第52話

 ***


 シャロンの遺体が見つかったのは、中庭の噴水だった。すでに立ち入りが禁止されていて、警備兵たちが辺りを囲っている。


 その場所に到着すると、ジゼルは寒気を覚えた。見たくないものを見せてしまうかもしれない、というローガンの言葉が思い出される。


(それでも……シャロンが殺されたとしたら……私は手がかりを見つけなくちゃ)


 ローガンに付き従い、警備兵たちの合間を抜けて、噴水までやってきた。目をつぶって大きく深呼吸を繰り返していると、ローガンがそっとジゼルの手を握る。


「……無理するな。見なくてもいいんだ。でも、俺の側から離れるな」


 握られた手が温かく、ジゼルはゆっくりと呼吸を整える。そして、目を開くと、なんとも言えない表情をしているローガンを見上げた。


「大丈夫。私も行く」


「分かった」


 ローガンが手を離す。急に心細くなったが、ジゼルは我慢してローガンの後について、噴水へと一歩一歩と近づいた。ローガンが立ち止まり、大きなその背中の影から顔を少しだけ出すと、白い石で造られた噴水が見えた。


 そのままローガンが数歩前へと行き、かがみこむ。立ったままでいたジゼルは、噴水の中でうつぶせになっている、白い服を着た人物が見えた。


「あっ……」


 ジゼルはそのまま駆け出していき、噴水の手前で立ち止まる。そこには、たった数センチの水しか入っていない噴水の中で、倒れている金髪の少女の姿があった。


「シャロン――!」


 近寄ろうと噴水の中に入ろうとしたのを、ローガンに押しとどめられた。


「待って、まだ生きているかもしれない……!」


「もうずいぶん前にこの状態で見つかっているんだ」


「そんな……だって……こんな浅い場所で?」


 ジゼルは改めて噴水の水の深さがない事に、瞬きを繰り返した。


「なんで、シャロン――」


 ジゼルはそのまましばらく、何もしゃべることがないシャロンをじっと見つめるしかできなかった。


 現場検証が行われて空が明るくなってきたころに、シャロンの遺体が水から引っ張り上げられた。医者がその様子を見て、溺死だと判断する。


「自殺か……足を滑らせただけの、ただの事故ではないでしょうかね? この侍女は、早朝に庭を散歩するという目撃談も多数上がっていますから」


 医者は遺体を見たが、足を滑らせたときにできたのであろう、足の脛の傷と、頭を打った傷以外は、外傷はないという。暴れた後も一切無く、足を滑らせて噴水の中に落ちてしまったのではないかと、最終的には事故だと結論付けた。


 その一連の流れを見ながら、ジゼルは気持ちとは反対に、頭の中が冴えわたってくるような思いに駆られた。


(事故……事故だとしても、シャロンが何故こんなところに……?)


 ジゼルは意を決して、シャロンの遺体へと近づいた。


(ごめんね、シャロン……)


 恐ろしくなりつつも、事故だという確証が持てないジゼルは、何か手がかりがないかをシャロンに求めた。


「あ……」


 ジゼルは小さく声を上げて、そして両手で自分の口を即座に塞いだ。医者はまだ何かを言っており、それをローガンもいつの間にか来ていたカヴァネルも聞いている。警備兵長も加わって、事故だと片づけられることが決まっていく。


(違う、これは事故じゃない――)


 ジゼルは、シャロンを見つめた。


(シャロンは、殺されたんだ……!)


 シャロンの遺体の首には、本来あるはずのネックレスが消えていた。それを確認して、ジゼルは跳ねる心臓を落ち着かせるように、大きく息を吐いた。

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