第14話

 ***


 朝の光がまぶしくて、ジゼルは思わずうなりながら目を開けた。鳥たちのさえずりを聞きつつ、さらに数回瞬きをする。


「私……」


 昨晩のような、猛烈な吐き気はない。胸の辺りがむかむかするが、たいして身体は何ともないようだった。それにほっとして身体を横向きにする。そして、悲鳴さえ出せずに固まった。


「よお、起きたか?」


 ジゼルは心臓が止まった。そこには、驚くほどの美男子が、たくましい上半身を惜しげもなく披露して、ジゼルの方を向いて横たわっていた。


 黒い少し長い髪の毛に縁どられた美しい顔。宝石が埋め込まれたような瞳に、魅力的な声音――ローガンがにやりと笑った。


「なんだよ、おはようも言えないのか?」


 すっと手が伸びてきて、ジゼルの髪の毛をすくう。その毛先に口づけをしてから、蠱惑的な瞳でジゼルを見つめた。


「昨晩は、あんなに何度も求めただろ――?」


 ジゼルは訳が分からなくて、そのまま飛び起きた。


「な、な、な、な、な……!」


 ローガンのラピスラズリの瞳が、挑発的に細められた。


「朝から大胆だな、誘ってるのか?」


「誘ってる? 何を? 求める……っていうか、何であなたと一緒――」


 そこまで言ってから、ローガンの視線がつまらなそうにジゼルの胸元へと泳ぎ、そしてジゼルは自分が服を着ていないことを知った。


「きゃっ……」


 その後は悲鳴さえ続かず、布団を素早く手繰り寄せて素肌を隠す。全身が発火して塵になりそうになりつつ、ジゼルは大慌てで布団から出ようとして、もつれた。


 転げ落ちそうになったところを、後ろからローガンの腕が伸びてきて引きとめる。ぐい、と後ろから抱きしめられて、圧倒的な力の強さにジゼルは身動きが取れなくなった。


「……あんた、女だったんだな」


 耳に近いところで、ローガンの声が聞こえてくる。


「ちがっ」


「違うわけないだろ。俺がお前のコルセット外して、一晩中看病してやったんだぞ」


「……」


「それともこの小さな胸は飾りか? この華奢な腰つきは? ついてるべきものもついてない……どう説明すんだよ」


 体の稜線に触れながら言われて、ジゼルは固まった。すると、抱きしめるローガンの腕の力がさらに強まっていく。それは、有無を言わせない脅迫だった。


「このまま、あんたを昏倒させて、嘘つきだって女王の前に素っ裸で引きずり出すのなんて、容易いんだけど?」


「……分かった、ちゃんと言う」


 ジゼルが観念すると、ローガンの腕の力がほんの少し弱まった。


「ジェラルド・ピットーレ・リューグナー。偽名か?」


 それにうなずくと、ふん、とローガンが息を吐く。


「本名は?」


「ジゼル。ジゼル・バークリー」


「ジゼル、何で男装している?」


「それは……それは、その……アカデミーは男性じゃないと入れないから」


 確かにな、とローガンは腕を解いた。こっち向け、と言われて、ジゼルはすごすごと向き直った。


「国民全員を騙して、男として絵画作品を出品し、アカデミーに入って入賞してたってわけか」


「言い方ひどいけど、その通りよ」


「なるほど。女王は恐ろしいけどな、カヴァネルはもっと怖いぞ。不正はあいつが一番嫌いとするものの一つだ」


 言われて、ジゼルはさっと血の気が引いた。


「侮辱罪、偽造罪、詐欺罪……その他もろもろ。悪けりゃ打ち首、良ければ国外追放だな」


「お願い、私が女だってことは、誰にも言わないで!」


「んー?」


 ローガンが意地悪そうに眉根を吊り上げる。


「黙っていて、お願い!」


 それにローガンがニヤリとする。どうしようかな、と呟く口元が憎らしくて、ジゼルは目の前の美男子をにらみつけた。


 こんな事になるなんて、ジゼルは思ってもいなかった。しかし、今、ジゼルが女性であることを知っているのが、目の前のローガンただ一人なのであれば、それは不幸中の幸いなのかもしれない、とうっすら考えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る