第15話
「……そもそも、俺はあんたを助ける義理もないし、意地悪と昨晩言われたわけだし」
「撤回する! お願い、黙っていて……ローガンお願い!」
打ち首も永久追放も、考えただけでゾッとした。
「不正をしたのは悪かったけど、でも、どうしてもアカデミーに入りたくて……絵を描きたかったの……描かないと死んじゃうから。お願い、ローガン、誰にも言わないで。何でもするから、お願い」
「いいぞ」
やけにあっさりと引き下がってくれて、ジゼルは安心した。それと同時に、ローガンのにやけた瞳を見て、一瞬にして絶望する。
「何でもするならその代わり、俺の言うこと何でも聞けよ」
「何でもは無理」
「じゃあ今すぐカヴァネルを」
「――聞く聞く! 何でも聞く!」
言わされたと分かりつつ、すがるようにしてローガンにしがみついた。地位や名誉を捨てるのはどうでもよかったが、画家として活動できなくなるのだけは、ジゼルとしては避けたい事だった。
「何でも聞くって、今、自分から言ったよな?」
「うっ……。何でも、だけど、私にできる範囲のことなら……」
尻すぼみになりながら、恐ろしくてローガンを上目遣いで見上げる。肘をついて寝そべりながら、ローガンは縮こまったジゼルを楽しそうに見つめた。
「よし、じゃあ俺の恋人のふりしとけ」
「……はい?」
「何でもするって言ったよな? それとも打ち首に」
「恋人やる! それくらいへっちゃら、おちゃのこさいさい!」
「最初から素直にそう言え」
どことなく漂う威圧感に、ジゼルはムッとしつつもうなずいた。
「恋人……? ふりってどういうこと? 私、世間では男だけど」
「うるっせーんだよ、貴族連中が結婚の申し込みしてきて。だから、男であるジェラルドが俺の恋人だってことにすれば、断りやすくなる」
「ああ、男性趣味だと思わせるわけね?」
それにローガンはうなずいた。その方が都合がいいんだ、と笑う。それにジゼルは分かったと承諾した。
「それから、もう一つ」
まだあるのか、とジゼルは眉をしかめた。
「王宮内で、不穏な空気が漂っている。具体的に言えば、女王のまわりで不審死が相次いでいる」
「不審死?」
「ああ。昨日の密造酒だって、怪しい。無差別に見せかけて、特定の誰かを狙っていたかもしれない。先王が逝去してから、王宮内では謎の死が流行っているんだ」
何だそれは、とジゼルは眉をしかめた。いたって平和そうに見える王宮内で、そんな恐ろしいことが起こっているのか。そう思うと、背中にぞくっと寒気が走った。
「……犯人を見つけるんだ、ジゼル」
「犯人を? 私が?」
そうだ、とローガンはうなずく。
「人が殺されているんだ。犯人を捕まえなければ、死人が増える一方だ」
「なんで、私が探偵みたいなことを?」
それにローガンは眉毛を上げた。
「あんたが、画家だから」
「ただの画家だけど……」
「みんなが一目置く上に、外部の人間だから癒着がない。俺は調べたくても顔が割れていて、王宮内では警戒されやすい。だが、あんたは国から一目置かれる存在な上に、探りを入れている密偵だとは誰も思わないし疑われない」
それに、ジゼルはなるほど、とうなずいた。
「それから、頭の回転の速さ。十数年前の、密造酒のパッケージを覚えているなんて、普通はあり得ない」
満足そうなローガンの瞳に、ジゼルはうまく言い逃れする方法が見つからなくて、下唇を噛む。
「あんたは、記憶力がケタ違いなんだ。密偵としてはこれ以上に、優れた能力はない」
「その……覚えたくて覚えているわけじゃないから」
「言い訳ならあとで聞いてやるよ。そういうことだから、仲良くな。女だとばれて国外追放されたくなければ、協力しておけよ。悪いようにはしないからさ……嘘つきジェラルド――いや、ジゼル」
犯人探し頼むぞ。ローガンはにやりとほほ笑む。それに不安だからやっぱり断ろうかとジゼルが躊躇う間もなく、「逃げるなよ、これは契約だからな」という言葉とともにローガンの唇があっという間にジゼルの唇に重なった――。
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