第5話

 他の招待客はスムーズに城へと入れたのに、従者もおらず、馬車でもなく徒歩でやってきたジゼルに、門番は大変に訝しんだ。


 ジゼルは、女だと露見したらどうしようと思うばかりで、それが逆に挙動不審に輪をかける。そのため、入り口で散々ジロジロと見られた挙句、ずっと待たされる羽目になった。


「こんな小さいのが、本当にかの有名な画家なのか?」


「さあ、それが、誰も姿を見たことが無いから、確認のしようがなくて」


 ひそひそとあちこちで言われ、ジゼルは帰りたい気持ちがどんどん膨らんでいく。しかし、せっかく意を決して、人前に姿を見せないことで有名なリューグナーとしてやってきたのだから、すごすごと引っ込むわけにはいかない。


「あの、招待状ありますから」


 そう言って招待状を見せると、渋々通してくれるのだが、それでも門番たちの眉根のしわから、不穏な空気がダダ漏れしている。きょろきょろと不振に瞳を動かしてしまいそうになり、ジゼルは我慢するんだと硬直する。


「カヴァネル様を呼んで来い」


「え、カヴァネルって、宰相様じゃ……」


 そこまで疑われて、ジゼルは血の気が引いた。カヴァネルは先王に才を見出されて、二十そこそこで宰相になった切れ者だ。現在は、逝去した先王に代わって、玉座についた王妃の手助けをしている。


「いかにも。確かに招待状は本物っぽいが、偽物やもしれん。稀代の巨匠が、お前のような見た目とは信じがたい」


「な! 確かに私は小さいですけど、でもそれは紛れもなく王宮から届いたものです」


 抗議してしまってから、噛みつく姿勢がますます怪しいと、門番はさらに眉を吊り上げた。このままでは、憧れのファミルーの幻の未発表作品を見ることができなくなってしまう。


(どうしよう、こんなに疑われて……)


 こんなことになるのであれば、最初からどこかの授賞式にでも出ておけばよかった、とジゼルは下唇を噛む。しかし、時すでに遅し。


 女性であることを隠す方に必死で、自分がジェラルド・ピットーレ・リューグナーであるかを、きちんと証明してくれる人が、この世に存在しない状況を作ってしまっていた。


 ジゼルは、訝しむ視線を上から降ろされつつ、地団太を踏みたいのを我慢する。


「まあゆっくり待ちなよ少年。カヴァネル様は忙しいから……そうそうやって来るわけもない。今日中に城に入れたらラッキーだぞ」


「そんな!」


 ファミルーの作品が見れないじゃないか、とジゼルは大きな男をにらみつける。すると、そのジゼルににやりと下品な笑みを覗かせた。


「そうだな、入りたいっていうんなら入れてやらなくもないぜ?」


「え、いいの?」


「ああいいさ。その代わり、もらうもんもらわないと、通せないなぁ」


 ぬっと太い手が差し出されて、ジゼルは何を言われているのか分からずに固まる。すると、受付係は焦れて短く舌打ちした。


「金をよこせってんだよ、まったく気がきかねえガキだ」


「え、お金……?」


「そうだよ。ちょっと心づけを渡してくれたら、とっとと中に入れてやるって言ってんだ。じゃなきゃ、来るか来ないか分からないカヴァネル様を待って、ここで永遠に待ちな。なに、かの有名な画家先生なら、紙幣の二枚や三枚くらい、どうってことないだろう?」


 ジゼルはそこでやっと、賄賂を要求されているのだと気がついた。

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