第10話

「ボラボラさん、これがファミルーの作品だという証拠はどこにありますの?」


 一人の貴族が尋ねてきて、筆頭が待っていましたと言わんばかりに、説明を始める。


「まずこのタッチですが、ファミルー独特の手法を使っておりましてですね……」


「なーにを知ったような口を! あんたなんかに、ファミルーの何が分かるっていうのよ!」


 ジゼルはぷりぷりといちいち反応しながら、筆頭の説明にいちゃもんをつけていく。ローガンはそれを横目で面白そうに見ていて、フィンガーフードをさらに皿へ盛って来ては、口に放り込んでいるジゼルに目を細める。


「あんたさ、画家ならあれが偽物か本物かってすぐ分かるわけ?」


「当り前でしょ。私が画家になったのは、ファミルーのおかげ。どれだけ模写して、どれだけ研究したことか……本物か偽物かは、絶対に間違えない」


「自信のほどは?」


「命をかけてもいい」


 ジゼルの返答に、へえ、とローガンが口の端を持ち上げた。そして次の瞬間、とんでもない行動に出た。


「おーい、ボラボラのおっさん。その作品の真贋、巨匠に確かめてもらおうぜ」


 ローガンの声に、その場の全員が振り返った。そのため、急に後ろに向けられた視線に、ジゼルはぽかんと口を開けたまま、食べ物を持つ手を止める。


「これはこれは……。これは、間違いなくファミルーの作品ですぞ。ここに、鑑定書もあって」


「それでも分かんねーだろ。鑑定書だって、それっぽいの作ることなんか簡単だ。だから、この国一番の巨匠に鑑定してもらおう」


「この国一番の巨匠……。ジェラルド・ピットーレ・リューグナーのことですか? 彼はご存知の通り、誰も姿を見たこともなく、実在するのかさえ」


「ここにいるこの小さいのが、リューグナーだ」


 ローガンがジゼルを指さした。それに、ジゼルは「ちょっと!」とローガンをにらみつけて詰め寄った。ローガンは気にしていないようで、にんまりと美しく笑う。


「……俺もさ、あいつ、あの筆頭嫌いなんだよ。あんた、絶対間違えないなら、あの真贋見極めて来いよ。作品を近くで見られるチャンスだぞ」


 ジゼルにだけ聞こえる声で言われて、ジゼルはハッとする。確かに、このままでは作品を近くで見ることができないが、鑑定するとなれば、今すぐにでも近くで見ることができる。


「本当だぞ、この小さいのが巨匠リューグナーだ。な、カヴァネル」


 壇上でローガンの騒ぎ立てる声に頭を抱えていたカヴァネルは、まさしく、とうなずく。それには、またもや会場がどよめいた。それは、姿を決して見せないという〈夢幻の若き巨匠〉が、小柄な少年だったからだ。


「な……これは本物に間違いありませんよ、わざわざリューグナー殿に見てもらわなくとも」


「だったら、巨匠から本物だってお墨付きをもらえば、さらに確信が持てるだろ? 巨匠は命をかけても、真贋が分かるそうだ」


 ローガンはストレートに挑発する。ジゼルは背中に脂汗をかいてきた。これはまずい、と思いながら、女性だと見破られないかの方が心配になって足が震えてくる。


 歯の音が合わなくなりそうになったところで、ドン、とローガンの大きな手がジゼルの肩を重く叩いた。


「いいじゃないか、せっかく姿を見せない〈夢幻の若き巨匠〉が来たんだ。余興ってことでさ」


 その申し出に、異議を唱える者は誰もいない。進行の男が女王に確認を取ると、女王はうなずいた。


「行ってこい。よーく見て来いよ」


 ローガンがさらりと言い、肩から手を離す。不思議と、ローガンの声を聞くと震えが止まって、自信が溢れてくる。ローガンの不思議な力に後押しされて、ジゼルは皿を机に置くと、一歩前へと踏み出した。

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