのに、全てはまるでなかったかのように今までと変わりなく、王宮の時間は普段通りに平穏に過ぎて行く。


 ジゼルには別の侍女がお世話を、という話になった。それを断ろうと思ったジゼルだったのだが、犯人への手がかりや女王の動向を探るためにも、手伝いを頼んだ。


 新しくジゼルのお世話係を任されたベラは、底抜けに明るくて、噂話にさとい無邪気な少女だった。


 王宮の誰と誰が付き合っていて、内緒で密会をしているとか、誰それがどこで何をしたかを、一体どこから仕入れてくるのか仕入れて来ては、楽しそうにジゼルへと話しかけてくる。


 おかげでジゼルの気はまぎれたのだが、やはりふとした瞬間にシャロンを思い出すと悲しくなってしまった。


「……顔色が優れんな」


 かすれた声に言われて、ジゼルは筆が止まっていたのを確認した。


「あ、と……すみません」


「いや、いい。疲れているであろうし、シャロンの件もある。一服しよう」


 女王は勉強をしつつポージングしていたのをいったんやめると、ベラにお茶にするように言いつける。すぐさまベラが準備のために部屋を出ていき、部屋には女王とジゼルだけとなった。


「あまり気落ちするでないぞ。しかし、残念なことだ。シャロンは、優秀な侍女であった」


 女王は扇子で口元を押さえながら、ほんの少しだけ憂いを瞳に揺らめかせた。


「はい。とても良くしてくれていたので、残念でなりません」


 未だに、シャロンの肖像画は部屋に置いてある。父親のためにと描いたものだったが、渡すタイミングを逃してしまっていた。


「気落ちしすぎるのも良くない。顔色も悪いぞ。そうじゃ、今週末に、一緒に食事でもどうだ、リューグナー」


 女王に突然誘われて、ジゼルは目を瞬かせた。


「食事、ですか……?」


 それに女王はうなずく。


「毎週、ジェフリーのために私が料理を作っている。最近は忙しくてあまり作れていなかったんだが、今週は時間ができた。手料理を息子にふるまうだけのことだが、そなたも気落ちしているから、気分転換に一緒に食事でもどうじゃ?」


 ジゼルはしばらく理解できなくて固まったのだが、食事、とつぶやいてから身を乗り出した。


「いいんですか、女王様。私のような者が、一緒にお食事など……!」


「かまわぬ。ジェフリーも、そなたのことは知っておる。あの子は芸術が好きでな。話をしてやってくれ」


 二ヶ月近く王宮にいるが、まだジゼルはジェフリー第二王子の顔を、一度も見ていない。これはまさしくチャンスだ、とジゼルは目を輝かせた。


「ありがとうございます! ぜひ、参加させてください」


 威勢よく答えたジゼルに、女王は目を細めて笑った。

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