第6話

「な……あなたたちは、自分の仕事に誇りはないの!? シェーンゼー王国の門番が、そんなんじゃ廃る!」


「小僧、もういっぺん言ってみろ!」


「何度でも言うよ! 誇りある仕事に就きながら、心を腐らせるな!」


 噛みついたジゼルに、門番が顔を真っ赤にして槍を握りしめた。


「このっ……言わせておけばこいつ!」


 握りしめた槍を振り上げて、それをジゼルに向かって振り下ろそうとする。ジゼルは驚きすぎて固まり、悲鳴を飲み込んで目をつぶった。


 しかし、いくら待っても脳天に槍がやって来ることはない。恐る恐る目を開けると、門番がジタバタとしながら、振り上げた槍を振り下ろせなくなっていた。


 見れば槍を、背の高い屈強そうな男が片手で掴んで、振り下ろせないように止めていた。


「くそ、放せ……! 誰だ、邪魔するなら、カヴァネル様に突き出すぞ!」


 そう言った門番の兵を、背の高い男がにっこりと笑いながら覗き込む。その顔を見て、門番は絶句したうえに、悲鳴を上げた。


「へえ、カヴァネルに突き出すって? この俺を?」


 耳に残る印象的な凛とした声。紡ぎだした人物は、海底を思わせるようなラピスラズリ色の瞳を細めた。まるで、濡れた漆器のような少し長い黒髪が、さらりと上品な顔立ちを縁取っている。


「あっ……ロ、ローガン様! も、申し訳ありません!」


 門番が槍を手放して、すぐさま平伏する。ジゼルは、それをただただじっと見ていた。


「そこのちっこいの」


 言われて、ジゼルはかちんと来たのだが、男の持つ圧倒的な存在感に、反論を飲み込んだ。


「招待状を見せてみろ」


 ジゼルは何者だろうと思いつつ、美しい顔立ちの男に招待状を見せた。そしてさりげなく胸の紋章へと視線を向けて、階級がかなり上だということに驚いた。


「へえ。お前があの〈夢幻の若き巨匠〉か」


 まるで闇夜を歩く猫のように、無駄も隙も無い動きでジゼルに近寄ってくると、男はジゼルの顎をすくった。


「どんな奴かと思っていたけど、これじゃまるで子どもだな」


 覗き込まれると、人を惹きつける強烈な何かを感じる。底知れないラピスラズリ色の瞳は、何を考えているのかさっぱり見当もつかなかった。


「とりあえず、中入れ。ここで押し問答していたって仕方ないだろ」


「え、あの、入っていいんですか?」


「二度も言わせるなよ。いいって俺が言ったらいいんだよ」


「あ、ありがとう!」


 ジゼルは男の後に続いて入って行く。門番はいまだに額に脂汗をかきながら、地面へと這いつくばるように平伏していた。その門番に向かって、男がにこりとほほ笑む。


「さっきのお小遣いの話。きっちりカヴァネルに伝えておいてやるよ。どうも、門番は給料が安すぎるから、金持ちしか王宮に入れてないみたいだ。ってな」


「お許しください……ローガン様!」


「やだね」


 サクッと懇願を無視して、ローガンと呼ばれた男はジゼルを連れて、王宮へと入った。ジゼルは門が見えなくなるまで、何度も振り返ってのだが、ずっと門番は頭を地面にこすりつけたままだった。

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