第11話
***
「タッチが、違います」
作品に近寄って、たっぷりと時間をかけてそれを眺め、そして横からも下からも、上からも入念にジゼルはチェックした。
さらに、立てかけてあったイーゼルから作品を持ち上げ、裏返しにしてシャンデリアの明かりにキャンバスを透かせた。
「バカな、このタッチはファミルー独特の」
「すごく上手に、真似できています」
ボラボラの筆頭が慌てたところで、ジゼルがぴしゃりと言い放った。
「ファミルーが好んで使っていたのは、柔らかい筆です。ですから、ファミルーの作品は流れる様な独特のタッチが存在していますが、この作品はそれを真似しているだけです。おそらく、使ったのは豚の筆でしょう。見て下さい、ここに少しだけ絵具の盛り上がりがあります……これは、豚の硬い毛の筆を使うと、絵具が隙間に入り込んだまま、少し固まって出てきてしまう時にできる盛り上がりです。ファミルーの使う、狸やイタチの筆では、これはあり得ない」
ジゼルが指さしたところを、貴族たちが目を凝らして見つめて、確かに、とうなずく。
「さらに、この白い絵具ですが……」
「ファミルーがよく使っている、白い色じゃないか」
「ええ、同じですが、実は違っています」
ジゼルは、ひび割れたそこを指さした。
「この白い絵具は、上に色を乗せると、ひび割れてしまうものです。ですから、ここにひどくひび割れが入っているのは……この白い絵具の上から、色を乗せたからです。ファミルーは、この白い絵具がひび割れることを理解して使用しています。なので、上から色を乗せるということは決してしない。どうしても重ね塗りする場合には、別の白い絵具を利用しています」
極度にひび割れが目立つそこは、ジゼルがほんの少し指先で触れると、上の絵具が剥離して、下に塗られた白色が見えた。
ジゼルは半歩下がって、絵の全体を見る。
「この作品は、ファミルーのオリジナル作品を模写したものでしょう……ですが、私の目から見れば、まぎれもなくファミルーのものではない。まったくの偽物です」
断言してから、ジゼルは辺り一帯が静まり返っていることに気がついた。そして、凍りそうになっているその場の雰囲気に、しまった、と自分自身の心臓が凍りそうになる。
「あ……と。ですが、よく描けています。これは本物と言われても、ほとんどの人が間違えます。なので」
そこまで言って、横にいたボラボラの筆頭が、頭に血が上りすぎて、赤を通り越して顔中が紫に変色しかけているのをジゼルは見た。目は真っ赤に充血しており、なんてことをしてくれたんだ、とにらみ殺されそうになる。
「……さすが、わが国一の巨匠じゃ、気に入った」
気まずすぎて、もはや逃げ出そうとしていたジゼルの耳に届いたのは、少しかすれ気味の声だった。発せられた方向を見て、ジゼルは絶句する。広げた扇子で口元を隠しいてはいたが、鋭く冷たい印象を持つ女王の瞳と目が合った。
「気に入ったぞ、リューグナー」
(しまった……目立たないようにしなくちゃなのに……!)
ジゼルが焦って目を開くのと、ローガンが一番後ろの壁に寄りかかって、ニヤリと笑うのが同時だった。
顔に泥を塗られた状態のボラボラ商会からは、今すぐにでも呪い殺されそうな威圧感を感じつつ、ジゼルはその場にひざまずいた。
「ボラボラ商会も、とんだ災難だったが、この場は私に免じて怒りをおさめるように」
筆頭もひざまずいて、深く叩頭した。女王陛下はご機嫌な様子で、みんなへと目線を向ける。
「我が国の巨匠の審美眼に拍手を。若き巨匠の手腕をたたえ、宴を再開させよう」
拍手が巻き起こり、ジゼルは全身から冷や汗をかきながらも、震えないように精一杯お腹に力を込めた。女王の言葉通り、弦楽器の演奏が始まると、貴族たちは絵画への興を削がれ、和やかな雰囲気で食事を楽しみ始めた。
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