第7話

 このままついて行っていいのか迷ったところで、くるりと美青年が振り返ってジゼルを見つめた。


「誇りある仕事に就きながら、心を腐らせるな。さっきのあんたの言葉、最高だったな」


「え……あ、あり、がとう。それより、さっきの門番の人、どうするの?」


「どうもこうも、カヴァネルに言いつけておくさ。立場を悪用して私腹を肥やして、自業自得ってやつだ」


 ローガンと呼ばれた美青年は、両手を腰に当てると、首をかしげながら口の端を持ち上げた。そして腰を折ってジゼルをまじまじと覗き込む。


「しっかしまあ。かの巨匠が、こんなちっこいとはな。しかもその腰に下げた獲物……偽もんだろ?」


「小さいけど、それは関係ないでしょう。武器なんて、使わないもん。手を怪我して、絵が描けなくなるくらいなら、剣なんていらない」


「へえ、小さくて子どもみたいだけど、声まで高くて女みたいだな。面白いな、あんた。それで十八? 十二の間違いじゃなくて?」


 さらに深く覗き込まれて、またもや顎をすくわれる。ジゼルは慌てて、声音を少し落として、口調を変えた。


「ずいぶんと失礼だね。助けてくれたことはお礼を言うけど、小さいとか、女みたいだとかは、大きなお世話だよ」


「おいこら、俺に口答えすんなよ、チビ助。カヴァネルに言いつけるぞ」


「あのね、カヴァネルカヴァネルって。虎の威を借る狐じゃない!」


「――私が、どうしました?」


 急に声をかけられて、ジゼルは悲鳴を飲み込んだ。居るのを分かっていたのか、ローガンはニヤリと笑って、ジゼルの顎から手を離す。


 そこに立っていたのは、ローガンほどではないが背の高い、すらりとした人物だった。ゆったりとした長衣を着こみ、高官がかけるストラを両肩から垂らしている。知性の灯る瞳に、冷めた金色の頭髪。一目見て、宰相のカヴァネルだと分かった。


「よお、宰相。このチビ助が、これ持って入ってきて騒ぎになってるから、助けてやった」


「騒ぎだというから、来てみたら……またローガンの仕業ですか」


 ローガンが手に持っていた招待状を、今しがた現れた宰相のカヴァネルに手渡す。カヴァネルはそれを受け取って、水色の瞳を揺らしながら確認した。


「……確かにこれは、女王の刻印で間違いありません。ということは、あなたがジェラルド・ピットーレ・リューグナー殿ですね」


「そうです」


「こんなチビが、かの巨匠だと。俺じゃなくとも、騒ぎにもなるだろ?」


「身長関係ないでしょ!」


 ついうっかり突っかかって、ジゼルは口をつぐんだ。身長が小さいことは、ジゼル自身が気にしていることだった。ついでに言えば、十八には決して見られない童顔なのも気にしている。


「ローガン、女王の客人に失礼ですよ。リューグナー殿、私の護衛が失礼しました。彼はローガン、私の部下です。どうか私に免じて、彼の非礼をご容赦ください」


 一国の宰相に深々と頭を下げられて、ジゼルは大慌てで自分も頭を下げた。


「とんでもない……助けてもらっただけで。確かに態度はあれだったけど、でも助かりました」


「おいチビ、一言多かったぞ今」


 カヴァネルが「ローガン」と穏やかな声音で諫めると、ジゼルに掴みかかろうかと一歩踏み出していたローガンは止まった。


「大広間へご案内します」


 カヴァネルはうっすらとほほ笑む。ほれぼれするような美しさで、ジゼルは思わず顔を赤らめて下を向く。それに気がついたローガンが、「アホ」と唇だけで言って来たので、ジゼルは負けじと「うるさい」と返した。


 こうして、無事にジゼルは王宮内へと入れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る