第12話

 場の空気が緩まったのを感じて、ジゼルはほっと一息ついた。


「二人も、今宵は楽しむように」


 女王に言われて、二人もその場から下がる。ジゼルは目立ちたくなくて隅っこへと避けようとしたのだが、貴族たちは興味津々の視線を送ってくる。


 声をかけられないように、必死で逃げるように人の波を縫って除け、声をかけられそうになる前に察して逃げた。


「どうしよ、こっそり抜け出したいのに……!」


 どうにかならないものかとせわしなく動いているうちに、ローガンが目に入った。カヴァネルと並んで立っていると、二人は背が高いのも相まって、相当に目立つ。


 顔立ちも二人して美しいせいか、着飾っている貴族よりも格別に目についた。その二人の前に、酒を持った給仕が現れ、お酒を勧めている。


「ローガンはむかつくけど、カヴァネル様は良い人だなあ……」


 そう思いながら、二人に近寄った給仕の銀盆に乗せられた酒の瓶を見るや否や、ジゼルはお皿をテーブルに置いた。


「ああ、今日は災難かもしれない……」


 ジゼルは上に置いてあったサラダ用のオイルの大きな瓶を掴むと、がぶがぶと一気飲みして二人へと駆け出して近寄った。


「もう二度と、やっぱり姿を見せるのは止めよう」


 もう一本、オイルの瓶を手に取ってそれを無理やりに飲み干し、ジゼルは大慌てで人混みをかき分けるようにして進んだ。


「……こちらのお酒は、西の国より手に入ったという、珍しいものでして。この一本しか手に入らなかったのです」


 近づくと、給仕の言葉が耳に入る。二人に、まるで説明書通りのような口調で、酒の説明をしていた。


「ぜひ、一口どうぞ。女王様が会場のみなさまにぜひとおっしゃっておりました。匂いが独特ですが、西の国では流行っているそうですよ」


 二人はグラスを受け取り、そこに酒をとくとくと注がれる。ジゼルはローガンの杯にお酒が注がれようとしているところで、すっと間に割り込んだ。


「わあ、それ私が飲みたいな!」


 二人の前に飛び出し、まだ注がれていないローガンの杯を奪うと、給仕が持っていた酒瓶までもひったくった。


「おいこらチビ助、何してんだよ」


 いきなり現れたジゼルに、ローガンがあからさまに殺気立つが、ジゼルはそれを無視して、奪い取ったグラスに酒をなみなみと手酌して、ローガンとカヴァネルが止める間もなく、一気にあおった。


「あれ、私これ、どこかで飲んだことある……そういえば、この瓶の銘柄のお酒、飲んだ人が、中毒か何かを起こして、すごくたくさん死んだって聞いたことが……」


「何だと、チビ助……?」


 ジゼルはあからさまに大きな声で呟きながら、「あらら、強い酒ですね、酔ってしまいました」と言い、手からわざと酒瓶をすべり落して地面へ叩きつけて割った。


 給仕がなんてことをするんだ、と声を荒げる。しかし、ジゼルの先ほどの一言で、ローガンがカヴァネルの手に持っていた酒を、慌ててひったくった。それを目の端で確認すると、ローガンにちらりと向き直って、後は頼むと唇だけを動かした。


「……あれ、噂通りかな、気分が悪いので帰ります!」


 本当に、ジゼルの顔色が悪くなる。それは、そこに居た誰もがぎょっとするほどだった。


「ごめんなさい、酔っぱらって割ってしまいましたね。代金は私の家に請求しておいてください!」


 目を白黒させる給仕に向き直ってそう言うや否や、ローガンが止める声も聞かずに、ジゼルは出口へと向かって駆け出した。

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