第31話

「肖像画は後世に残るものです。ですから、いくつか描きましょう。扇子で口元を隠したもの、ベールをつけたもの、そして、それらをすべて取り払ったもの……」


 そこまで言ってから、ジゼルはふとほほ笑んだ。


「女王様の本当のお顔を、私は描きたいです。女王様は、優しく強く、慈愛に満ちておられます。描かれた女王様のお顔を見た多くの人々は、きっと、それに気がつくはずです」


 常に隠された顔を見れば、そこに何か王宮内での連続殺人へのヒントが隠れているかもしれない。ジゼルはそれもあって、女王の素顔を見たかった。


「……なるほど。では、私の内面性をも、絵に描くというのだな?」


「もちろんです。そのために、参上したのですから」


 ジゼルはにっこりとほほ笑む。そこには、嫌みの一つさえなかった。ジゼルには、女王の気に入る絵を描ける、絶対的な自信があるのだった。


「面白い。そこまで言うのであれば、リューグナーの前では顔を隠さずにいよう」


 女王が扇子を机の上に優雅な仕草で置く。そしてジゼルの方を向いた時、ジゼルは言葉を飲み込んだ。


(この人――とんでもない美人だ!)


 左右均等に、バランスよく配置されたパーツ。そのどれもが、正確な黄金比に当てはまる。それは、人々を魅了するには、十分な美貌だった。そして、抜けるように色の白い肌は、陶器のようだ。


 美への追及を怠らない人物だという噂を聞いてはいたが、まさしく美しいものがよく似合う、美しい人だった。


「恐れ入ります、女王陛下。あまりの美しさに、言葉も出ません……」


 本当に心の底から伝えると、女王はふと口の端を持ち上げた。


「お世辞は良い。さあ、私の顔を描きなさい」


「はい!」


 ジゼルの元気の良い返事に、女王はにこりとほほ笑む。その美しすぎる女王と向き合いながら、またもや何枚ものデッサンを仕上げていった。


 ジゼルが描き上げたデッサンの精巧さに、女王も侍女たちも驚いて声が出せない。ジゼルはいくつものデッサンを描き上げて、さらに広間の背景などもサクッと描いた。


「素晴らしい才能じゃ、リューグナー」


「恐れ入ります。気に入っていただけましたか?」


「もちろんじゃ。ファミルーにも劣らぬ、まさしく巨匠と呼ぶにふさわしい技術じゃ。まだ若いのに、才能に溢れておる」


 ジゼルは本心でそれに喜び、女王も侍女も、あっという間にジゼルと打ち解けた。気がつけば昼の時間はとっくに過ぎており、夕方近くになるまで、楽しく話をし、お菓子やケーキをつまみながら、何十枚ものデッサンを仕上げていた。


(この人が、連続殺人をしているようには、思えないけれど……?)


 話した感じでは、女王は見た目ほど恐ろしさを感じなかった。それは、プライベートな時間だからというのもある。人前に出る時には、あの冷たい空気を鎧のように纏うのだろうと察しがついた。


「さて、そろそろしまいにしよう。リューグナーはずいぶんとおしゃべりなようだな、私もずいぶんと疲れた」


「すみません、楽しくてつい……」


「よい。また明日来るように。描く道具の説明もしてもらおう。それから、私の部屋も、近々案内しよう」


 良い作品を描くように。そう言われて、ジゼルは深々と頭を下げた。手元には数十枚に及ぶ女王のデッサンと、広間の内部や調度品のデッサンの紙が残っていた。

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