第24話

「ジェラルド……ご飯ちゃんと食べていますか? すごく軽いし、細いんですけど」


 持ち上げたカヴァネルは、ジゼルの顔を本当に驚いたような顔をして覗き込んだ。


「ローガンの嫌がらせでご飯食べられないとかですか? 無理なら、私の部屋へ来ますか?」


「え、いやっ……大丈夫です!」


 そこまで言ってしまってから、やっぱり無理ですと言っておけば、ローガンと離れられたのにと、ジゼルはしまったと思った。


「大丈夫だ。チビ助の面倒は俺がきっちり見るから」


 間髪入れずにローガンが言い放つ。抗議の目線を送っておいたのだが、万が一カヴァネルと同部屋にでもなってしまったら、ジゼルの心臓がもたないと思った。それと同時に、男装に気付かれてしまうのも良くない。


「恋人設定なので、大丈夫です!」


 ジゼルは、ご飯たくさん食べます、と付け加えておく。心配そうな顔をしたカヴァネルだったが、ジゼルの必死な瞳に息を大きく吐くと、分かったとうなずいた。


「話を元に戻しますが、あの密造酒、確かにボラボラが入手したものらしいんですが、伝票もないし、経路も不明。一本だけだから、紛れ込んできただけとも言えるし、そうでもないとも言えるということです」


 腑に落ちないな、とカヴァネルは椅子に腰を下ろして長い脚を組んだ。


「でもあの時、ジェラルドが密造酒だと言ってくれなかったら、被害が増えていただでしょうし、私もローガンも無事では済まなかったでしょうね。感謝していますよ」


 褒められたことに、ジゼルは思わず嬉しくてほほ笑んでしまった。


「じゃあまあ、密造酒は俺の方でもあたっておく。やっぱり怪しいのは女王か」


「そうとも言い切れないですね。女王は確かに怪しいけれど、王宮で怪しくない人物の方が少ない。女王側の誰もが怪しいし、退陣した側室陣営も、少数ですがまだいるわけですから」


 ジゼルは、女王の冷たい瞳を思い出す。今日も扇子で顔の半分を隠し、じっとりとジゼルを見つめていた。


「明日から、注意して見てみます。女王様も、その周りのことも」


 ジゼルが小さい声だが、しっかりとそう言うと、頼んだぞとローガンが優しい表情をした。


「じゃあ、俺は町に降りてくるから、後よろしく」


 ローガンは立ち上がると、すたすたと部屋を去っていく。あまりにもあっけなく取り残されて、ジゼルは口を半開きのまま固まった。それを見ていたカヴァネルが、くすくすと笑い始めた。


「私も今なら時間がありますから、王宮の内部、少し案内しましょうか?」


「あ、お願いします。あと、王宮の見取り図とかあると、嬉しいです」


「用意しておきましょう」


 カヴァネルに先導されて、ジゼルは王宮内を案内してもらった。行きかう人が珍しそうにジゼルを見るのは、今までずっと姿を隠し、王宮への招集にも応えなかった画家が、とつじょ現れたからだ。


 みんなの視線に怯えつつ、ジゼルは小さな身体をさらに小さくしながら歩いた。王宮は全部で三階まであり、とてもじゃないけれど覚えきれなかった。


「部屋は全部で千二百近くあります。さらに、離れと、庭を挟んで向かい側にも建物があります」


「もはやよく分かりません。一人で部屋に帰れるかどうかさえ怪しいです」


「まずは、仕事場となる広間や女王のお部屋だけ覚えて、後はゆっくりでも大丈夫でしょう」


 カヴァネルの優しく穏やかな笑顔に、ジゼルはすっかりほっこしりしてた。早く、役に立てるように頑張らなくては、と心の中でこぶしを握った、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る