第9話

 しばらく待っていると、パーティーの進行役の男が出てきて、ポン、と手を叩く。すると弦楽器の演奏が始まり、短い旋律を奏でた後に盛大な拍手が沸き起こった。司会の男が手を前に出すと、歓声と拍手は止んだ。


「皆様、今夜は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。まずは、このパーティーを主催してくださった我が国の女王、シャリゼ女王陛下に盛大な拍手を!」


 わっとまたもや会場が割れるような歓声と拍手に包まれる。あっけにとられながらも、ジゼルはグラスを近くのテーブルへと置いて、小さく手を叩いた。


 進行の男が流ちょうに面白い小ネタを混ぜながら、今夜のパーティーの目的を説明する。そして、ファミルーの生涯、その作品の希少性、そして、幻の作品が手に入ったことを伝えた。


「今回、このファミルーの作品を王室へと持ち込んでくれたのは、わが国最大級の商会であります、ボラボラ商会であります! 今日はその筆頭に来ていただきました!」


 盛大な拍手を、という声とともに、拍手と歓声に混じって、小柄な口ひげを生やした、よく陽にやけた初老の男が壇上へと上がった。


「え、ボラボラって、あのボラボラ商会!?」


 ジゼルはぴょこぴょこと跳ねながら、壇上に上がった男の顔を見て、眉根をしかめる。


「見えねーのか、チビ助。肩車してやろうか?」


 くつくつとからかわれて、ジゼルはムッとしてローガンをにらむ。「いらない」とつっけんどんに返すと、壁に背中をくっつけて、そして見やすい位置へとほんの少し移動した。


「わ、本当にボラボラだ……」


 ジゼルは苦虫をかみつぶしたような顔をする。ボラボラ商会は、この国一番の規模を誇る商会で、ジゼルの父母の仕事とかち合うため、あまり相性が良くなかった。しいて言えば、商売敵に近い。


「いつもあくどい商売しかしないくせに、こういうときだけ王室に恩を売ろうってわけね」


 ジゼルは下唇を齧ると、キッとボラボラ商会の筆頭をにらみつけた。しかし、いくらにらみつけてもにらみ殺せるわけではない。饒舌な演説と共に、ファミルーの絵を偶然にも手に入れたため、王室へとお譲りしたという話をしていた。


「女王陛下は、ファミルーの作品を愛しているとお聞きしました。ですから、これはしかるべき人が持つべきものであると思い、今回こうして、王室へと寄贈させていただくことになった次第であります」


 したり顔が鼻につくので、ジゼルはムッとしながら、フィンガーフードをお皿一杯に盛り付けて持ってくると、それをむしゃむしゃ食べながら、壇上をじっとにらんだ。


「では、前置きはこれくらいにして……お披露目といきましょう!」


 筆頭が、もったいぶった素振りと、ニヤニヤした顔と共に、紫色の布をさっと取った。布の下から出てきた作品に、貴族たちから感嘆の声とともに、静かに拍手が沸き起こる。


「ああ、もう! 見たいのに見えない……!」


 ジゼルは壇上に近づいて行く貴族たちの後姿に向かって、キイキイと声を上げた。


「肩車してやるぞ、遠慮するなよ、巨匠」


「うるっさい!」


 ローガンが面白いものを見る目でジゼルをからかう。ジゼルは地団太を踏む勢いで遠くからそれを眺め、しかし後でゆっくり見ようと決めて、怒りながらもまたもや食事を大量に頬張った。

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