第23話

「キスくらいでそんな怒るな、減るもんじゃあるまいし」


「怒るに決まってる!」


 部屋に入るなり、ジゼルはぼかすかとローガンを叩く。まったく痛くないのか、ローガンはジゼルのしたたかな抗議をものともせずに、ソファへと腰を下ろした。


 さらにつっかかって行こうとすると、ひょいと持ち上げられて、ローガンの膝の上に乗せられてしまった。そのあまりのあっけなさに、ジゼルは自分でも恥ずかしくなる。


「ジゼルさ、本当によくこんな弱っちいまま、生きて来られたな」


「うるさい、下ろして! 絵しか描いてこなかったから、護身術とかサッパリなの! 運動神経も悪いし!」


「だろうな。じゃなきゃ今この状況になってない」


 くつくつとローガンが笑い、ジゼルはムッとしてローガンのほっぺたをつまんだ。


「今のジゼルは、女としてはまあ普通だけどな、男だとしたら相当可愛いぞ。まあ、元が女だから仕方ないが……あのしつこくて困っていたロゼッタも、ジゼルの可愛さに驚いて一発で撃退できたしな」


「それは私のこと男だと思ったから、ショックだっただけで」


 褒められているのかけなされているのか、まったくわからないフォローに、ジゼルはさらに気分を害した。


「女王は明日から来いって言ってたか?」


「うん。肖像画を頼まれた……すぐ描けるんだけど、時間がかかるからって言っておいた」


「上出来だ」


「背景には調度品やお部屋の様子を描かせてもらうことにするから、そうしたら女王の部屋に出入りできる」


 ジゼルのそれに、ローガンはニヤリと笑った。


「よくやったな。殺されるなよ?」


「それは……大丈夫とは言い切れないけれど、いざとなったらペインティングナイフを投げつけることにする」


「そうだな、それでいい」


 くすくすとローガンが満足そうに笑い、いつもその顔をしていれば怖くないのにとジゼルは思った。それを素直に口にしようとしたところ部屋がノックされて、ガチャリと扉が開く。


「お楽しみ中のところ申し訳ない」


 そう言いながら入ってきたのはカヴァネルで、その一言にジゼルはいまだにローガンの膝の上にいたことを思い出してカッと熱くなった。


「楽しんでないです! まったくもって、楽しんでないです!」


 大慌てでジゼルが下りようとするのを、ローガンが面白がって引きとめ、ぎゅっと腰回りを抱きしめられた。


「ちょっと、放して、ローガン!」


 ローガンの肩を叩いたのだがびくりともせず、ひょいと脇腹の後ろから顔を覗かせてローガンはカヴァネルを見た。


「ローガン。楽しそうですね、ずいぶんと」


「ああ、ジェラルドのおかげで、あのロゼッタを撃退したからな。それより何の用だよ?」


「ああ、やっぱりあの密造酒、ボラボラじゃなさそうでしたよ。さっき尋問していたんですが、本当に違っているようです」


「け。振り出しに戻るってか」


 暴れるジゼルをものともせずにいるローガンに腹が立って、ジゼルは彼の頭に拳をペしんと振り下ろした。それにローガンがムッとするのと、ジゼルの身体がふわりと浮くのが同時だった。


「ローガン。嫌がることはしない約束です。ジェラルドは大事な協力者なんですから」


 カヴァネルに抱き上げられていると気がついて、ジゼルの顔が真っ赤になる。ローガンはパッと手を放して、肩をすくめた。

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