第30話
ジゼルはやっと叶いかけていた、もう一つのベッドをもらう夢を手放した。
「女王様、大丈夫です。ローガンと共に過ごせることが、何よりも私としては嬉しいことです」
「ハハハハハ。ますます純愛じゃのう、リューグナー。恋人とはそういうものだ。二人で一つ、お互いを支え合うように」
「はい、かしこまりました」
ジゼルは自分だけの部屋をあてがってもらうことや、もう一つのベッドの夢を完全に諦めた。
(まあいいや、いざとなったらソファで寝るもの)
それをローガンがさせてくれるかどうかは別にして、ジゼルは口を曲げつつも深々と叩頭した。
「では面を上げよ。私の肖像画を描くのであったな」
「そうです。まずは、どういった作品が良いか、お好みを聞かせてください」
ジゼルが顔を上げると、女王の瞳がわずかに緩む。怖い印象の方が勝っていたが、その表情を見れば、それほどまでに恐ろしい人のようには思えなかった。
「ではこちらに来なさい。話をしよう。誰か、お茶を用意するように」
侍女たちにはだいぶに気さくな様子で、女王は広間でゆったりとくつろぎながら、小さなサイドテーブルにお茶とお菓子を用意させた。それを食べつつ、どんな絵や作家が好みか、どういった作品を所望しているのかを、ジゼルはどんどんと聞いて行く。
「――女王様も、ファミルーがお好きなのですね。やはり、巨匠の作品は素晴らしいとしか言えません」
「ファミルーの作品は、品が良く美しさと静謐さがある。華やかなものはそれはそれで美しいが、やはり肖像画となれば、威厳や人間性をそこに見出せるものが良かろう」
それにうなずきながら、ジゼルは許可を取ってデッサンを始めた。質問や話を楽しみながら、あっという間に女王のデッサンをいくつも描き上げていく。女王は涼やかな瞳でそれを見ており、ジゼルのあまりの技巧に目を見開いていた。
「女王様、あまり人前でお顔を見せたくはないのですか?」
ジゼルの質問に、女王は毛一本ほど眉毛を動かした。ジゼルがこの質問をしたのは、女王はいつも口元を扇子で隠しているからだった。初見のパーティーの時もそうだが、十分にくつろいでいる雰囲気の今でも、扇子を口元から外さない。
「そうだな、口元を隠すのは、表情を読まれすぎないようにするためじゃ。扇子がないときには、ベールで口元を隠すようにしている」
「ああ、一国を治める立場ですからね」
「そうじゃ。人前で表情をころころ変えるのは好ましくない。ここは王宮。足元を、いつ誰にすくわれるか分からぬ」
若干トーンの落ちた口調に、ジゼルの背筋をまたもや冷たいものが伝った。女王は常に、警戒をしているのだというのが伝わってきた。
「肖像画も、そのように描きますか?」
女王が、ジゼルを射る。その瞳には冷たさよりも、ジゼル自身を吟味しているかのようなものが漂っていた。
「どうするのが良いと思うのじゃ、リューグナー」
ジゼルはうーんと少し考えこんでから、しっかりと女王を見つめ返した。
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