第29話
しばらく侍女たちと世間話に花を咲かせていると、冷たいオーラのようなものをひしひしと感じた。一瞬にして、背中の毛が粟立つ感覚を覚えて、ジゼルは一気に口をつぐむ。
「ああ、女王様。どうぞ、こちらへお座りくださいませ」
マリアの案内で、奥の扉から現れた女王は、ひんやりとした冷気のようなものを纏いながら、コツコツと歩いて出てきた。瞳と同じく、淡いブルーのドレスが美しい。涼やかな目元は、冷気さえなければ目を引く美人だった。
「リューグナー。よく参った。今までさんざん私の申し出を断ってきたのに、一体何の心変わりじゃ?」
言われるであろうと予測していた言葉が、そのままジゼルの心臓を刺した。慌ててひざまずき、ジゼルは冷や汗と恐怖で固まりそうになった表情が見えないようにした。
「女王陛下様、この度は王宮に私のような者をお招き下さり――」
「私が聞いておるのは、そなたがここへ参った気持ちの変化の理由じゃ」
す、と心臓に突き刺さるような冷たさを持つ声音。ほんの少しかすれているが、十分によく通る声だった。
ジゼルはそれに、さらに深く頭を垂れる。言われると思っていたことを、ズバリ問われてジゼルは奥歯を噛んだ。
「女王様、こちらへ私が参った理由は――」
ジゼルはそこでいったん言葉を区切る。そしてから、用意していた言葉を言おうとして、相当に躊躇った。しかし、ジゼルが躊躇うことを、女王は許さない。早く言うようにというのが伝わる重苦しさで、ジゼルをガンと見据えていた。
「私が、来た理由は……ローガンと一緒に過ごしたかったからです」
(ああああ、そんなこと絶対にないのに! これじゃ、ベッドもう一つ入れてほしいって言えなくなっちゃうじゃん!)
胸中で悪態をついてはみたものの、ローガンにこう聞かれたらこう言うようにと、教えられたとおりにジゼルは返事をしたのだ。
「ほう……あのローガンが惚れているとは、まことであったか」
言われてジゼルは別の意味で、頭が重く下がってしまう。断じてローガンのことが好きではないのだが、今はこう言わざるを得ない。
「ローガンに王宮に来るように言われ、私ももっと愛する彼と共に過ごす時間を増やせるならと思い、このたび参上した次第にございます。この自分勝手な理由にて王宮へと来たことを、どうか責めないでくださいませ」
そこまで言ってから、ジゼルはああ、と奥歯を噛みしめる。沈黙が耳に痛いほどに、その場にはただ静けさだけが広がった。
「……正直で良い。気に入ったぞ、リューグナー。愛のために、そのように行動できるとは、素晴らしいことじゃそなたはローガンに心底惚れておるのじゃな?」
「はい、もちろんです。心の底から、彼のことを愛しています」
(違う違う違う、本当は違うから! 神様、嘘ついてごめんなさい!)
ジゼルは目をぎゅっとつぶって、心の声を必死に抑える。
「良い、純粋な愛は、お互いを成長させる。今はローガンと同じ部屋だったな。何か不足しているものがあれば、すぐに申せ。なんでもそろえよう」
「ええと、ではもう一つベッドを……いえ、何でもないです、大丈夫です。もう十分に良くしていただいております」
ジゼルは、大きく、しかし誰にも聞こえないようにため息を吐いた。
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